第2章:命令のない艦隊──副艦長の反乱
04:51 JST──「しらぬい」CIC仮指揮区画。
CICはなお断続的に火花を散らしていた。艦橋は壊滅、艦長・水城一等海佐は意識不明。通信中枢とリンク16が消失し、護衛艦群は各艦が“沈黙”したまま漂っていた。
「未だに統合作戦系が応答しません。『あけぼの』『たかなみ』、共にデータリンク切断中。音声も反応なし」
通信士の神谷三尉が、乾いた声で報告した。
副艦長・穂高利生は、血のついた制服を無造作にまくり上げ、即席の判断を下した。
「……俺が指揮を執る」
「しかし、副艦長。CICと通信装置は正式な命令中枢としての役割を……」
「ならば誰がやる? 艦長は意識不明。護衛艦は命令を待っているが、その命令が誰からも出せない。ならば、俺が『旗』になる」
誰も反論しなかった。
穂高は、艦内に散在する5つの生存端末を統合。非常用UHF・VHF通信機と手旗信号用ドローンを使用し、周囲の艦に“手動で”作戦命令を送る決断を下した。
「『あけぼの』に伝えろ──進路を北北西へ10度。CIWSは自主交戦モードへ。敵の次弾を想定し、エンジン出力を上げつつ散開」
「『はるさめ』は、『しらぬい』の左舷を守れ。SQR-20で広域ソナー展開。可能な限り探知に集中」
黒江三尉が首を傾げた。「……それは、正式な命令とは言えません」
「だから何だ? 正式でない命令が命を救うなら、それで十分だ」
穂高の指揮は“擬似的”なものだった。だが、それでも艦隊の静寂を破るには充分だった。
04:59 JST──
手旗ドローンによる初の手動指令が成功。「あけぼの」は指示どおり進路を変更し、CIWSを迎撃態勢に。
だが、その直後。
「再度、敵ミサイル探知! 数は……2発!」
CIC内が凍りつく。
「迎撃、迎撃用意! CIWS再起動!」
「目標まで、17秒!」
そのときだった。
「副艦長、艦橋から一時復旧通信! 艦長が……艦長が目覚めました!」
だが、ホログラムに映った水城艦長の顔は青ざめ、血まみれで、声はか細かった。
「……命令系統……私は……穂高……」
通信がまた切れた。
穂高は深く息を吸った。「いまこの艦で命令を出せるのは俺だけだ。誰かが生き残って、これを次に繋がなきゃならん」
彼は叫んだ。「艦隊、迎撃に移れ! CIWS、セクター照準角度38度! 弾道推定位置に偏差補正!」
迎撃火線が、海面を裂いた。
それは、統合指揮なき海戦の始まりだった。
05:07 JST──
機関科から緊急連絡が入る。
「副艦長、CIC第2ルートの光ファイバが一部生きてます。旧式のルーターバスで迂回構成できそうです!」
「やれ!」
工兵が泥と汗にまみれながら、艦内の火災と煙をかき分けてバックアップ系を手動で構築。
05:15 JST──
「副艦長! 独立系統で短波通信、再確立しました!『あけぼの』との音声接続成功!」
無線機からノイズ混じりの声が響く。「……こちら『あけぼの』。指揮、確認……迎撃継続中」
穂高の目に、初めて安堵が走った。
「ようやく“命令”を届けられる」
CICの一角に、静かな拍手が起きた。