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第1話

川上小夜は、生成色のハードカバーを1冊、カウンターのうち、"返却口"というプレートが天井から吊るされている方に、「お願いします」と乗せた。

返却分の確認作業中の職員は「はい」と顔を上げたが、小夜を認めると、「あら川上さん、おはようございます」と言葉が和らいだ。


「おはようございます。すみません、これ延長をお願いしたいんですが」

「はいはい延長ですね、ちょっと待ってね」


司書補は、裏表紙のバーコードをリーダーで読み取り、マウスを何度かクリックして、「うん、予約者いないので大丈夫です」と言った。


「他には借りますか」

「はい、あえっと、でも後で」


小夜が、予約票に利用者カードを添えて出すと、司書補は「ああ、なるほど」と、まず利用者カードを読み取り、次に予約票に日付が入った受領印を押した。


「はいどうぞ。どうします、この本受付で預かっておきましょうか」

「え、いいんですか」

「リクエストの本も届いてたみたいだし、一緒にしておきますよ」

「ありがとうございます、終わったら受け取りに来ますね」


利用者カードと予約票を返しながら、「はい、じゃあ今日も頑張ってくださいね」と司書補がにこりとした。

小夜は、「ありがとうございます」と頭を下げてカウンターを離れると、すかさず小夜の後ろで待っていた男が、忙しなくカードと票をカウンターに置いた。

小夜の後ろには10人前後が並んでいて、普段は見かけない、柄が悪そうだったり、浮付いていたり、軽そうだったりする列に、読み聞かせコーナーに来ていた小さい子供は怯えて半泣きになり、母親は今日は帰ろうかと悩み始めていた。


小夜は本棚が並ぶ奥に進み、慣れた足取りで階段を降りていった。

降り口に立てられている、ホワイトボードの案内板に張られた、A3を2枚接ぎ合わせた紙には、ゴシック体で


"第■■■期 地角町図書館企画展示"


と書かれていた。

下まで降りると、地下1階の最も大きいスペースである町民ギャラリー前に、同じ案内板が立っていた。

こちらの紙には続きがあって、"黒鳥向瀧の生活道具"と添えられていた。

黒鳥向瀧は、地角町の豪商黒鳥家に、明治時代に生まれた作家で、町唯一の著名人であり、町民ギャラリーには、児童生徒の書道や絵画、ポスターなどの受賞作品の紹介、町民文化祭での、地域サークルの活動発表の期間を除いて、黒鳥向瀧に関する常設展示がされていた。

展示は、執筆道具、生活道具、肉筆原稿と書簡・日記、交流のあった作家達、というテーマをループしている。

生活道具は、正月の膳の、一揃いの塗り物が、使い込まれていながら立派で、もう一度じっくり見たいが、今日は無理だなあと、小夜は混み合っているギャラリー内にそろそろと入った。

こんなに人がいるのに、誰一人展示物を見ていない。

目的が観賞ではないので当然といえば当然だが、もったいない、とできるだけガラスの傍に寄り、こっそりと、確か柿右衛門様式のものだったはずの、半酒器揃えを眺めることにした。

企画展示の期間以外には見られない人数が、それほど広くない町民ギャラリーに詰めかけて、皆イライラしていたり、テンションが高かったりと浮足立っていた。

落ち着かないな、と嫌な気持ちになったがすぐに、自分も、いつも静かな図書館を騒がせている大人数の1人になっていると気が付いて、常連の利用者に、本当にすみませんと内心で謝った。


*


地角町図書館は、前身の地角文庫が、明治時代に名前を変えて開設された、M県地角町の町立図書館である。

蔵書数は公表値では約12万点、開架されているのはその3分の1、主な利用者はお年寄り、親子連れ、受験勉強する中3高3浪人生、それ以外の少数の本好き、というありふれた公立図書館だった。

特徴があるとすれば、貸出が可能な利用者カードは、普通なら町内に住んでいる者、通勤通学者、近隣市町村の住民に発行されるところを、地角町では、町内に住民票を持つ者だけが発行を受けられた。

このため、住んでいても住民票がない者は、館内で本を読むことはできても本を借りられない。

それだけでなく、"利用者カードの所持を条件としている催し"に参加する権利を持たない。


地角町は、公共交通機関はバスとデマンド交通のみ、1ケタ国道は通っておらず、大企業の立地も、大学のキャンパスもないにもかかわらず、住民基本台帳上、人口数が不相当に多い。

移住の取組が功を奏しているのでは、という推測を必ずされるが、実際の町の様子を知ると必ず撤回された。

商店街にはシャッターが目立ち、それ以外でも空き家が見受けられ、見た目は完全に過疎が進む町だった。

農地を転用して住宅街にしたような地区はなく、アパートはあってもぽつぽつの範囲に留まっている。

地角町に住民票だけ置いて、実際には住んでいない者が相当数いた。

正当な理由なく、実際に住んでいる場所に住民票を移さないとペナルティや不都合があるが、それでも地角町民で居続ける。

町民でないと"催し"に参加できない、それだけの理由で、住民票を地角町に置き続ける。

住んでいないと判定され、住民票を職権削除されるのを防ぐため、「○○様方」と、本物の地元民に居候扱いしてもらう悪知恵ある者もいた。

当然有償であり、1棟のアパートに居候十数人など、町の隠れた産業になってもいた。

職権削除されたの気づくなり、何で消したんだ、または勘違いです引っ越しましたと再び住民票登録をするため役場に押し掛け、窓口で揉めに揉めて警察沙汰になることもあり、市民係はいつも頭を痛めている。


そのようなエア住民は、"催し"の期間だけ、長閑な町を訪れる。

地元民が知らない顔が町内を、正確には図書館の周辺をうろつき、ぐっと治安が悪くなったかのように見えるが、多少ゴミのポイ捨てが増えるくらいで、何も起こらない。

館外でトラブルを起こせば、利用者カードの有り無しに関わらず、二度と催しには参加できなくなることを、エア住民の誰もが知っていたからだった。


*


マイクのハウリングが、突如としてギャラリー内に轟き、その中で職員がギャラリーの扉を閉めた。

思わず塞いだ小夜の耳に、副館長の声が前方から届く。


「えーそれでは、時間になりましたので、只今より地角町図書館企画展示を始めさせていただきます」

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