■ 第1章:波の上の断絶
04:38 JST──南西諸島沖 170km、日本海自艦隊旗艦「しらぬい」艦上。
副艦長の穂高利生一佐は、CIC(戦闘指揮所)内で状況モニターを見つめていた。艦隊の展開は順調。味方4隻が楔形に展開し、空と海の警戒を担当している。
「敵機影なし。衛星もクリア。E-767、SPY-1Dともに異常なし」
黒江周平三尉が静かに報告する。だが、ベテランの穂高の直感は曇っていた。音も、気配も、どこかが異常に“静かすぎる”。
「水城艦長は?」
「艦橋で前方監視中です」
そのときだった。
北北東150km、海抜30km──大気圏エッジをかすめる弾道軌道から、1発のミサイルが滑空体モードへ移行した。発射源は特定不能。ステルス化と冷却技術により、赤外線追尾も電波照射も無効化されていた。
地球曲率の陰にあったため、海自のSPY-1Dレーダーには反応せず、衛星も雲層干渉で軌道識別に3秒のラグを生じた。
04:38:15──突入速度、マッハ7.2。
04:38:17──海面高度50m、速度維持のまま滑空。
「海面にエコー! 水平線にて高速反射波……これは……!」
「対艦ミサイル!? どこから!?」
警報が鳴るのと、艦のCIWS(近接防御火器)が回転を始めるのが、同時だった。
04:38:18──CIC、初めて敵ミサイルを視認。CIWS起動。
だが、発見から着弾までの時間は1.8秒。
04:38:20──ミサイル着弾。命中箇所:艦橋中部。初弾で戦闘指揮系統が沈黙。
水平線のかなたから海面すれすれに突入してきたのは、低可視化設計が施された超音速滑空体。発見までのラグ、起動の遅れ、CIWSの物理限界。
「ミサイル着弾! 艦橋に直撃!」
視界が閃光で染まり、CICの機材が一斉に火を噴いた。断末魔のような金属音と、艦体が軋む鈍い音。
「CIC損傷! 通信途絶! 艦長応答なし!」
黒江の声が裏返った。
穂高は咄嗟に身体を傾け、緊急電源への切り替えを命じる。だがそれは、システムの死を看取るだけだった。
「火器管制、指揮回線、リンク16、全部ダウン……」
「こんな簡単に……」
「いや、簡単じゃない。だが構造が一本化されすぎてる。CICをやられたら、全身が死ぬ」
CICの火花が一瞬消え、緊急照明が艦内を赤く照らす。穂高は暗闇の中で呟いた。
「これは設計上の敗北だ……」
そして、艦内全域へダメージコントロール(DC)指令が発令された。
「損害管制指令、第二区画隔壁閉鎖! 消火班、直ちにCIC前室へ!」
「火災発生! 第3甲板中部、温度センサー異常上昇! 引火性ガス流出の可能性あり!」
「電源系統を切り離せ! バックアップ電源へ移行!」
艦内のDCチームが手動で消火器を抱え、白煙の中を駆ける。中には、素手で焼けたパネルを剥ぎ取る兵曹もいた。救急班は、艦橋から搬出された水城艦長らしき負傷者を担架で運びながら叫ぶ。
「脈拍あり! 意識なし! 顔面に火傷と裂傷、多分に……」
「主医へ連絡、CIC通路に臨時搬送ルートを確保しろ!」
機関科では浸水制御が始まり、シャッター閉鎖が警報音とともに次々と作動する。艦体の傾斜が1.5度に達し、右舷バラストの調整が急がれた。
「他艦からの通信リンクが次々に切断されています!」
「命令が来なければ、戦わない……? バカかよ、それじゃ死にに来たようなもんだ」
黒江の呟きが、誰にも否定されることなく艦内に残響した。海は静かだった。ただし、それは死の静けさだった。