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第6話

「あの、大丈夫ですか!?」


位置がずれて狭くなった書架の間を横歩きし、奏太のいる通路に走り出て来たのは、奏太と同じ年頃と思われる女だった。

眼鏡を掛け、白っぽいワイポイントのトレーナーに、履いているのは、記憶が正しければ地角高校のジャージだった。

現役か卒業生かどっちだろう、とぼんやり考えていると、彼女は奏太の傍らに膝を折った。


「怪我してるんですか!?ええと、どうしよう、腕ですか?起きられますか?」

「……多、分」


手を借りながら、何とか上半身を起こす。

ぶつけた直後よりは僅かだがましになっており、幸い骨は折れてはいないように思われたが、動かすと相当の痛みが右腕を襲い、上から押さえた左手をなかなか外せなかった。

眉を顰めて呼吸を自然と浅くしている奏太の様子を、彼女はしばらく見ていたが、やがて控えめではあるが、はっきりと言った。


「あの、すぐに病院に行った方がいいと思います」

「病院……あるんですか、ここ」

「い、いえ、ないです。そうじゃなくて、外の病院に」


外の病院、地角町立病院なんてあったっけ。

というか、参加中に外に出たりできるのか、じゃあ治療して戻って来ればいいか。

待てよ、一度離脱したら戻って来られるのか、事前説明ではそんな話はされなかった。

企画展示の開始は午後1時だった、今何時かは分からないが、今から治療して戻って来るなら普通に考えれば夜になる。

図書館が夜間開いているとは聞いたことがない。

だとすると、外で治療することは、つまり。

痛みで彷徨っていた思考が、きゅっと収束する。


「それってリタイアしろってことですか。嫌なんですけど」

「でも……動けます?その前に立てますか?」

「もちろん、ほら」


奏太は無事である左手を壁に突き、最大限の平気を装って立ち上がった。

無論、動いたことで痛みが増幅されたが、痩せ我慢を全開にして元気良く言った。


「大丈夫です。骨だって折れてねーし、普通に歩けます、いでっ」

「……あの」

「いや大丈夫です、全然大丈夫なんで」

「あんまり大丈夫に見えないですが……この後もトラップありますよ」

「トラップ……?」

「ええと、いろいろあるというか、今みたいに変なものが出て来たりとか。うまくかわせなくて、腕の怪我がもっと悪化するかも」

「だとしてもやですよリタイアなんて、せっかく出られたのに。専門で時間潰して、適当に就職して住民票勝ち取って、やっと参加できたのにリタイアとか無いわ」


彼女の言葉を遮るつもりでまくし立てながら見下ろすと、奏太はその女、多分自分よりも年下の女が、開始時点で列に並ばず、ギャラリーの後ろ側で待機していたうちの1人であることに気がついた。

彼女は奏太を説得できずに困り顔だったが、やがてため息を吐いて、


「あの、持って来た本って、どこにありますか」


と尋ねた。


「本?」

「はい、ここに持ち込んだ本です」

「あっち……いや、もう要らないやつだったんでいいです」


高校時代ほとんど使わなかった辞書なのでほぼ新品だが、もう使い道もなく、わざわざ取りに行ってくれなくとも、と断ると、彼女は「やっぱりリタイアしますか」と驚きに、少し安堵を混ぜたような顔をした。

今度は奏太が驚く番だった。


「本持ってないと失格になるんですか」

「失格にはならないですが、持って行かないと先に進めないと思います」


奏太が戸惑いつつ、床に落ちている『恐竜ってどんな姿をしていたの?』の本の棚に差して来たと告げると、彼女は恐竜の図鑑を手に取り、取って来ますと傾いた書架の檻を潜って行った。

元あった場所は、背表紙の請求記号で分かるという。

請求番号って何だっけ、と軽く首を捻ってから、先に進めないとはどういうことだろう、と奏太は悩んだ。

ここまではずっと持ち歩いていたが先に進めている感は一切ない。

そもそも持ち込んでよいと言われた本1冊を、この本だらけの空間で何にどう使うのか。

もしかしてさっき偶然やった、本棚に嵌めるというのが正解かも、と奏太は前のめりになった。

間違った穴に嵌めたから、あの変なのが襲ってきたのではないか、と。

彼女の言うトラップがそういう意味なら、正しいところに本を差せば前に進めるのではないか。

もっとも、正しいところがどこかは分からない。

また、どういう仕掛けであのもどきが突然現れたのかも分からない。

そもそもあれはロボットなのかそうではないのか、ロボットでなければ何なのかなど、新たな疑問が次から次へと生まれた。

さっきの人に聞けば分かるだろうか、明らかに自分よりは、企画展示に関する知識がありそうだったけど。

奏太は期待を持ちながら待っていると、5分くらい経ってから、彼女が本を2冊抱えて書架の間から顔を出した。

そのうち1冊は奏太の英和辞典だった。


「お待たせしました。倒れてない本棚で良かったです、これですよね?」


古生物の中にぽつんと英和辞典だったので、棚さえ見つかればそれほど手間ではなかったのだろう。

裏表紙の裏に名前を書いていたのも幸いした。

奏太は礼を言って受け取りながら、彼女の本を盗み見ると、ハードカバーの、指が掛かっていない部分の背表紙に『全集(二)』という文字が見えた。

奏太は思い切って、


「あの、この本って何に使うんですか」


と尋ねた。

彼女は少々驚いたように、「御存知ないんですか」と言った。


「俺、今日が初参加なんです。ずっと出たくてネットで調べてたんですけど、何も出て来なくて、何も分かんないまま今日になっちゃって。おかしくないですか、こんなに参加者居るのに誰もネットに書かないとか」

「あー……、確かにネットには情報ないかもしれないです」

「何なんですかこの企画展示って。周りに出たことある奴いないし、地角出身の同クラの奴も何も教えてくれなかったし」

「……どうやって攻略するかとかも、情報なしですか」

「最終攻略すると未来の出来事に関する情報をゲットできる、って以外は何も」


彼女は困りと悩みとを混ぜたような顔をしていたが、やがて溜め息をついて力なく「もし良かったら、一緒に行きますか」という提案を発した。

面食らって彼女と目を合わせると、


「怪我もしてますし、私初めてじゃないので、ある程度サポートもできますから。どうでしょう」


と付け足した。


「いいんですか。あ、でも」


奏太は口を噤んだ。

期間中何人でも最終攻略できるという話だったが、1日の制限数の有無ははっきりしない。

はっきりはしないが目の前に相手には聞けない。

仮に1日1人だと、助けてもらっておいて最後に裏切らないといけなくなる、最終攻略はしたいが裏切りは嫌だ。

奏太は忙しく皮算用をしていたが、このまま独りで行動するのでは怪我もしているし情報がなさすぎるしでジリ貧だ。

それなら、経験者の言葉に甘えつついろいろ情報を貰った方がいい、ゴールに着いたらそこで考えよう。

現状の対処と、今後の対応と、両方を考慮した大きな判断だな、自己満足して、奏太は申し出を受けることにした。


「よろしくお願いします、あ俺晴山です、晴山奏太です」

「川上小夜です」


軽く頭を下げた彼女は、「さっき辞典の名前で見ました」と申し訳なさそうに笑った。


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