1話.自殺と出会い
私は死のうとしている。そのため、木曽川へ歩を進めている。実のところ、今まで何度も死のうとしてきたが図太く生き残ってきた。そんな自分にも嫌気がさすものなのだが今日こそは人生にピリオドを打つべく強い意志と共に歩みに力を入れる。遡ってみれば学生時代は未来に希望を見出し自分であれば立派な大人になれると確証もない自信を持っていたものであった。そこそこ学業も出来たし、部活も人間関係もそこそこ上手くやっていたせいであろうか。今になってみれば私は特別な才覚もある訳でもなく、ごくごく普通の一般人であることに気が付いている。世の中には「政治家、弁護士、医者、芸能人」といった様々な職種があるが彼らが「特別」であるかというとそうではない。皆、特別であるようで実は普通なのだ。狼の群れには「順位制」というものが存在する。それと同じく集団動物である我々人間も暗黙のヒエラルキーというものを欲しているのだ。限られた資源や食料があるとすれば、それを平等に分配することは難しい。そうなると、上位の階層に属する優秀な人間が生き残ることで、下位の層の出来損ないは自然淘汰され、より優秀な子孫が残される、といったシステムなのであろう。しかしながら、よくよく考えてみると「少し周りより顔が良い」「少し周りより勉強ができる」「少し周りより運動ができる」、その僅かな差異によって生じる何とも滑稽な生存本能なのである。
「理性的に生きよ」とよく言われるが、そもそも私たちが目指す「政治家、弁護士、医者、芸能人」といったものに対する憧れの感情も生存本能によるところが大きい。
私たちは「普通」であるにも関わらず、僅かな差異によって時には悩み苦しみ「特別」でありたいと望むのである。
そんな思索に耽っているうちに私は川に着いた。申し遅れてしまったが、私の名前は「ショウ」。ブラックな会社に務めるそこら辺の一般人だ。前述した社会ヒエラルキーでは下位の存在なのだろう。皆が普通であるにも関わらず自分だけは特別でありたい、私も強くそう望んでいる一人である。私は憧れの職にも就けず望まぬ仕事をひたすらにこなしストレスを溜めるうちにメンタルを壊してしまったようであった。検査の結果、重度の精神病であるらしい。自然淘汰の法則に従うとするならば私は川の藻屑となった方が随分と良い。考えてみれば私には趣味と言えるものもなく楽しみと言える娯楽も何もなかった。このまま魚類や微生物たちの食の足しになる方が自然法則の観点においてはベストな選択と言えるのだろう。
水位のある場所に着き身を投げようとしたその時、後ろから声がかかった。
「おぬし、河原でダイコンを取らぬか?」
驚いて振り返ると黄緑色の髪をした18から20歳くらいのツインテールの少女がそこに居た。少女は続けた。
「さては、畑にしかないと思っておるじゃろ?ダイコンは河原にもあるのじゃぞ!ワシに着いてこい!」
と得意げに語る。
なぜ、この少女が「のじゃ」言葉を使うのか、私の自殺を制止したのかはよく分からないが気づけば私は少女の後を付いて行っていた。
フカフカな砂のある所まで着くと、少女はおもむろに一つの雑草らしきものを引っ張る。スポンとあっさり抜けたその根はまさしく「ミニ大根」であった。少女は語る。
「これはハマダイコンじゃ。浜辺や河原に生えているダイコンと同じアブラナ科の植物でおぬしも知っておる大根と同じような食べ方ができるのじゃ。」
私は25年生きてきて、世の中の何事も知ったつもりになっていた。それなのに今はそこら辺に生えている雑草の秘密を知り、「まだまだ世の中は知らないことばかりなのだな」と我ながら恥ずかしい気持ちになった。
「どうじゃ?食べてみるかの?」
私はこくりと頷いた。少女は慣れた手つきで携帯型の小型コンロに火をつけリュックサックから鍋や調理道具を出した。
ハマダイコンを川の水で手早く洗い、葉と根に切り分け根の皮を器用に剥いて輪切りにした。
鍋に水を張り沸騰したところで昆布を入れ出汁を取った後に味噌を溶き輪切りになった根を煮込み、よく火が通ったら切り分けた葉を入れた。
少女はスープをお椀に盛り付け私に差し出した。「どうせ死ぬ気でいたのだから」と有毒植物である疑いもせずに掻き込んだ。
「これは!」
私は思わず声が出た。素朴でありながらも温かい家庭的な味。
私はハードな仕事にかこつけて食事をコンビニ飯に頼り切っていて人の作る優しい味を忘れかけていたのだ。
気づけば、私の頬には一筋の涙が流れていた。少女は語る。
「雑草と思われているものでも実は隠れた価値があるのじゃ。こうして食べるハマダイコンも冴えない雑草に見えるがちゃんと調理すれば野菜に劣らぬ風格があるじゃろ?」
私は黙って頷く。私はいわば「雑草」である。「特別」になれなかった存在。しかしながら、この少女の言葉により私の中の何かが変わろうとしている気がした。雑草にも隠れた価値があり、人の心を動かす力さえある。私はそういう奇を衒った生き方をしてみたい。思わず少女に私はこう質問してしまった。
「食べられる野草のこと、もっと教えてくれないか?」
少女は嬉々とした表情でこう返す。
「ワシの名は「よもぎ」じゃ!おぬしをワシの弟子にしてやろう!」
この日から私はブラック企業を退職し、河原の少女の一番弟子となった。
これより私の、いや、「我らの食草記」が始まる。