第10話 使っちゃいけない金を流用しかねない『駄目人間』
西は諦め半分に誠に向けて話を続けた。
「あと、隊長のお金の出どころですけど。いくら西園寺さんのお父さんが金持ちでもそんな金は出さないでしょうから、僕が思うには。例の『武悪』が関係していますね。今うちにある『武悪』なんですけど……あれでかなりの金が隊長の荘園である泉州コロニーで動いてます。あの人はいつも『金が無い』って言ってますけど、この前、嵯峨警部に聞いたら荘園の収入は隊長が自分で管理しているそうです。だからあの人が金が無いのは手持ちの金が無いだけであって自由になる金がまるで無いわけじゃ無いんです。それもその額は国家予算レベルの額です。あのうちの予算じゃとても運用まで持ち込めない『武悪』の運用資金もそこから出てるんです。だから色に目が眩んだあの人なら何をしでかすか分かりません。あの『武悪』を稼働状態まで持って行くのにかかるお金に比べたら花街の太夫の一人や二人身請けできてもおかしく無いんです」
西は確信を込めてそう言った。
05式など比でない高品位シュツルム・パンツァーである嵯峨の専用機『武悪』が隊に導入されてから二月が経過していた。その手のかかることと高性能なことは誠も知っていた。そしてその価格が国家予算レベルなこともまた誠の知るところだった。起動するたびに消耗部品が発生する高品位な『位相転移式エンジン』に特殊な材質を使用しているため経年劣化の激しい特注の『法術増幅システム』。どちらも維持費だけで司法局全体の予算を食いつぶすほどの金のかかるコストパフォーマンスゼロの機体が嵯峨の専用機『武悪』だった。
「それに九月に隊長は『殿上会』で甲武に行ったじゃないですか。その時あの女を指名して身請けしたんですよ、きっと。あのクラスの太夫を身請けするとなると各所に挨拶とかするでしょうから今になったんでしょうね……それにしてもあの人の金の使い方はどうかしてますよ。月3万の小遣いしかないのにほぼ毎月風俗に行ってる。整備班にそう言うのが好きな先輩が居るんですが、その人に聞いたらどんな安い店でも30分で1万8千円とかかるらしいじゃないですか。それにあの人のオートレースに突っ込んでる金。あの人の財布の中身はまさに『ブラックボックス』です」
西の愚痴ももっともなことだった。
甲武国の最高意思決定機関である『殿上会』嵯峨は四大公家末席、嵯峨家当主の地位を養女に向えたかえでに譲るためと言って甲武に行ったのは事実だった。
確かに金のある時はここ東和でも金のある時はまず最初に風俗に行く嵯峨である。甲武だったら花街で女を買うことくらいはやりかねない。しかも、殿上貴族で多くの荘園を持つ嵯峨なら花街の最上級の店で最高の花魁を買ったところで何の不思議も無い。
誠はただ西の言うことを聞いてこれまで軽蔑してきた『駄目人間』である嵯峨をさらに軽蔑した。
「兵隊さん、何を内緒話をしてるんだよ!男だったら堂々とアタシにも聞こえるように話しな!そんなに内緒話が好きだなんてあの新さんの部下として恥ずかしいよ!アタシ等は新さんに会いたい一途でわざわざ甲武から来てやったんだ!そんな女心も分からないなんてモテないよ!この薄らトンカチ!」
お蔦はそう言って守衛室の窓ガラスを叩いた。
その様子を見て西はうなずくと覚悟を決めたようにお蔦に向かって行った。
「おい!女!ここは司法局実働部隊だ!遼州の平和を守る要の場所なんだ!隊長が何を言ったか知らないがそんなところに貴様のような妖しい女を入れるわけにはいかない!とっとと帰れ!ここは貴様のような女郎が出入りして良い場所じゃ無いんだ!神聖な『正義』を守る部隊の駐屯地なんだ!恥を知れ!」
西は強気に任せてそう言い放った。その言葉にお蔦の顔が美貌から鬼女のそれに変わった。
「へえ、アンタは甲武の出だね。しかもアタシ等みたいな上玉とは手を触れることもできない貧しい平民の出だ。その態度を見ればわかるよ。兵隊になれたってんで庶民を見下してるんだ……甲武の面汚しだね。その点、新さんは違うね……あの人は高貴な身分だからね。アンタみたいな平民での餓鬼とはまるで女に対する態度が違う。しかも高貴な生まれにもかかわらず誰とも同じように接することが出来る優しい心の持ち主。アンタもその部下なんだからその心根を見習いな!……ああ、新さん……思っただけで身体の芯が熱くなってきちまうよ……」
頬を赤らめながらお蔦は西に流し目を送った。西は豹変した女の態度に動揺し、明らかに助けを求めるような視線を誠に投げてきた。
西ではお蔦には勝てない。誠はそう判断すると立ち上がった。
「西、お前の負けだ。お蔦さんとか言いましたね?隊長に会えば帰っていただけるんですよね?それだけだったらあの人は何時も暇を持て余してるんでご案内します。アン、交代要員の先輩が来るまでここに居ろ。僕と西であの三人を隊長室まで案内する。隊長があの口車で何とかしてくれるはずだ」
誠はそのままにらみ合う西とお蔦の所まで来た。
「この原因は全部隊長だろ?じゃあ、僕達がここで揉めても疲れるだけだ。全部あの『駄目人間』に押し付けてやる。それに隊長ならきっとこの状況をなんとかしてくれるはずだ。一緒に行くぞ」
誠は未だに納得できない表情の西に向かって小声でささやくと西の手を引いて守衛室を出た。
「まあ、そうかい。この甲武の平民出の融通の利かない兵隊さんと違って、こっちの大きな兵隊さんは話が分かるねえ。さすが進んだ国である東和の兵隊さんは融通が利くよ。甲武の貧農の子倅とは器が違う。久しぶりに新さんに会えるんだ。楽しみだねえ。早く会いたいな、新さん。もうあの人も50に近いんだ。渋いおじさまになっている事だろうねえ」
お蔦はそう言って何かを思い出すかのように冬空の雲一つない空を見上げた。
『あれが『渋いおじさま』?どう見ても僕と同じくらいの年の若造にしか見えないんだけど……たぶんこの人今の隊長の姿を見たら腰を抜かすぞ……ってなんでこの人は隊長の今の姿を知らないんだ?『殿上会」からまだ半年しか経って無いぞ。そんな急に老け込むなんてことは有り得ない……どこかおかしいな……この人何者なんだ?』
明らかに誠の決定に不服そうな西とお蔦と名乗った女を連れて誠は歩きながらお蔦の言葉の意味を理解しようと必死になって考えるが答えは出ることが無かった。