第105話 男の覚悟
「それでさあ、護衛がさらに二人増えるわけだ。かえでとリン。かえでは先天的な、リンはお前さんの男の汁で後天的に法術師になった奴だ。かえでは間違いなく戦力になる。というより敵にとってはこれ以上の脅威はないくらいなんだ。そしてリンだが、まだ発達途上だな。でもお前さんのフォローぐらいは出来る。そのことを考えるとこの処置は仕方のない事なんだよ」
嵯峨はニヤ付きながら誠を見つめて下賤な話をした。
「その『男の汁』って表現止めてくれません?僕は好きで精液を採取されたわけじゃ無いですよ。完全な渡辺大尉の犯罪行為でアレは盗まれたんです」
誠は下品な笑みを浮かべる嵯峨に呆れながらそう言った。
「じゃあ、どう表現すればいいの?まあ、いいや。それより、かえでの奴とかえでの家の使用人たちに囲まれた生活……その結果、お前さんに何が待ち構えているか……鈍いお前さんにも分かるよね?」
嵯峨はタバコを吸いながらいやらしい笑みを浮かべてそう言った。
「何が起こるんです?何か僕に大変なことが起きるんですか?それとも僕が変態になるんですか?変態って伝染るんですか?」
誠は嵯峨の言葉に驚いて縋りつくように嵯峨の襟元にしがみついた。
「うん、変態は伝染る。かえではランをどう言いくるめたか知らないけど、ランは真っすぐすぎるからかえでの嘘に騙されたんだろうな、今回は。かえでとその仲間達はお前を変態行為の中心に据えようとする。これだけは間違いない。しかも、かえではお前さん以外の男には全く興味が無いから他の男には知られないように巧妙にお前さんを変態の世界へとご案内するわけだ。俺は正常なセックスしか興味が無いからせいぜい立派な変態として頑張ってよ。あと、面倒ごとは起こさないでね。野外で全員で全裸で変なことをしているところを県警に見つかったりしたら面倒なんだ。その責任を押し付けられるのは俺とランだから」
嵯峨は完全に他人事だと言うように笑いながらそう言った。
「僕は嫌ですよ。この年で童貞なのは少し恥ずかしいですが、遼州人なら珍しい事では無いので耐えられます。でも、世間様に変態呼ばわりされることには耐えられそうにありません!それに変態行為で警察に捕まったらそれこそ恥ずかしさで死んじゃいます!」
誠はそう言い放った。
「そう、ならそうしとこうか。たぶん変態そのものになったお前さんはもうそんなことは言わないだろうけど。でも、かえで達があの寮に来ると良い事が有るぞ」
嵯峨はそう言って誠に笑いかけた。
「良い事って何ですか?毎日かわるがわる女性が僕の部屋に夜這いに来ることですか?僕はそんなこと望んでいませんよ」
誠は猜疑心に苛まれた目で嵯峨を見つめた。
「まずメイドが三人あの寮に寮母さんとしてやってくるわけだ。あのゴミ屋敷であるアパートに住んでいる俺が見ても汚いとしか表現できない寮を専属で管理してくれる人間がやってくるわけだ。あの寮の野郎共の溜まった洗濯物もきれいさっぱり無くなる。良いことじゃないの?茜の奴も言うんだ。生活の乱れは心の乱れ。心の乱れは仕事の乱れに繋がる。良い仕事をするには良い環境から。それが整うんだもん。良いことじゃないの」
嵯峨はそう言ってタバコの煙を吹かし得意げな笑みを浮かべた。
「確かに、それは良いかも。でも隊長は……ああ、隊長にはお蔦さんが居るんですよね?これからはもっとまじめに仕事をしてください」
誠もその事には同意しなければならなかった。
「そしてかえでの世話係として専属の料理人が着く。アイツは食うもんにはうるさいから食事の質も当然上がる。食材費の上がった分はたぶんかえでがポケットマネーで何とかしてくれると思うよ。ああ、あの人数を一人でやるのは無理だからお前さん達の料理当番は引き続きやってもらうよ。でも、仕上げはプロが仕上げるんだ。食材もプロが選ぶ。それもどれもお前さん達が見たことも無いような最高の食材ばかりだ。当然、飯の質も上がる……寮の連中はお前さんに感謝しないとな」
嵯峨はまるでいいことずくめの様にそう言った。
「その代償としてお前は不本意な形で童貞を失い変態になる。寮に暮らす男子隊員達の生活向上の為にお前さんが犠牲になる。男だろ?覚悟を決めな」
そう言って嵯峨は静かにタバコを揉み消した。誠は自分が寮生たちの生活向上の為の生贄に捧げられる事実を知って驚愕に打ち震えた。