24話「竜の終わり」
洞窟の奥深く、肩にはドラゴンの巨大な首を担いでいた。
硬い鱗に覆われたその首はまだ僅かに熱を放ち、切断面から立ち昇る煙が、その生物の圧倒的な存在感を物語っている。
「こいつを取り込めば、俺はさらに強くなる……!」
俺が竜の首を落とすとダンジョンの地面に取り込まれていった。
――竜の力を取り込む。
俺の中に新たな感覚が芽生える。硬質な鱗の感触、灼熱の火炎を操る制御力。
「これが……ドラゴンの力か……!」
俺はその膨大な力を体内に定着させ、身体を再構築し始める。肉体を構成する魔力が次々と組み替えられ、俺の獣人の身体が次第に竜の特徴を帯びていく。
まず、全身に硬い鱗が生え始めた。それは光沢を帯びた漆黒で、触れるだけで強固な防御力を感じさせる。その骨格と筋肉は力強く動きを支える。指先には鋭利な爪が生え、尾骨からはしなるような長い尻尾が伸びた。
「これで完成だ……!」
新たに竜人として生まれ変わった俺は、全身の感覚を確かめた。力の充実感と共に、今までにない自信が漲る。
俺が新たな肉体を構築している間、洞窟内では別の騒ぎが起きていた。
「うおお! これがドラゴンの肉か!」
「すごい匂いだ……!」
ゴブリンたちが興奮した様子でドラゴンの死体に群がっていた。ゴブリンジェネラルが洞窟の外に置いたドラゴンの死体だ。
どこへ行ったのかゴブリンジェネラルは見当たらない。彼らは目を輝かせてその巨大な死体に群がり始めたのだ。
「いない間に、少しだけなら……」
「俺たちも食べていいよな?」
ゴブリンたちは互いに確認しながら、ドラゴンの肉を切り取り始めた。その様子をスライムたちも見つめていたが、やがて彼らも動き出す。炎のスライムが焼きながら肉を取り込むと、ロックスライムが骨を砕きながら中の髄を吸い取る。
洞窟内のゴブリンやスライムは、ドラゴンの死体を少しずつ削り取っていった。
数時間後、ゴブリンジェネラルが戻ってきた。彼は重い足音を響かせながらフライパンを持っていた。その顔には満足げな表情が浮かんでいたが、ドラゴンの残骸を見た瞬間、それが怒りに変わった。
「貴様らぁぁぁっ!!!」
洞窟の外に轟く怒声。ドラゴンを貪っていたゴブリンたちは一斉に動きを止め、スライムたちも何事かと動きを止める。
「俺の獲物を、何食ってやがる!」
ジェネラルが振り返ると、ドラゴンの死体はほぼ骨だけになっていた。皮や肉はほとんど削り取られ、残ったのは一部の内臓や血の跡だけだ。
「いや、その……少しだけ……」
「お前ら、少しでこれか!? こんなに食いやがって!」
「俺は……!俺は…!料理をしてみたくて隠してたコレを拾ってきたというのに…」手からフライパンが落ちた。カランという音がなんとも物悲しい。
「骨を炒めろと言うのか!」
ジェネラルは怒り狂いながら残った骨を拾い上げると、それを乱暴に齧り始めた。
彼の口調には怒りがこもっていたが、同時に諦めの色も混じっている。
その光景を見ていた俺に向かってゴブリンジェネラルが苛立たしげな視線を向けた。
「おい、見てくれ! 俺の獲物がほとんど食われちまった!」
「知ってるさ。お前がいない間に、ゴブリンとスライムたちが美味そうに食ってたからな」
「見ていたならなぜ止めない!」
俺は笑いながら肩をすくめた。ジェネラルはそれにさらに苛立ったようだ。骨を齧る音が大きくなった。
「自分だけドラゴンの首使って新しい体作って…」
ジェネラルが骨を齧る音が小さくなり、一瞬静寂が広がる。その時、不意に背後から嫌味な声が響いた。
「ふむ、これはなんとも愉快な光景ですねぇ。さぞお気の毒でございましたねぇ」
エレメントスライムが滑るように現れ、その輝く体をくねらせながら笑みを浮かべる――いや、スライムに笑みという表現が適切かはわからないが、少なくとも楽しんでいるのは間違いなかった。
「おい、てめぇ、いつからそこにいた!」ジェネラルが顔を上げ、怒りを露わにする。
「ええ、つい先ほどです。あなたが必死に骨を齧っているところ、感動的でしたよ。それにしても、料理用のフライパンまで持ち出されていたとは……見逃せない芸術性ですねぇ」
「フライパンは……料理用じゃねぇ! 俺が、ただ――!」ジェネラルの声が震える。
「ただ……なんです?」エレメントスライムは興味津々といった様子で問い詰める。
「ただ……一度でいいから、ドラゴンの肉を……焼いてみたかっただけだ!」
その言葉に、エレメントスライムは一瞬黙り込んだ。しかし、すぐに大げさに体を揺らして笑い始める。
「ははは! なるほど、なるほど! では、我らの誇り高きゴブリンジェネラル殿が、ドラゴンの肉で料理人デビューを果たそうとされていたというわけですか!」
「うるせぇ! 笑うな!」ジェネラルは顔を赤らめながら怒鳴るが、その姿はなんとも滑稽だった。
俺は二人のやりとりを見ながら、肩をすくめて口を挟む。
「エレメントスライム、お前も食ってただろう? その様子じゃ、結構楽しんでたみたいだな」
「まあまあ、主よ。私とて賢明なるスライムとして、機会を逃すわけにはいきません。ドラゴンの素材を堪能するのは当然のことではありませんか」
そう言いながら、エレメントスライムは誇らしげに体を揺らす。その態度に、ジェネラルの苛立ちはさらに募るようだった。
「お前ら……俺の獲物を勝手に――」
「それよりも残った骨でスープでも作ったらどうだ?」俺は笑いながら提案した。
「……スープ?」
「そうだ。少しは料理らしいものを試すチャンスが残ってるだろう? それに、ドラゴンの骨から取れる出汁は絶品だと思うぞ」
ジェネラルは一瞬考え込んだ後、渋々と頷く。「まあ……そうだな。せめて骨でスープぐらいは――って、何で俺がそんなことしなきゃなんねぇんだ!」
エレメントスライムがまた笑い声を上げる。「それこそが料理の道ではありませんか。やはり私が監修して差し上げましょうか?」
「ムカつく奴だ!」
ジェネラルとエレメントスライムのやり取りを聞き流しながら、俺は新たな竜人の身体を動かして洞窟の中へともどった。このダンジョンも、随分と賑やかになったものだ。
「次の目標は決まった。これからもっと広い領域を手に入れ、外の世界に俺たちの力を示していく――その準備をしよう」




