第2話
「ただいまより地角町図書館企画展示を始めさせていただきます」
晴山奏太は、初めて耳にしたアナウンスに、手のひらに汗を握った。
アナウンスどころか、企画展示にも初参加だった。
企画展示のことは、高校の時にクラスメイトから聞いた。
地角町から通学している奴だった。
ぜひ参加したいと思ったが、そいつは笑いながら首を振った。
「住民じゃねーと参加できねーよ」
「大丈夫だって、利用者カード貸せよ。なりすませば行けるって」
「無理無理。ぜってーバレるから」
「写真付いてんの?」
「付いてないけど」
「じゃ行けんじゃん。いいから貸せって」
「いや、絶対バレる」
クラスメイトはぱっと笑顔を消して、「そんでヤバいことになる」と付け加えた。
"ヤバい"の内容は決して話してはくれなかった。
地角出身の他の同級生に聞いても無駄だった。
スマホでいくら調べても、企画展示の内容も、参加者の感想・コメントも、何1つ情報が出て来なかった。
パソコンじゃないとダメなのかも、と親のを借りて調べても同じだった。
地角町は隣の町だ、町境は車で10分しか離れていない、図書館だってせいぜい3、40分なのに、利用者カードを持っていないから、住民でないから門前払いにされる。
絶対に無理ゲーというわけではないのが逆にムキになるポイントで、奏太は浅はかな計画を立てた。
大学に行きたい、地角町で独り暮らししてそこから通いたいと親に告げると、通うだけで3時間かかるわと即却下された。
専門学校で同じことを言ったが、馬鹿野郎と怒りが付いてきた。
こうなると高卒ですぐ就職するのが近道だったが、就職指導の先生に相談すると、地角町外の企業に勤めて地角町に住むとすると、車が必須だし、遠すぎると通勤手当が出ない。
それに高卒直採だと、親元から離れての独り暮らしは、家庭的な事情がない限り好まれないと聞かされて詰んだ。
悩んだ結果、仕方なく、本当に仕方がなく、専門学校を爆速で卒業し、地角町かその周辺に就職して、地角町に住む、というシナリオで妥協した。
専門学校はどこでも良かったので、一番取っ掛かりが良さそうな、ゲームクリエイター養成的なところを選んだ。
爆速で卒業と言っても、2年は拘束される。
在学中はバイトでとにかく金を溜めた。
とにかくと言っても、学校は県庁所在地にあったため、通学に片道2時間半かかるため高が知れていたが、独り暮らしはダメという条件を、やってやろうじゃねーかと売り言葉に買い言葉で飲んだ手前、やっぱり、は言い出せなかった。
地角町とその周辺には、ゲーム系はもちろん、IT系の会社もないのは、入学後に知ったことだった。
最寄りのIT系の会社はやはり県庁所在地にしかなく、地角町から通勤するのは、コスパもタイパも最悪で、キャリアカウンセラーから社会人舐めてんのかと鼻で笑われた。
完全に後の祭りだったが、かといって地角町の方を諦めるという選択はない。
やっぱり地元に貢献したいって思ったんです、そう訴えて自動車部品の製造会社に就職した。
工場は実家の隣の市にあったが、実家から通うよりも圧倒的に近いからと、念願の地角町にアパートを借りた。
近いのは当然だった、計算してその会社を選んだのだから。
こうして、奏太は念願の地角町住民票、もとい図書館の利用者カードを手に入れた。
会社では工場勤務であり、3交代できつかったが、長時間通学で培った忍耐で何とかしている。
上司や先輩に、町の図書館のことを聞いても、ネット検索と同じ程度の情報しか得られず、企画展示に至っては、とぼけているのか本当に知らないのかすら判別できないほどに、何一つ引き出せなかった。
企画展示を狙い外から人が集まって来ているというのに、会社の人間だけなのかもしれないが、元々の地元民は図書館をあまり利用しないらしい。
それは普段は使わないだろうけど、と奏太は思った。
奏太だって、最後に地元の図書館に行ったのは、昔の遊びについて調べる宿題をやった小学5年生だった。
宿題もないのに、本も普段全く読まないし、図書館に来ても何をしたらいいか分からず、ほとんど縁がなかった場所を、10年以上ぶりに使うことになるとは、人生どうなるか分からない。
地元の市立図書館よりも小さく、明らかにしょぼい地角町図書館を、奏太は、念願の企画展示に参加するため訪れている。
参加までにかかった手間や遠回りは、大したことのない苦労だった。
挫けるなんてことはありはしなかった。
企画展示の最終攻略者は、報酬として、未来の出来事に関する情報を1つ、得られると聞いてしまっては。
*
マイクは、司会から挨拶する館長に回り、今は中年女性が握って、注意事項の説明を続けていた。
曰く、失敗となった場合、またはギブアップされる場合は、その場から動かずにお待ちください。
他の参加者に危害を加えると失格となり、もう二度とエントリーできなくなりますので、くれぐれもお気を付けください。
場合によっては長時間となりますので、無理のない範囲でお楽しみください。
いや楽しむ、って無理じゃね、と奏太は内心でツッこんだ。
危害を加えると失格、という不穏な警告をされる時点で、遊びとは言えない。
事実、地角町図書館の企画展示は、普通の"企画展示"の定義には当てはまらなかった。
例えば県立図書館では、季節のイベントや祝日、地方振興や環境などの社会問題、防災などのテーマに即した本の紹介、読書感想文コンクールの入賞作品展示などが行われている。
地角町でもそういう展示はしているが、企画展示は全く別の、次元の違う催しだった。
催し、イベント、フェスティバル、アトラクション。
参加する権利を得、攻略を目指すのに人生が左右されている者さえ存在するこれを言い表すのに、どれも実際と噛み合わない。
遊びではない、遊びとは言えないのだ、得られるものが破格なことと引き換えに、成功率が低すぎる。
1回の企画展示は数日間行われ、原則として成功者数に制限はないが、普通はゼロ、が常識になっていた。
常に参加希望多数なため抽選が行われ、奏太は初応募で当選という幸運を得られたが、一定人数は経験者が優先されている。
にも関わらず、少なくとも去年中に行われた前回はゼロだった。
それに危害は、発覚すれば失格となるが、『発覚しなければ』続行できることになる。
そういう前提で、失敗やギブアップはどういう状態になることを差すのか。
自分の意思で判断することはあるにしても、要するに安全が保障されていないのと同義ではないのか。
参加者はそれをはっきりと、または薄々分かっていて、誰も異議を述べない。
述べた瞬間、企画展示そのものがなくなるからだ、なくなっては困るからだ。
その意味でも、企画展示は催しでもイベントでもフェスティバルでもアトラクションでも、遊びでもない。
(リアルバトルだよな、むしろ)
奏太がそう考えた時、ちょうど説明が終わった。