2話.ノビル
私は河原に辿り着いた。今日のターゲットは「ノビル」という植物とのことだ。その前にあの少女について幾分か尋ねたいことがある。なぜ、語尾に「のじゃ」を使うのか、雑草に詳しいのか、年齢はいくつなのか、それも採集の時に質問することとしよう。
よもぎが私に声を掛けた。
「よく来たの!おぬし、ノビルの特徴を知っておるか?」
私は首を横に振った。
暫く彼女と前に進むと、よもぎは草むらにしゃがみ込んだ。一見、イネ科の雑草のようにも見え、小ネギのようにも見えるその植物を指さした。
「では、ノビルとアサツキとスイセンの違いについて教えるとしよう。ここに生えているのはノビル。伸びた葉先がくねっと曲がっておるのが特徴じゃ。対して、アサツキは葉先が真っ直ぐになっており、中部地方以北の海岸に見られることが多い。ノビルとスイセンは独特のネギ臭がするのに対し、スイセンはネギ臭がせず葉が扁平じゃ。ちなみにスイセンやヒガンバナもノビル、アサツキと同じ仲間である故、間違えやすいから気をつけるのじゃぞ!」
私はこう問い掛けた。
「じゃあ、スイセンやヒガンバナって食べたらどうなるんだ?」
よもぎは神妙な面持ちでこう答えた。
「スイセンは食べると嘔吐や下痢を起こし、毎年ニラやノビルとの誤食で中毒症状になるニュースが後を絶たない。ヒガンバナはもっと酷く、嘔吐、下痢、中枢神経の麻痺などを引き起こすのじゃ。どれもアルカロイド性の毒で植物が動物や人間たちに食べられないように自己防衛してきた進化の中での工夫のようなものじゃ。」
私はこう思った。綺麗な花には棘があると。25年の人生を振り返ってみると、世の中は綺麗事には裏があることが多々あるとつくづく思う。ニュースを見ていても、汚職事件、不倫問題、薬物事件の数々である。それらは氷山の一角に過ぎず、掘り起こせば星の数ほど闇が暴き出されることなのであろう。一見、私たちが憧れとする輝かしいものにも「棘」が隠れている。逆に言えば「棘」のない人間はいない。完璧な人間はいないからだ。私はなるべく「棘」のない人間であろうとした。それは人を傷つけたくなかったからだ。そうして自分でない自分を演じているうちに、私は心が疲れてしまった。なんとも哀れなものである。
よもぎは得意げに続ける。
「ちなみにヒガンバナの鱗茎は飢饉の時には何度も水にさらして毒抜きをして食べられたものだったのじゃ。」
それを聞いた私はこうぼやいた。
「さも、飢饉の時を生き抜いてきたかのような口ぶりだな。」
よもぎは答える。
「よくぞ聞いてくれた!ワシは江戸幕府直属の飢饉救済のスペシャリストじゃ!天明の大飢饉の頃から生きておる。」
私は呆気に取られる。
「へ?」
よもぎはこう続ける。
「ワシが野草に詳しいのはそのためじゃ。飢饉の時には作物も取れんじゃろ?じゃから民衆に食べられる野草を教える仕事をしていたのじゃよ!米沢藩も「かてもの」と言って飢饉救済の手引書も出しておるわ。」
私はさらに尋ねる。
「ちなみに君の年齢は?」
よもぎは得意げにこう答えた。
「250歳じゃ!」
私は驚きつつも、黄緑色の髪の美少女がこんなしょうもない河原で私に構ってくれること自体、非現実的なものだったので、懐疑的ではあるがこれを飲み込むこととした。社会人になってからは柔軟性が問われる。柔軟性が無く、今まで見聞きした物事だけを信じて生きていくといつかは躓いてしまう。躓いた先には「私はこんなにも正しいのに周りが間違っている」と言い出す。こうして若者から俗に言われる「老害」が誕生するのであろうか。
そうこうしているうちにノビルも結構な数が集まった。
よもぎが根を洗って私に見せると、なるほど、白い鱗茎が雑草のものとは思えないほどに美しい。
よもぎは鱗茎と葉を切り分け、鱗茎の皮を向き携帯用コンロで沸かした鍋の中に湯通しをする。葉も適当な大きさに切った。辺りには良いネギの匂いが漂う。
よもぎは湯通しした鱗茎と葉を皿に取り出し、酢と味噌を混ぜて酢味噌をそれに添えた。よもぎは私にそれを差し出す。私はこくりと頷きそれを食した。
なるほど、これは美味しい。居酒屋のメニューに出しても良いくらいお酒に合いそうだ。味は玉ねぎを小型化したような。そう、ラッキョウのようなコリコリとした食感。時折感じるツンとした辛みもまた、お酒が進みそうだ。ノビルの葉も納豆に混ぜて食べると合いそうだなとふとそう思った。
私はよもぎに尋ねた。
「今度は野草料理を私の友達に振る舞いたいのだけれど、手伝ってくれるか?」
よもぎはにこやかにこう答える。
「もちろんじゃ!野草を世に広めるのがワシの務め!じゃが、ワシの姿はおぬし以外には見ることは出来ないことは理解しておいてほしい。」
私はなんとなく悟った。250歳でかつ、私以外の人には姿が見えない。私は人間ではない精霊的な、神様的なモノと交流しているのだと。しかし、死を前にした経験がある私にとってそんなことはどうでもいい。
明日から続く「我らの野草記」はまだ始まったばかりなのだから!