第104話 車談義
喧嘩ばかりだった昨日のうんざりするような飲み会の翌日。誰もが口を開こうとしない『スカイラインGTR』を降りて着替えを済ませた誠はいつものように嵯峨がぼんやりとタバコをくゆらせている喫煙所に立ち寄った。
「昨日は大変だったらしいね。お蔦から寝物語として聞いたよ。まあ、お蔦が不死になっちまったのはそれこそ俺が毎日暇さえあればお蔦を抱いてたせいだから一朝一夕でかなめ坊たちが『光の剣』を使えるようにはならないとは思うんだけどね。だって俺の死んだかみさん。死んだってことは不老不死じゃ無かったってことだ。まあ、アイツとはすぐに子供が出来てそんなことをしなくなって子供が生まれたら今度は俺が戦場に向ったからそんなにやって無いんだ。だから女を法術師にするまでやるには相当やりこまないといけない。そんなこと一度に三人も相手にしてできる自信あるの?童貞のお前さんに?たぶん三人を法術師にする前にお前さんのアレから赤い球が出て打ち止めになるよ」
嵯峨はタバコをくゆらせながら難しい表情の誠に向けてそう言った。
「なら隊長から西園寺さん達を説得してくださいよ。そんなにすぐに法術師になれるもんじゃないよって。それとほんとにかえでさんが寮に来るんですか?かえでさんには屋敷があるでしょ?そこのメイドさん達はどうするつもりですか?」
誠は嵯峨に向けて思ったことを口に出せるようになっていた。
「ああ、その話ね。あの足でかえではランのいる組事務所にあいさつに行ったらしい。そこで色々条件を付けて寮にその使用人ごと住み込むことが決定した。まあ、今すぐにってわけじゃ無いから安心して良いよ。俺はそう思ってるけどなんと言っても相手はせっかちなかえでだからな……どう動くかは策士の俺でも読めないんだ。アイツは何をするか分からない女だから。それにアイツは変態だから調教部屋とかのある屋敷は手放せない。いつもかえでの変態行為が見られるわけじゃ無いんだ……ああ、かえでが夜這いを賭けてくる可能性は否定できないな。こればっかりは命に代えられないことだから我慢してちょうだいよ。ああ、そんなことになったら島田とかなめ坊にお前さんは殺されるか。まあ知らない人に殺されるより気が楽でしょ?」
嵯峨はまるで他人事のようにそう言ってタバコの煙を吐き出すと携帯端末を取り出した。
「話は変わるんだけどさ。カウラに車の事を頼んだじゃん。俺は『ファミリーカー』が良いって言ったつもりだったんだけど、アイツが提示してきたのは……」
嵯峨がそう言って誠に見せてきた携帯端末の画面にはスポーティーな青いセダンが写っていた。
「スポーツカーでは無いですね。でもファミリーカーでも無いですね。『走り屋』のルカさんが公道レースに出るたびに負けた相手の車の写真を全隊員に配ってるんですが、その中でこれと同じ車を見たような気が……」
誠はそのどこかカウラやパーラやルカが乗っている二十世紀末日本の車を想像させる白い車に目をやった。
「俺は『ファミリーカー』を頼んだんだよ。俺は『ファミリア』を頼んだわけじゃ無いよ。このタイプの『ファミリア』は新車が発売された当初から公道レース用に改造するのがブームらしかった。結構台数も出回ってるからそんな一台でしょ?しかも、これを島田の改造で200馬力までボアアップするとかカウラは言ってきたの。もう本当に勘弁してよ。俺は車の運転には自信があるけど別にレーシング場を走らせたいわけじゃ無いし、公道レースをするわけでもない。それにそんなに改造したら燃費が悪くなるのは間違いないし……カウラの奴に頼んだのは失敗だったかな。これなら西の野郎は気が利くからアイツに頼めばよかった。ただ、アイツは絶対軽自動車しか推薦しないだろうからそうするとかえでの奴が怒るだろうな。それはそれでまた困ったもんだよ。俺としてはラブホにいけるなら軽でもいいけど」
嵯峨はため息交じりに端末に映った白い車の画像を見つめていた。