4話.野草ラーメン
私の祖母、「柊ばあちゃん」の家に着いた。よもぎも様子見のため、同行することにしたらしい。ちなみに、よもぎの姿は私以外の人間は見ることが出来ないらしい。
私はふと気になったことをよもぎに質問する。
「君は250歳ということは、こう、人間じゃない、精霊か神様みたいなものなのか?」
よもぎは「ウムム」と顔を顰めつつこう答える。
「自分でもよく分からんのじゃ。天明の大飢饉の時代、民衆の延命を願って延命地蔵尊に毎日拝んでいるうちにある日夢のお告げがあってな。「民衆を想う殊勝な心がけに感服した」とのことで永遠の命を得たのじゃ。」
私は「ふむふむ」と頷いた。
「永遠の若さと永遠の寿命を得た、ということは沢山の人を看取ってきたということだろ?私だったら考えただけで気が狂ってしまいそうだ。」
よもぎは神妙な面持ちで答える。
「ワシも最初の100年は顔見知りがどんどん周りから居なくなってしまった時は寂しかったぞよ。じゃが、人の慣れとは恐ろしいもので200年を過ぎた辺りから吹っ切れた感じじゃな。」
私はその強靭なメンタルを羨ましく思った。
柊ばあちゃんがやって来て私にこう囁く。
「ショウ、ついにお前さんにも彼女ができたのかい?」
私は狼狽しつつ、祖母にこう投げかける。
「ばあちゃん、この子が見えるのか?」
ばあちゃんは何だか納得したかのような口ぶりでこう言った。
「私は昔から、仏様やら幽霊やら妖怪やらが見えやすい性分でね、霊感が強いんだろうねぇ。」
よもぎ自身も驚いたようで、こう挨拶する。
「ショウに食べられる野草を教えている、よもぎじゃ。江戸時代から生きている故、250歳なのじゃ!これからお世話になるぞよ。」
ばあちゃんは嬉しそうにこう答えた。
「あら、ショウにも可愛らしいガールフレンドが出来たのは嬉しいわ。仲良くしてあげて頂戴。私も戦争経験があるから食べられる野草は少しくらいは知っているわよ。」
よもぎもそれに呼応するかのように二人は談笑し奥の座敷へ消えていった。さも、近所の顔見知りのおばあちゃん同士が井戸端会議をしているかのようだ。
そうこうしている内にユウとタクがばあちゃんの家にやって来た。
ユウとタクが声を合わせる。
「よう!」
私は軽く手を挙げてにこっと笑った。
「二人にこれから野草料理を振る舞うから。まあ、そこら辺にかけてくれよ。」
ユウが口を開く。
「お前は昔から縄文土器やら心霊現象やら、ニッチな物事にハマりやすくて見てて面白いな。」
タクがユウにこう言った。
「植物の部類とかも覚えられるし、野菜の近縁種とかもあるだろうから野草集めも意外と面白いんじゃないか?」
タクは理系なだけあってか、「こういうゲテモノ」に対しても一定の理解がありそうだ。そういうユウも寛容な性格の持ち主で何事もオープンでウェルカムな心意気なので私もそれにとても救われている。
「それじゃあ、料理してくるよ。二人はそこで適当に話しててよ。」
そう言い残し、私はばあちゃん宅のキッチンに着いた。
今回作るのは「野草ラーメン」。野草7種類を入れたものになる。学生時代、この三人でよく近所のラーメン屋で「野菜ラーメン」を食べていたからその料理案が思いついた。まずはスープ作りから。鶏がらスープの素を小さじ1、ごま油も同じだけ、醤油大さじ1をどんぶりに入れて混ぜる。麺を入れた後にお湯を注げば簡単に旨い醤油ラーメンが出来上がる。うちのおばあちゃんが料理が得意なので見様見真似で覚えてしまったレシピだ。
次に各種野草をよく水洗いし、湯通しする。今回は天ぷらや炒め物などにはせず、シンプルなトッピングにしようと思う。味付けをしない手法の方が、野草本来の味を堪能することが出来るし、ラーメンスープが何よりの味付けになると考えたからだ。
その次に中華麺を茹で、それをどんぶりにダイブさせ湯も注ぐ。辺りには空きっ腹を刺激する良い香りが立ち込める。
最後は肝心の野草のトッピングだ。卵を輪切りにして見栄えを良くし、オオバコとカラシナで映えを意識しながら皿から飛び出るように大仰に盛り付けたら完成だ。我ながら良い出来のように思う。
「おお~い。出来たぞ~。」
二人は流行りの「破壊スターシャイン」のスマホゲームでマルチプレイをしていたようだった。
「なかなか、うまそうな匂いやんか。」
意外にもユウは興味津々のようだ。
私も混ざって三人で麺をすする。
ユウが感想を述べる。
「このでかい葉っぱ、ほうれん草みたいなの美味いよな。なんかスープの味がよく染み込んでる。」
私は答える。
「それはギシギシって言うらしいんだよ。酸味がある植物だから醤油ベースと合うのかもな。」
タクがモグモグしながら質問を投げかける。
「この葉っぱってダイコンの葉っぱに形も味も似てるけどその仲間なんか?」
私はよもぎに教わった知り得る限りの知識を話した。
「そうそう、それもダイコンと同じくアブラナ科の植物でカラシナって言うらしい。たぶん、野草の中では1番野菜っぽい味わいだと思うぞ。」
二人ともあっという間にそれを平らげた。
三人で久しぶりに談笑に花を咲かせ、この幸せな一瞬が永遠に続けばいいのに、とさえ思った。
学生時代の自分が見たらびっくりするだろう。務めている会社はブラック企業でメンタルを壊し仕事を辞めて半ばニートのまま野草料理を食べているなんて。
思えば、あの頃の自分は脇目も振らず受験勉強ばかりしていた気がする。勉強机の上でのみ役立つ形骸的な知識ばかりを暗記して点数を取ることばかりを考えていた。まぁ、それが学生の本分なのではあるが、これから述べることは社会人にも言えることだと思う。世の中は数字や肩書き、見栄えばかりを気にしすぎているのではないだろうか。形骸的なものばかりを身に纏うと、重みが増していつかは私のように破綻してしまう。何もかも不要なものは捨て去って自然の中で息をして食を味わう、名状しがたいがこれがどんな精神特効薬よりも精神的によく効く。私たちはとうに忘れさってしまっているのかもしれないが、自然の中で生き自然のままに生きる中国思想の「タオの道」が現代社会で今、求められているものなのかもしれない。一番その道に生きている「よもぎ」こそがこの荒んだ時代にとっての救世主になるのかもしれない、そうぼんやり考えながら、友人二人を見つめ思いに耽った。