6話 ゴブリンとの遭遇と“汚物耐性”
洞窟の外での探索を繰り返し、森の小動物的な魔物やコウモリ型の魔物を相手にしながら、なんとか生き延びてきた俺。
スライム由来の“水魔法”、ホーンラビット由来の“瞬発力”、そしてコウモリ型の“反響定位”。いずれも便利な能力ではあるが、決定的に“対人戦”を想定した力が足りないんじゃないか――そんな漠然とした危機感を抱いていた。
さらなる探索
「そろそろ森の奥も慣れてきたし、少し範囲を広げてみるか……」
いつものように土と血肉を融合させた擬似身体を動かしながら、森の中を慎重に進む。コウモリ型魔物由来の反響定位を使えば、木々の向こうに何か大きな影があるかどうかはある程度わかるようになった。
夜目が利かない代わりに、暗い場所や茂みの中の気配を掴めるのはありがたい。
とはいえ、森にはまだまだ未知の魔物が潜んでいるはずだ。俺は一歩ずつ確認するように前へ進む。
不穏な声と異臭
そんな中、雑木林の先から何やらガサガサと荒っぽい音が聞こえてきた。小動物の走り回る音とも違う、乾いた枝を折るような鈍い音だ。
「……何だ?」
反響定位を使って辺りを探ると、複数の人型のシルエットが動いている気配がある。人間……ではなさそうだ。体格がやけに低いし、何より、鼻につくような刺激臭が風に乗って漂ってくる。鼻があるわけじゃないが、“血肉パーツ”が嫌な感覚を訴えている。
近づいてみると、何やら灰色の肌をした小柄な集団が、森の中でガチャガチャと石斧や木の棒を振り回しているのが見えた。
「……ゴブリン、か?」
物語やゲームでおなじみの、人間より背が低く、知能もそれほど高くはないとされる魔物。複数体が固まって、何やら荒っぽく木を叩いたり、地面を掘り返したりしている。
逃げるか、戦うか
「……こいつら、危険だろうか?」
ゴブリンの醸し出す空気には敵意というよりは乱雑さがあふれている。だが、彼らは凶暴な面もあり、もし人里を荒らすような存在ならば、将来的に人間が“討伐”に乗り出す可能性だってある。
何より、こちらもゴブリンという種族を取り込めれば、新たな力を得られるかもしれない――そんな欲が頭をもたげる。
「どうしようか……いや、やるしかないな」
あえてリスクを承知で近づき、まずは一体だけでも捕獲してみる手段を考える。複数を相手にするのは危険だ。ならば、群れからはぐれたゴブリンを狙うのが定石。
はぐれゴブリンとの対峙
少し森の奥へ回り込み、視界を限定しつつ近づいてみると、ちょうど一体のゴブリンが仲間と離れて木の幹を蹴り上げているところだった。何かを探しているのか、苛立っているのかは分からない。
「よし……こいつならいけるか」
俺は反響定位で周囲を確認し、ほかのゴブリンの気配が遠いことを確認すると、一気に茂みから飛び出した。
「ガルルッ!?」
驚いたゴブリンが声を上げる。緑がかった灰色の肌、粗末な腰布からのぞく汚れた体、そしてまるで腐った生肉のような異臭。まさしくファンタジーで見たゴブリンそのものだ。
ゴブリンは石斧を振り上げ、ガッと突進してくる。まるで訓練されていない荒々しい動きだが、その分だけ予測しづらい。
「うおっ……!」
俺はホーンラビットの瞬発力を活かして横へ飛び退き、水魔法で作った水弾を投げつける。もっとも、この森にある水分は多くないので威力は限定的。しかし、ゴブリンの顔面に当たれば十分に視界を奪える。
“バシャッ”
水弾がゴブリンの顔面を直撃し、奴はびっくりしたようにうめき声を上げる。
「今だ……!」
俺は一気に間合いを詰め、擬似身体の腕を伸ばしてゴブリンの手首を掴んだ。ゴブリンは石斧を手放すまいと抵抗し、噛みつこうと口を開ける。
「うわっ、くっせぇ……!」
鼻がないはずなのに嫌悪感を覚えるほどの口臭と体臭。
ゴブリンが凶悪な目をむき出し、牙をむき出しにしてくるが、土と血肉でできた擬似腕なら多少は耐えられるはず。俺はゴブリンの手首をへし折るつもりで力を込め――
“ボキッ!”
ゴブリンの石斧が地面に転がり、腕を折られたゴブリンは悲鳴を上げた。勢いづけて地面に叩きつけると、ゴブリンはそのまま動かなくなる。
「ふぅ……何とかなったか」
死んだのか、気絶しているだけなのか。ともあれ、このままここで処理するのはリスクが高い。他のゴブリンが気づいて大挙してくるかもしれない。
「ダンジョンに持ち帰って取り込むしかないな……」
ダンジョンへの持ち込み
俺はゴブリンの汚れた腰布に鼻(のような感覚)をしかめつつ、なんとか胴体を抱えあげる。ずっしりとした重みと、鼻をつくような汚臭にうんざりしながら、さっさとダンジョンへ引き返した。
ご丁寧にゴブリンの仲間が追ってきやしないかと肝を冷やしたが、どうやら運が良かったらしい。反響定位で探っても複数の足音が近づいてくる気配はない。
ゴブリンの取り込み
洞窟の入口に戻ると、スライムがぷるぷると近づいてくる。汚れたゴブリンの死体に興味があるのか、「ぷるん?」と首を傾げているように見えた。
「お前は近づかないほうがいいぞ……相当臭うからな」
スライムは首をかしげたまま、ほどなくして洞窟の奥へと移動していった。
ダンジョン内部、コアの近くまでゴブリンの死体を運び、ゆっくりと床に下ろす。すると、やはりゴブリンの魔力がわずかに感じられ、それがダンジョン内部へ引きこまれるような感覚を覚えた。
スライムやホーンラビット、コウモリ型魔物を取り込んだときと同じだ。徐々にゴブリンの身体は溶けるようにして消えていき、その命と魔力が俺――ダンジョンコアへと吸収されていく。
「……このゴブリンから得られる力って、何だろうな」
一瞬、頭の中が真っ白になり、まばゆい光に包まれたような感覚が走る。ゴブリンが持っていた“意思”の断片や経験が流れ込んでくる――強烈な体臭と汚れた洞窟の記憶、断片的に聞こえる甲高い言葉。
その瞬間、自分の思考の中に“ゴブリン語”らしきボキャブラリーが入り込んだのを感じた。単語や文法などが脳内に刷り込まれるように浮かんでくる。
「ゴブリン語を理解できるようになる……か。こんな形で知能や言語を手に入れることもあるんだな」
同時に、妙な感覚がもうひとつ芽生えた。
「ん……何だ、これ?」
どうやら、“汚物耐性”という能力らしい。そもそも汚い匂いや不衛生なものへの抵抗力がついた感覚がする。
たとえばゴブリン特有の体臭や腐敗臭を嗅いでも、以前ほど強烈な不快感を覚えなくなっている。
「うわ……まあ助かるっちゃ助かるけど、何というか地味なスキルだな……」
それでも、不衛生な環境や匂いに耐えられるのは悪いことじゃない。衛生管理が行き届いてない世界では意外と便利かもしれない。
ゴブリンから得た“言語”の可能性
「もし言葉が通じなくても俺もいつか人間の言葉も覚えられるかもしれない?」
だがそうなると人間を取り込むことになるんじゃないか?いや死体ならセーフだろうか?
今考えてもしょうがないな。人間を見つけてないしいるかどうかすら分からない。
さらなる展望
「ともかく、ゴブリン語が分かるなら、ゴブリンとコミュニケーションできるチャンスも出てくるわけだな……」
もっとも、ゴブリンがこちらを敵視せずに話し合いに応じるかどうかは未知数だ。群れのゴブリンは凶暴な性格が多いとも聞くし、今後どう対処していくかは課題だろう。
しかし、次にゴブリンの群れに遭遇したときは、言葉で威嚇するという手段も使えるかもしれない。「俺のダンジョンに近づくな」などと通告すれば、無闇に戦闘をせずに済む可能性がある。そこから、もし交渉する余地があれば――
「すべては未知だが……少しだけ“交渉”という選択肢が増えたのは確かだな」
そして何より汚臭に悩まされないのは大助かりだ。今後、さらに強力な魔物や汚い環境に接する機会があったとしても、この“汚物耐性”があれば耐え切れないほどの不快感にはならないだろう。
“地味な能力”と思いつつも、実は生存のためには重要な素養かもしれない。
ダンジョンの拡張に向けて
ゴブリンを取り込んだあと、ダンジョン内部がわずかに変化している気配を感じる。これまでは動植物的な魔物の気配が強かったが、少しだけ“汚穢”を好むような雰囲気が追加されているようにも感じられた。
「ゴブリンに適した環境を整える……みたいな? まあ、あんまり汚いのは勘弁だが……」
本格的にゴブリンを“産み出す”となると、増殖したゴブリン同士で大喧嘩が起きる可能性もあるな。
「言語と汚物耐性、そしてダンジョンのさらなる変化か……」
今はまだ、目の前の課題が多い。だが、一歩ずつ着実に“迷宮創世”への道を進んでいる――そんな高揚感をほんの少しだけ、俺は感じ始めていた。