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第7話

「あの、せっかくなんでいろいろ聞いてもいいスか」


腕に響くので、心持ちゆっくり歩きながら奏太は小夜に尋ねた。

なお、先程服の中をちょっと覗いてみた時、ぶつけたところは変色が始まっており、奏太は見なかったことにした。

小夜曰く、早い者勝ちにはならないので急がなくても大丈夫とのことだったが、何故スタートがあんなにずれているのに早い者勝ちにならないのかも不明点の1つだった。

小夜は今大学1年生で、大学受験前はさすがにスキップしたが、高校の頃から何度か参加していえるそうだ。

大学は県内第2の市にあるが、町役場前から大学のバスが出ているのでそれで通っているという。

どうぞどうぞ、と小夜は快諾し、知っている範囲で、と控えめに条件は付けたが、質問に答える形でいろいろ話してくれた。


この場所は、図書館の地下書庫で間違いはないが、展示のたびに構造が違う。

今日の地下2階は果てしない部屋だが、前回は教室くらいの狭い空間しかなかったと聞いて、奏太は腕を痛めているのも忘れるくらい驚いた。

さらにその前も違う空間だったという。

その都度地下を作り替えるのも、一機しかないあのエレベーターがその都度別な場所に繋げているというのも、常識ではあり得ない。

どういう仕組みかは彼女も知らないし、以前ベテラン参加者に、調べようとしない方がいいと忠告されたそうだ。

仕組みを調べようとしたらどうなるのか、奏太は常識で測れない事態に薄ら寒いものを感じ、今この場所で深く考えない方がいいと頭を振って慌てて掻き消した。


さらに、この階にはまだ下がある。

最終地点は大概は最下階にあるが、それが何階なのかは一定していない。

下の階の構造もその都度違うという。

降りる方法は、階段が分かりやすい位置にあるパターンもあれば、方法自体を探し回るミッションが発生することもある。

今の、この書庫も十中八九探す系で、こういう場合は部屋の端を目指すのは悪手であり、手がかりになるのは自分が持ち込んだ本である。

こういう掲示も何もない、ノーヒントに見える空間では持ち込んだ本と同じ本を探すこと、それが第一で、そうしないとこの書庫は本当に端の見つからない、延々と書架が連なる密室になるという。

何故分かるのかと言えば、前に同じパターンがあったからだそうで、2人は現在、奏太のと同じ辞典を探して、分類の800番台を目指して通路を進んでいた。

分類番号を知っているのは凄いと奏太が褒めると、小さい頃から図書館に入りびたりで、借りる以外にも探険と称して、1階のそう広くない閲覧室を何度も何度もぐるぐる見て回っていたからだと、小夜は照れ臭そうに言った。

そんな小夜の本は『夏目漱石全集(二)』だった。

収録されている三四郎という話の主人公は大学に入りたてで、その心境に今とても共感しているのが理由だそうだが、奏太は、『我が輩は猫である』の作者であることくらいしか知らず、また猫が出てくる以外、そのあらすじさえ知らない。

もちろん三四郎は名前も聞いたことがない。

奏太は小夜のことを、本好きで勉強も得意そうな真面目タイプだという印象を持ち、かつ、こういうトリッキーというか得体の知れないイベントに、小夜のようなタイプが参加しているのを少し意外に思った。



書庫は果てが見えないが、通路自体は一本道で、柱に貼ってある分類を追っていくと、進んでいることは確認できたものの、そういえば他の誰とも遭遇しないことに気がついた。


「それにしても、誰とも会わないですね」


奏太が呟くと、小夜から、「ここって、誰かとエンカ、って言うんでしたっけ?エンカウントしようと思わない限り、基本他の参加者と鉢合わせはしないです」という答えが返ってきた。


「そうなんですか?あれ、でも川上さんは」

「私は何というか、他の参加者が近くにいないか逆にすごく気をつけてるので、近づいたら知りたいって思ってるから出会うのかな。不思議ですよね、どういう仕組みなんだろうって」

「じゃ、俺が発見されたのってラッキーだったんだ。いや、マジで死ぬかと思った」

「間に合って良かったです、本当に死んじゃう人いるみたいなので」


小夜は、柱に貼られた「833 辞典」というラベルを確認し、書架の間に入って行った。

奏太は思わず足を止めた。

死ぬ人がいる?ここで?公立図書館の中で?

並んでいる本を順に辿っていた小夜が振り返り、「腕、痛みますか」と心配そうに尋ねた。


「いや痛いけど、そうじゃなくて、死んだ人、いるんですか」

「います。というか、いるという噂です。企画展示で見かけなくなって、申し込みもしてないって知って、調べたら亡くなってた人何人かいるそうです」

「何人か!?」

「はい、亡くなった日は皆、最後に参加したのと同じ日だったとか」


小夜は神妙だが、軽い調子で頷いた。


「……死因は?」

「分からないみたいです。いやあの、死因が分からないというより、詳しいことが何も分からないらしくて。住民票だけ地角にあって、実際に住んでるところが違うっていう人結構多いみたいなんです。でも皆、企画展示中に何かあって死んだはずだ、って」


本探しを再開した小夜と裏腹に、奏太は絶句した。

公立図書館で死人が何人も出ているなんていうニュースは聞いたことがない。

この催しは企画展示と銘打っているが、名には偽りがあるということになる。

未来の出来事に関する情報、という常識的にはあり得ない報酬が用意される時点で、代償も大きいということなのだろうかと混乱する。

そもそも何で死ぬのか、そこに思い至って奏太は先程の記憶、アロサウルスもどきのことを思い出した。


「あ、あったあった。ありました」


どこかの書架で、小夜の声がした。

奏太が急いで姿を探すと、小夜は3つ隣の隙間で、棚から本を引き出し開いているところだった。

奥付を確認している。

その行動が自分に重なり、奏太は慌てて「あ、ぶなくないですか!」と声を張り上げた。


「え?」

「いやあの、さっきアロサウルスもどきっていうか、恐竜がいたんです。見ませんでしたか、あれ、本を出したら出てきて」

「ああ、これは大丈夫です」


小夜は困ったように笑って、「ほら、地下3階への階段、ありましたよ」と左側、その列の反対側に目を向けた。

すると奥の奥の壁の端に、立ち並ぶ秩序を乱し、書架が抜かれた空間があって、壁にはよく見る階段への入り口らしい穴が切り抜かれていた。

ここからでは遠く、穴の奥は薄暗い。

奏太は固唾を呑みながら、「本、ホントに大丈夫?」と尋ねると、小夜は


「大丈夫です。あれは多分トラップだったので」


と宥めた。


「トラップ?」

「何というか、違う本を触ると、何か所か内容に関係した変なのが出て来るみたいです」

「確かに変なのでしたけど、何なんですかあれ。ロボット?」

「うーん、私もトラップって前に1回しか見たことないので何とも言えないんですが、ロボットじゃないかなと……ロボットって何もないところから現れたり消えたりしないかな、と」


奏太はさっきの襲撃を思い出してみた。

もどきが出現した時は見ていないが、そういえば消えた瞬間も目を瞑ってしまっていた。

床が開いたのでなくどんな仕掛けで消えたのか、小夜は


「展示常連の人で、本の内容が実態を持った、限りなく本物に近い幻、だって言ってる人がいました」


と本を戻しながら言った。


「実態?幻?何言ってんの、すごいリアルだったんだけど。そんなのあんの?まさか夢見てたってこと?今もこれ夢の中ってこと?」


夢と現実のどちらに転んでも経験と噛み合わない怖さに思わず詰め寄ると、小夜は「いえあの、落ち着いてください」と怯んだ。


「少なくとも夢ではないです、現実です。だから普通じゃないんです、この企画展示」

「普通じゃないって、絶対おかしいって」

「晴山さんが体験したとおりです。おかしいんです。あり得ないことが、あり得ない形で起こるんです。さっきの恐竜も理屈は分からないけど実態があります、もし直接殴られていたら怪我じゃ済んでないです。病院行った方がいいってさっき止めたのも、この後何が起こるか分からないからです。人が亡くなってるっていうことは、多分大怪我して二度と参加できなくなってる人もいるはずです」


小夜はそこで言葉を切った。

さっき奏太が強い口調で拒んだからだろう、今度はリタイアしますかとは聞いて来ない。



「川上さんは、知ってて参加してるんですか」

「はい」


圧倒されながら奏太は、恐る恐る尋ね、すぐに恥ずかしい質問をしたことに気がついた。

何も知らないでゲーム感覚なのは自分だけ、他は皆覚悟を持って参加しているのだ。

居たたまれなった奏太が黙ると、小夜が「でも大丈夫です、分かって気を付けてれば。本当にダメな時はリタイアがあるので」と助け船を出した。


「気をつけるって、具体的にどうすりゃいいですか」

「うーんと、とりあえず下に降りましょう。このままずっとこの部屋に捕まってるのも良くないので」


促されて、小夜の背を追いながら、小夜の本と同じものをまだ見つけていないことに気づく。


「あれ、川上さんの本は?」

「私のは多分探さなくて大丈夫です、もうそこに降り口ができてるので」


留まっているではなく『捕まっている』、見えているではなく『できている』、という言い方に多少怖じ気づきながら、奏太は地下2階を後にした。

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