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地角町図書館の企画展示  作者: 蜂須賀漆


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第16話

時間潰しにその辺を偵察して来ると言って、茶髪がどこかへ姿を消してから、奏太は読書の輪の近くに座った。

小夜が、常連は常連でも、最終攻略の常連とは、俄に信じがたいところだった。

地下4階では走りすぎて奏太以上にへばっていたし、6階では脱出の糸口を探すのに四苦八苦していて、企画展示は楽しむものだと言い切るなど、強者感は端々にあったものの、企画展示における奇妙なあれこれを、猛者と呼ばれるにふさわしいほど余裕で切り抜けているわけではないように見えた。

ただ、そう言われれば確かに、と何となく印象が置き換えられてしまい、実は苦労しているのも演技だったなのかと、色眼鏡が効き始める。

初心者と経験者との間では実力差があるのは当然であり、奏太は今日は小夜に着いていきつつ見学していろいろと覚え、次回からは経験者として堂々と、小夜くらいの立ち回りはやれるようになるつもりでいた。

それが、実は相手は最終攻略常連で、天地ほどの差があると言われても、すぐには受け入れられない。

小夜は別に隠していたわけではないだろうし、奏太に教える義務などあるはずもないが、足手まといの奏太に同行を申し出たのは、初心者の御守のつもりだったのかと勘ぐってしまう。


そう、要するに悔しいのだ。

現時点で何もできなし、まだ何の努力もしていないくせに、差があることが、小夜の心情を邪推してしまうほどにはとにかく悔しいのだ。

企画展示がどんなものか今日は初めて知ったし、展示内でどう行動するのかも、初参加だから今はできないだけ、と侮っていたところもあった。

さっきの詠唱めいた本の読み上げには失敗したが、あれは適当に持ってきた英和辞典だからだ。

準備すれば次はうまくやれる。


とめどなく浮かんで来るのは全て言い訳で、悔しさを自覚した後には、恥ずかしさがこみ上げてきた。

怪我人の奏太を放置してもいいところを、敢えて手を貸し、ここまで連れて来てくれた相手に、自分勝手な悔しさを前に出して座り込むのはただの馬鹿だ。

してもらうばかりで、奏太は小夜に何も返していない、恩知らずにもほどがある。

それに、この期に及んで開き直って申し訳ないが、小夜が最終攻略常連なら最後まで着いて行って、学べるものを全て学ばせてもらいたい。

そのためには、最終階まで辿り着くのが先だ。

プレイヤーとして、奏太も行動する義務がある。


小夜は大分長く読み進めているが、時折咳が入るようになった。

茶髪は300ページあると言っていた、飲み物もなくずっと声を出しているのはきついだろう。

恐らく章と章の切れ目と思われる継ぎ目に、奏太は思い切って声をかけた。


「川上さん」


そして目を上げた小夜に、


「読むの、代わります」


と申し出た。

本の朗読がこの階の攻略に必要な行為なのであれば、別に小夜1人で最初から最後まで読み上げる必要はないのではないか。

そう推測して奏太した提案に、小夜は「えっと」と戸惑いながら子供達を見渡したが、


「いいよー」

「おにいちゃんこっちこっちー」

「読んで読んで、はやくつづきー」


と子供達が一斉に奏太を手招きした。

子供達の間を縫って近づくと、立ち上がった小夜が


「すみません。まだ大分あるので、何章かずつで交代しましょう」


と本を手渡しながら小声で謝った。

頷いて輪の中に座り、声を出して本を読むのは、小学校依頼だと思いながら、奏太は本をみ始めた。

『十五少年漂流記』は、遭難し島に流れ着いた少年達が、助けを待つまでの間、島内の洞窟を拠点に居住スペースを作り、自力で食糧調達をし、リーダーを選んで秩序良く生きていく、という、明らかにライトノベルではなかったが、スリルのあるなかなか面白い話だった。

続けていくと内容に引き込まれ、台詞をそれっぽく読んでみるなど演出を施したりして、なかなか楽しい作業ではあったが、長引くと喉は確実に潤いをなくし声が出しづらくなって来る。

最後のページまで引き受けるつもりだったがこれは難しいそうだ、とギリギリのところまで読み進め、やむを得ず小夜に代わった。

待機中は小夜の語りからストーリーを追う読者になり、読み聞かせている間は登場人物とともに行動する。

この企画展示が終わったら、最初から読んでみようかと思うほど気分が高揚する話だった。

喉の負担さえなければ充実した時間は、時計がないので経過は分からないが、次第に終わりに近づいて来た。

小夜が左手で支えるページが確実に薄くなり、内容も、島からの脱出が叶うところに差し掛かったタイミングで、最悪なことに茶髪がちゃっかり戻って来た。

何も分担せず、「おっラッキー、そろそろ終わりそうじゃん」と言い放つ茶髪は、ページ数を知っていたこともあり、見た目に反して、ストーリーも把握しているのだろう。

奏太は「何か見つかりましたか」と皮肉っぽく尋ねたが、茶髪は「いやあ、どこまで行っても本棚とガキだらけだったわ」と大欠伸の中言い放った。

偵察と言いながら何も見つけて来ず、役に立たない茶髪に、警戒の上にイライラを重ねる。

暇潰しにぶらぶらしていただけじゃねえの、と口には出さずに詰る。

他方で、企画展示の経験者で明らかに手慣れていそうなのに、探し回って収穫なし、というのがいかにも嘘に聞こえて仕方がない。

朗読の後にどう行動するのかのヒントを掴んだのに、自分達には教えず、ギリギリで出し抜くつもりという気がしてならない。

かといって、茶髪からうまく聞き出す技能は持ち合わせていないし、ストレートに聞いても鼻で笑って躱されるだけだろう、とおかしな行動だけは見逃さないようにと、奏太は気を張った。



しばらくして、小夜が「おしまい」と告げて本を閉じた。

読書の輪に加わり、大人しくしていた子供達は一斉にお喋りを始める。


「面白かったー」

「はらはらしたー」

「はらはらなの、わくわくじゃないのー」

「わくわくもしたー」

「おにいちゃん読むのじょうずだったー」

「おねえちゃんは下手だったー」

「えっ!?ご、ごめんね……」


上手と言われて悪い気はしない奏太の反面、子供に教えられた棚に『十五少年漂流記』を戻しながら、小夜は少なからずショックを受けている。

褒められた奏太は、別に下手ではなかったけどと首を傾げながらも、1つは勝てた気分になった。


「何、お前も本読みしてやったの。いいねー、トラップ相手に媚び媚びだねー」


と貶す茶髪のにやけ顔は、瞬時に視界から追い出した。

そこで、子供達の1人が


「おわったからせんせー呼んでこよう」


と提案した。

それを皮切りに、子供達が次々に立ち上がり、


「行こう行こう!」

「せんせー!」

「せんせー!本読んでもらったー」


と部屋の奥へと一目散に駆け出す。

本読みに混ざっていない子も、わらわらと疾走に参加するようだった。

見渡す限り子供しかいないが、どこかに取りまとめる教師がいるのだろうか、と奏太が思っていると、小夜が若干枯れている声だがきびきびと、


「晴山さん、行きましょう」


と奏太を促した。


「え、お、追いかけるんですか?」

「いえ、追いかける、というより」

「おいおい後にしろって、小夜ちゃん急いでるっぽいんだからさあ、空気読めって」


小夜の説明は茶髪が遮った。

お前が言うな、と口内で反論しながら一応小夜に視線を移すと、小夜も、茶髪は気に食わないながらも、あまり悠長にはしていられないようで、微かに頷いてみせた。


「ごめんなさい、続きは後で」


説明しますと言って、小夜は子供達と同じ方向へ、といっても走るのではなく早足程度で移動し始めた。

奏太がその後に続き、茶髪は鼻歌混じりで最後尾に付いた。


てっきり子供達の後をまっすぐに追うものと思っていたが、進むにつれ、方向は微妙にずれていった。

徐々に子供達の走りから離れ、子供達の姿は目には映らず、しかしきゃーきゃーという歓声は耳を凝らせば微かには聞こえる位置で、併走している状態になる。

いずれ子供達の進路に回り込むようにも思えるが、子供達は絶対に追い越さないようにしているようで、時折歩調を緩めて声を聞いている。

小夜が言いかけた、追いかけるというより、と言葉をヒントに、奏太はこの行動が何を目指しているのかを考えてみる。

進路に、攻略のための何かがあるのは間違いない。

ただ、それがアイテム的なものだったりするなら、子供達より先に行かないと入手できない可能性がある。

だとすると、この先に下への階段があるとか、降り口のヒントがあるとかそういうことだろうか。

自分で推理しておいて何だが、相当に時間はかかったものの、ただ本を読み聞かせただけで次に行けるというのは簡単すぎないか。

まだこの後一山も二山もあるのでは、そう疑った奏太の足の裏が、不穏な振動を踏んだ。

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