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14話 「静寂の森と進化の帰還」

 朝日が昇り始めたころ、俺は洞窟の外に立っていた。昨晩の雨で湿った森の土は冷たく、ひんやりとした空気が肺に心地よく染み渡る。木々の間を縫うように差し込む朝の光が、地面に揺れる影を映し出している。


 普段なら静かな洞窟の入り口が、今日はどこかざわついているように感じた。


 「……なんだ?」

 不審に思い洞窟の方を振り返ると、スライムたちが洞窟の奥からゾロゾロと出てくるのが見えた。


 その先頭にいるのはビッグスライムだ。巨大な体が朝陽を浴びて輝き、まるでスライムたちの王として君臨しているかのような威厳を放っている。


 「スライムが全員揃って外に出てくるなんて、初めて見たな……」

 俺は呆然とその光景を見つめながら呟いた。


 通常、スライムたちは洞窟内を清掃したり、水のフロアで活動するのが日常だ。狩りに出ることもあるが、それは数匹が苔や小さな昆虫を捕まえる程度の話。しかし、今日は違う。洞窟内のスライム全員が揃い、統率されたように外へ向かっている。


 ビッグスライムを先頭に従えたスライムたちは、それぞれが微妙に違う動きを見せながらも、統一された列を成して進んでいく。その光景は、まるで整然と行進する軍隊のようだった。


 「おい、どこへ行くつもりだ?」

 俺は思わず声をかけたが、スライムたちは振り返ることも答えることもなく、ただ静かに森の奥へと進んでいく。その後ろ姿は、どこか目的を持っているような堂々としたものだった。


 「……あいつら、どこへ行くつもりだ?……まあいい、あとで戻ってくるだろう」

 俺はそう呟きながらスライムたちを見送ったものの、その胸には得体の知れない不安が広がっていた。


 スライムたちが森の奥へ消えた少し後、今度は洞窟の奥から新たな気配が漂ってきた。次に現れたのはゴブリンたちだ。その中心にはホブゴブリンリーダーが立ち、彼ら全員を率いている。


 「主よ、俺たちも行くぞ。全員連れてな」

 「全員? お前まで狩りに出るっていうのか?」

 「そうだ。必要なことだからな」

 リーダーは飄々と答え、ゴブリンたちに指示を出し始めた。


 ゴブリンたちは各自で簡単な武器や道具を手にしながら出口へ向かう。普段なら半数をダンジョンに残して狩りに出るが、今日は全員が洞窟を出ていくつもりらしい。


 「おい、どういうことだ? 説明くらいしてくれ」

 俺の問いかけに、リーダーは振り返り、にやりと笑った。


 そう言い残し、ゴブリンたちを引き連れて森の中へと消えていく。


 「なんて自由な奴らだ。何も教えられずに留守番なんて、どっちが主人だよ」

 俺は呆れながら呟き、静かになった洞窟の中を見回した。


 スライムもゴブリンも全員が出払ったダンジョン内は、いつも以上に広く感じられた。普段は賑やかな空間が静寂に包まれ、その違和感がじわじわと胸に広がっていく。


 「全員で狩りに行くなんて、一体何が目的なんだ……」

 俺は洞窟内を巡回しながら、考えを巡らせていた。反響定位を使って外の様子を探ろうとしても、スライムやゴブリンたちの気配はどこにも感じられない。どれほど遠くへ行ったのか、全く掴めなかった。


 やがて日が暮れ、森を包む闇が濃くなる頃、ようやく足音が聞こえてきた。


 最初に戻ってきたのはスライムたちだった。しかし、その中心にいるビッグスライムの姿は、もはや以前のそれではなかった。身体の一部が青白く光を放ち、周囲のスライムたちもそれぞれ異なる色彩を帯びている。


 「主よ」

 突然、スライムの声が響いた。言葉を話すスライム――それは明らかに進化を遂げた姿だった。


 「……お前、話してるのか?」

 「ええ、主よ。私は進化したのですよ。エレメントスライムと言います。見てください、青白き美しい輝き!」

 その尊大な口調に俺は思わず眉をひそめた。


「ええ主よ!言いたいことは分かります!素晴らしいの一言に尽きるのでしょう!」

……なんだか偉そうだし、嫌な貴族みたいな喋り方だな。喋らないままの方がよかったかもしれない。


 エレメントスライムと話していると、次に地面を揺らすような足音が響いた。ゴブリンたちが戻ってきたのだ。そして、その中心にいるホブゴブリンリーダーの姿は、以前とは全く違っていた。


 「お前も……進化したのか?」

 「主よ、凄いだろう。ゴブリンジェネラルだ!」

 リーダーは誇らしげに答えながら、さらに巨大になった体を見せつける。態度もデカくなったな。


 「人の言葉も話せるようになったのか?」

 「そうだとも!」

 リーダーは自信満々に笑いながら答えた。


 「お前たち、一体何をしてきたんだ?」

 「簡単な話だ。俺たち、この辺りの獲物を食いまくった!」

 その言葉に俺は呆然とした。


 「そういうことは相談してからにしろよ」

 俺が呆れながら言うと、リーダーは豪快に笑った。




ーーーーーーーーーーーー



ギルドの会議室はいつになくざわついていた。冒険者たちが次々と持ち込む報告に、ギルド長をはじめとする幹部たちは困惑の色を隠せない。長年魔物の脅威に悩まされてきた近隣の村々ではあるが、今回の件は異例だった。


 「これが今月に入ってからの討伐依頼の状況だ」

 幹部の一人がテーブルに報告書を並べる。その数は通常よりも明らかに多いが、内容が異常だった。

 「どの依頼も『現地に行ったが魔物が見つからない』、あるいは『痕跡すらない』という報告ばかりだ。討伐対象が全滅している可能性が高い」


 ギルド長の顔は険しい。長い白髪を撫でながら報告書を手に取り、一通り目を通した。

 「……森の中で魔物が激減しているというのは間違いなさそうだな。しかし、一体なぜだ? 自然現象でこんなことが起こるはずがない」


 「確かに異常だ」

 副ギルド長が言葉を継ぐ。彼は若いながらも冷静な分析を得意とする切れ者だった。

 「通常、魔物が減る要因は病気、捕食者、あるいは外部の介入が考えられる。だが、これだけ短期間に大規模な減少が起こるのは前代未聞だ」


 「村人たちからも感謝の声が届いている。『魔物がいなくなって安全になった』と喜んでいるが……」

 幹部の一人が苦笑交じりに言った。

 「正直、我々としては感謝されるどころか、依頼の大半が無駄足に終わっている状況だ。これでは冒険者たちの信頼も揺らぎかねない」


 会議室の隅に座っていた初老の男性がゆっくりと口を開いた。彼はギルド設立時から活動している古参の冒険者であり、知識も豊富だ。

 「ふむ……考えられるとすれば、一つだ。森に何か、より強力な存在が現れたのではないか?」


 その言葉に、会議室がざわつく。

 「より強力な存在……つまり、魔王種やそれに類する何かか?」

 副ギルド長が慎重に尋ねると、初老の男はゆっくりと頷いた。

 「そうだ。強力な魔物が現れれば、それ以下の魔物は捕食されるか、縄張りを追い出されるかして減少する。これが一つの可能性だ」


 「だが、そんな魔物が現れたという確証があるわけではない」

 ギルド長が低い声で言った。

 「目撃情報もなければ、痕跡すら見当たらない。もし本当にそんな存在がいるのなら、これほど大規模な減少を引き起こしておいて、完全に気配を消しているのか?」


 「いや、それこそが逆に恐ろしいことだ」

 古参の男が続けた。

 「強力で賢い魔物は、目立たぬよう行動することがある。もしそうだとすれば、我々がその存在を確認するのは、かなりの犠牲を払ってからになるだろうな」


 その言葉に会議室の空気が重くなる。もし森に未知の脅威が潜んでいるとすれば、それは近隣の村々にとっても、冒険者たちにとっても危険な存在だ。


 「だが、今のところは推測の域を出ない」

 副ギルド長が冷静に話をまとめた。

 「確実な情報を得るためには、森の中を再調査する必要がある。特に、これまで討伐依頼が集中していた地域を中心に調べるべきだ」


 「ならば、調査隊を編成するべきだな」

 ギルド長が腕を組みながら言う。

 「ただし、相手が未知の脅威である可能性を考慮し、経験豊富な冒険者で構成する必要がある。これ以上無駄な被害を出すわけにはいかん」


 「了解しました。候補者の選定は私が行います」

 副ギルド長が迅速に応じ、他の幹部たちもそれぞれ準備に取り掛かる様子を見せる。


 会議室のざわめきが収まり、ギルド長が再び口を開いた。


 「調査隊の派遣は決定したが、もう一つ懸念がある。この異常な状況が続けば、森を拠点とする他の勢力が動き出す可能性が高い。例えば、盗賊団や違法な魔術師集団だ。魔物が激減したことで安全になったと考え、森を新たな活動拠点にする輩が出てくるかもしれん」


 その言葉に、幹部たちは顔を見合わせた。ギルドは魔物の討伐だけでなく、地域の治安維持にも関わっている。魔物の脅威がなくなった森が新たな問題を生む可能性がある以上、放置するわけにはいかなかった。


 「盗賊や魔術師か……確かに考えられる」

 副ギルド長が考え込むように呟いた。

 「まずは魔物の減少の原因を突き止めることが先決だ」

 「とはいえ、万が一の場合に備える必要があるな」

 古参の男が低い声で続けた。

 「調査隊だけでは手が足りないかもしれん。警戒部隊を別途派遣して、森周辺を監視させておくべきだろう」


 「確かにその通りだ。調査隊と警戒部隊を同時に編成する。どちらも迅速に動けるよう準備を進める必要がある」

 ギルド長が深く頷き、幹部たちは一斉に動き出した。


 その夜、ギルド内では派遣メンバーの選定が急ピッチで進められていた。


 調査隊には、森での経験が豊富な冒険者や、魔物の痕跡を探る術に長けた追跡者たちが選ばれた。一方、警戒部隊には戦闘能力の高い冒険者を中心に、森周辺の守りを固める役割が与えられる。


 ギルド内の酒場でも、この話題一色だった。

 「聞いたか? 森の魔物が減ってるって話だ」

 「いや、減ってるどころか、全然いないらしいぞ」

 「そんなことあり得るのか? あの森は魔物の巣窟だろ?」

 冒険者たちは酒を飲みながら噂話に花を咲かせていた。


 一方、ギルド長は副ギルド長とともに調査計画の最終確認を行っていた。


 「調査隊は準備が整い次第出発させる。だが、一つ気になることがある」

 ギルド長が眉間に皺を寄せながら言った。

 「もしこの状況が、魔物の勢力だけでなく、人為的な原因によるものだとしたら……」


 「つまり、誰かが意図的に魔物を排除している可能性ですか?」

 副ギルド長が問い返す。


 「そうだ。誰かが森を意図的に浄化しているとすれば、その目的が分からない限り、手を打つのは難しい」

 ギルド長は深く溜息をついた。

 「いずれにせよ、調査が終わるまで下手に動くのは避けるべきだ。今は情報を集めることに専念しよう」


 副ギルド長は静かに頷いた。

 「了解しました。調査隊には優先的に情報収集を行わせます。また、警戒部隊にも探索範囲を広げさせ、外部からの侵入者がいないか確認させます」

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