8話 集落の兆しと、増え続ける住人たち
ゴブリンとの接触やスライムとの共存を経て、洞窟の中は少しずつにぎやかになっていた。最初はゴブリン5匹とスライム4匹で手探り状態だったが、ある朝、ダンジョンコアとしての俺は「もっと“数”を増やし、この空間に独自の生態系を確立しよう」と決断する。
ダンジョンコアを中心とした洞窟の“核”を意識し、そこに魔力を集中する。前回と同じ要領で、自分の中にある“ゴブリンの種”のようなエネルギーを引き出し、新たな命を産み落とすイメージを形に変える。
「……一度に十五匹は多いか?」
不安になりつつも、力を出し惜しみしては規模を拡大できない。洞窟を真のダンジョンとして機能させるには、ある程度まとまった人数が必要だ。
やがて、ダンジョンコア付近の床から灰色の肉の塊が次々に生まれ、やがて体格の小さなゴブリンの形を取りはじめる。総勢十五匹――その光景は、まるで大量発生した幼生がいっせいに孵化するようで、見ていて若干の背筋の寒ささえ覚える。
「お前ら……俺のダンジョンで大人しく暮らしてくれよ?」
それぞれがギャッギャッと幼い獣のような声を上げ、先輩格にあたるゴブリン五匹と顔を合わせる。彼らの中にはリーダーらしき存在がいて、子分たちをいっちょまえに仕切っている様子だった。
スライム十五匹の増殖
続いて、スライムをさらに増やすことにした。先日までスライムは四匹だけで、洞窟内をプルプルと動き回りながら苔や水分を吸収している程度だったが、ゴブリンとの兼ね合いも考えると、彼らが果たす役割は大きい。
今度は、水魔力に焦点を当てて意識を集中する。しんとした洞窟の奥から、生ぬるい液体が凝縮されるような感覚が広がり、透明なスライムがひとつ、またひとつと生まれていく。
「……いらっしゃい、ここが新しいお前らの“すみか”だ。」
こちらも十五匹。最初に産まれたスライム四匹が様子をうかがうように周囲を見回し、新たに来た仲間にぴょこぴょこと近づいている。まるで意志疎通をしているかのように、プルンプルンと体を揺らし合っていた。
ゴブリンたちの“集落”
それから数日、ゴブリン二十匹の暮らしぶりを観察していると、洞窟内に一種の“集落”の気配が芽生えはじめた。といっても本格的な村ではなく、洞窟の奥まった区画に木の枝や獣の骨、苔や蔦を持ち寄って、簡単な住処や焚き火の跡が作られているのだ。
ゴブリンたちは敵対的な種族とされがちだが、同じ“ダンジョン由来”で、かつ俺というダンジョンコアの存在をかすかに感じ取っているためか、目に見えてこちらを攻撃しようとはしない。むしろ、先輩格のゴブリンたちがリーダーとなり、勝手に生活圏を整えはじめたのが興味深い。
細い木の棒を組んで“棚”のようなものを作ったり、岩肌のくぼみに苔を敷き詰めて寝床としたり――彼らなりの知恵と本能で共同体を育んでいるようだ。
「すげぇな……まさかここまで自主的に集落を作るとは思わなかった。」
もともとゴブリンは種族によっては粗暴ながらも群れで暮らす特性があり、洞窟や廃墟を拠点とすることも多いと聞く。ここではダンジョンとしての環境支援があるので、彼らにとって快適な空間なのかもしれない。
スライムたちの共存
一方のスライム集団はゴブリンが占拠する区画にはあまり近づかず、水分や苔が多い場所に集まっている。洞窟内にはわずかな地下水脈があるため、水たまりを中心にぷるぷると集まって静かに過ごしていた。
ただ、ゴブリンの焚き火の残りや調理に使った獣肉のくずを、スライムが分解して処理している様子も見かける。ゴブリンが食べ残しを放置したものを、スライムがするすると吸収してくれるため、結果的に洞窟がゴミだらけになることを防いでいるらしい。
「ゴブリンが暮らし、スライムが清掃役に回る……なんか自然の生態系っぽいな。」
洞窟内に生まれる循環。それはさながら、小規模な“ダンジョン都市”の実験のようでもあった。俺自身もダンジョンコアとして、彼らの生活を支援できるよう、地形を少し調整してみる。たとえばゴブリンが集う区画の床を平らにして焚き火スペースを広げたり、スライムがいる水たまりを深めて彼らが住みやすくしたり……。
自分なりの方針
「これで、ダンジョンの外からの侵入者が来ても、それなりに対応できるだろう。」
ゴブリンは戦闘要員として数が増えれば戦力になる。一方、スライムたちは物理的戦力こそ弱いかもしれないが、水魔法の牽制や通路の足場を滑りやすくするなど、戦闘のサポートとしても期待できそうだ。
もちろん、一歩間違えればダンジョン内でゴブリンたちが内部抗争を起こす可能性もある。だが、少なくとも今のところ、リーダー格が仲間をまとめ、スライムとも大きな衝突なく共存している。
「どこまでうまく行くかは未知数だけど、これが俺の“迷宮創世”の一歩だ。」
洞窟を眺めながら、ダンジョンコアである自分の役割を改めて実感する。外の世界には、いずれ人間や冒険者、それどころかもっと強大な敵が現れるかもしれない。だが、そのときこそ俺がダンジョンを進化させ、守り抜く術を確立する機会でもある。
ゴブリンが焚き火を囲む姿と、スライムが水たまりでプルプル揺れる光景。それをひととおり見届けたあと、俺は静かにダンジョンの奥深くへ意識を広げる。そこにはまだ空白の空間が残っており、地形も未完成だ。
「この集落が基盤になって、いずれもっと多様な魔物や環境が加わるのか……楽しみでもあるな。」
今はまだ小さな群れにすぎないが、ゴブリンたちは自分たちの集落を拡張し、スライムは彼らなりに生息域を広げていくだろう。その様子を見守り、必要があれば手を貸す――それがこの迷宮の“魔王”としての務めなのかもしれない。
俺はコアにかすかに宿る力を感じながら、ダンジョンという“我が家”が少しずつ形になっていくのを嬉しく思った。生活の営みが芽生えたこの洞窟は、いずれ外の世界へも影響を与えるかもしれない。