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3話.野草料理

私は友人2人に野草料理を振る舞うため、野草をよもぎと一緒に摘んでいる。一人目の友人は「タク」。研究者で科学に詳しい。小学校時代からの付き合いでかれこれ15年の付き合いになるだろうか。2人目は「ユウ」。公務員で歴史に詳しい。中学時代からの付き合いで一緒に寺社巡りをしている。この3人で遊びに行くこともしばしばあり、気心の知れた数少ない友人である。


私の場合、友人は「量より質」を大事にしている。数多くの友人に恵まれることも幸せなことだが一人の友人に割く時間がそれだけ少なくなる。「星の王子様」の本には「きみのバラが、きみにとってかけがえのないものになったのは、きみがバラのために費やした時間のため」という言葉がある。つまり、友人と親しくなるにはそれなりの時間が必要になる。いきなり人の信用を得ることはできないからだ。そのため、友達作りを量より質を大事にしたことで心做しか長い期間2人にはお世話になっている。私は数々の選択を見誤ってきた人生の敗北者ではあるが、友達作りの自己流儀のお陰で成功を収めたものと信じたい。


よもぎが私に声を掛ける。


「なにをぼーっとしておる!ギシギシを摘まんか!」


よもぎが大きな野草の葉を摘み取る。私も真似をして葉をちぎり取る。私は尋ねる。


「ギシギシはどんな草なんだ?美味しいのか?」


よもぎは答える。


「この草はシュウ酸という毒成分を含んでおるから多食するのは厳禁じゃ。じゃが、そのシュウ酸のお陰でほどよい酸味を楽しめることができて美味じゃぞ。」


なるほど、毒も薬になるということか。それを聞いてこの野草は少なめに採取しようと心に強く決めた。



よもぎは次の草を摘み始める。すかさず、私は尋ねる。


「この草って野菜のアブラナに似てるよな。花とかそっくりだけど仲間なのか?」


よもぎはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりにこう答える。


「うむ。まさにその通りじゃ。この間採ったハマダイコンと同じくカラシナはアブラナ科の植物で野草の中でも限りなく野菜に近い味わいがするものなのじゃよ。食用のわさび菜や高菜などはカラシナの栽培品種なんじゃ。」


私はそれを聞いて安堵すると共に、ギシギシの時よりも多めに採集することを決意した。


次によもぎが摘んでいるのはタンポポだった。


「それはタンポポだろ?」


よもぎは軽く頷き、こう質問してきた。


「ニホンタンポポとセイヨウタンポポの違いは分かるか?」


私は即答した。


「分からん。」


よもぎは嬉しそうに口を開く。


「セイヨウタンポポは萼片が反り返るのに対して、ニホンタンポポは萼片が反り返らないのが見分けるポイントじゃ。じゃが、最近は外来種と日本種の交配が進んでおるせいで詳しい同定が困難なこともある。」


野草もグローバル化しているという事実を聞き、私は複雑な気持ちになった。


次によもぎはヒョロヒョロとした細い草をむしりだした。


「それはなんていう草だ?」


よもぎはむしりながら答える。


「ハコベじゃ。春の七草の一つじゃから知っておるのではないか?アクが少なくて食べやすい野草じゃぞ。」


春の七草は家庭科の授業で暗記させられていたから確かに覚えている。しかし、実物を見たのは初めてかもしれない。


次によもぎは背丈の低い草を摘み始める。


「それはクローバーだろ!それなら知ってるぞ。」


よもぎはムッとした顔で私を睨みつけた。


「形こそシロツメクサ(クローバー)に似ているがこれはカタバミじゃ!カタバミの葉はハート型であるのに対し、シロツメクサは丸い葉をしておる。植物の名前を間違えるのは人の名前を間違えて覚えることと同じことじゃから気をつけるように!」


お説教を食らった私はこう呟く。


「ご、ごめん。」


よもぎは笑ってこう答える。


「ワシじゃなくてカタバミに謝るのじゃ!」


私はカタバミに話しかけた。


「カタバミ氏、誠に失礼致しました。以後気をつけます。」


よもぎは腹を抱えて気持ちよく笑った。


そんな冗談を言い合っている内によもぎは次の野草を摘み始める。私は口を開く。


「今度こそ知ってるぞ。ヨモギだろ?君の名前でもあるくらいだし、割とポピュラーな植物だな。」


よもぎは嬉しそうに質問する。


「それじゃあ、「さしも草」を知っておるかの?」


私は首を横に振った。よもぎは続ける。


「さしも草はヨモギの別名で和歌にも詠まれておる。葉の裏側に綿毛のようなものがあるじゃろ?それを精製したものがお灸に使うもぐさになるのじゃ。」


私は思い出す。


「百人一首にも確かあったよな?」


よもぎは気持ちよさそうに歌を詠む。


「かくとだに えやは伊吹の さしも草

さしも知らじな 燃ゆる思ひを」


私はよもぎにこう言う。


「こんなに貴方を想っているのに言うことができない。伊吹山のさしも草のように私の恋心が燃えているのを貴方は知らないでしょうね、という意味だったよな。」


よもぎがニヤニヤ笑いながら私にこう尋ねる。


「おぬしもそんな恋をしてみたいんじゃなかろうか?」


私はため息をつきながらこう返す。


「彼女がいたら、死のうなんてつゆも考えもしないよ。」


よもぎが申し訳なさそうにこうフォローする。


「ワシなんて250歳じゃし、まだ10分の1しか生きてないおぬしはこれからチャンスしかないじゃろう。」


私はこれ以上は何も言わなかった。25年を振り返ってみても、モテ期がこれから突然来るとは到底考えづらいものと思ったからだ。


次によもぎは丸い葉に手をつける。私は質問する。


「この小さい葉っぱはなんて言うんだ?」


よもぎは即答する。


「これはオオバコじゃ。オオバコは人に踏まれる所に多く生えていてその理由が面白いのじゃ。オオバコは水に濡れると種子が粘液を出して踏んだ人や動物に貼りつく。それを利用して遠くに種子を運び生息地を増やすのじゃ。どうじゃ?賢いじゃろう?」


私は植物の賢さに感服すると共に、この「よもぎ」という少女が歩く辞書並に知識が詰まっていることを羨ましく思った。


これで7種類の野草が集まった。私は2人のグループメッセージにメールをする。


「タク、ユウ、聞いてくれ。これから二人に野草料理をご馳走するからこれから柊ばあちゃんの家に来てくれないか?」


タクはこう答える。


「殺さない程度に頼むぞ。」


続いてユウも答える。


「草生える。草だけに。」


微妙な返事を尻目に半ば強制的に二人に野草料理を振る舞うことにするショウなのであった。


どうやら、こういった強引さも、よもぎから伝染してきたものなのかもしれない。


「野草のように強く、よもぎのように強引に生きられたのならば、私の精神病も治っていくのかもしれない」、そんな微かな希望を胸に私は祖母の家に向かった。







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