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君の優しさで私は泣いた

作者: あみつ木

「美月!」

 紅く染まった夕暮れの空に、私はどれほどの間見とれていたのだろうか。はっとして隣に目を移すと、大鷹優先輩が心配そうにこちらを覗いていた。部活が終わって着替えているから、少し髪や制服が乱れていた。

「お前、俺が何回名前呼んでも気づかなかったけど…大丈夫か?」

「はい。つい、空が綺麗なもので。部活お疲れ様です」

 私が再び空へ視線を戻すと、彼は控えめにありがと、と呟く。

「待たせてごめんな。風、寒かっただろ。じゃあ、帰るか」

 優先輩はそう言って、私の手を優しく握った。彼の方をちらりと見てみると、照れくさそうに目線を逸らしていた。そんな先輩が愛おしく思え、私は胸がいっぱいになる。秋らしい風に吹かれ、私はゆっくり口を開けた。

「先輩は、もう卒業してしまうんですね」

「バカ、まだ気がはえーよ。勝手に卒業させんな」

 無邪気に笑いながらも、一瞬少し寂しそうな顔をしたことを私は見逃さなかった。

 しばらく通学路ではない道を歩き、いつも通り公園のベンチに腰をかけた。優先輩も、私の後に続いて隣に座った。体を動かさないようにじっとしていると、雲が徐々に動いているのがわかった。長い沈黙を遮るかのように、優先輩はなぁ、と口を開いた。

「美月さ、一回でも死にたいと思ったことある?」

「え?」

 振られた話題が予想以上にぶっ飛んだ内容だったので、私は自分でも分かるほど情けない声を出してしまった。

「き、急になんですか。どういう話の展開ですか」

 彼が何を言いたいのか私には全く想像がつかなかった。もし想像がついたとしても、きっとそれは楽しい内容ではなさそうだと思った。だから、この先の彼の言葉に耳を傾けるのが少しだけ怖かった。優先輩は驚いて何も言えない私に少しムッとした表情で言った。

「あるかないかって聞いてんの」

「えっと、ないです」

 声を振り絞ったせいで少し震えているのを自覚した。私の気持ちなど置いてけぼりにして、彼はへぇーと興味なさげに呟く。そっちから質問を投げかけたのに、何故そんなに反応が薄いのだろうか。全くもって腹が立っている訳ではない。ただ、いつも親切な優先輩が、らしくないと思った。

「俺は、あるよ」

 そう言った彼の目は、どこか遠くを見つめていた。寂しそうな、そして、今すぐにでも消えてしまいそうなくらい奇麗な瞳だった。その目に、私はまたもや見とれてしまっていたよう。「美月!」彼の声で、再び私は我に返った。

「お前ほんとに大丈夫か?やっぱり体調悪いんじゃねーか?」

 優先輩は、私の右手と繋がっていた左手を離し、私の頬へ移動させた。熱はないな、と言って私の目を見ながら控えめに笑った。離された手、彼の透き通るような微笑み。何もかもが、私の思考を敏感にさせる。

「そんなことよりも、さっきの質問は何だったんですか。どういう意味合いで、私にあんなことを聞いたんです」

 優先輩は目を軽く見開いてから、私の頬から手を離し、戻って私の手を握る。先程まで頬を触っていたせいなのか、私の思い込みなのか、彼の手は少し冷たかった。強い風が吹いた時、彼は少し躊躇った後、口を開けた。

 

「俺さ、今週中に死ぬかも」

 

 彼が静かに口にした時は、私はまだ彼の言葉を理解できなかった。

 死ぬ?先輩が?

 どういうジョークなのか分からなかった。まず、彼がこんなに静かに冗談を言っているところを見たことがなかった。私は何も言えなかった。言うも何も、彼が何を言ってるのか理解できなかった。

「俺、ずっとお前に隠してた。病気なんだ。余命も、もう残り少ない。お前も知ってる通り、余命って言っても、生きるか死ぬか、分かんないもんだ。でも、美月、涙脆いだろ?お前が泣いてるところ、今まで何回見てきたか分かんねー。だからさ、これ以上お前を泣かせたくなくて言えなかった」

 鼻がツンとする感覚があった。それと同時に、目に浮かぶ彼の姿がどんどんぼやけていく。

「でも、これじゃ、もっとお前を泣かせることになったな」

  頬に何かが伝っているのを感じた時、やっと、今自分が泣いていることに気づいた。その頬には、彼の手の感触がまだじんわりと残っていた。

 優先輩はベンチから腰を上げ、私の目線と同じくらいの高さに屈んだ。

「ごめんな。また、泣かせて」

 儚い表情でそう言ってから、顔を近づけて、いつもより強めに抱き寄せた。前を向くと、空が見えた。その空が先程より遠く感じられた。紅色はとっくに色褪せ、陽も暮れていた。いつものように公園で空を眺めて、先輩が家まで送ってくれていたら、今頃こんな空を見ることはなかっただろう。この時間の空は、こんなにも暗かったのだな。心の中で、呑気にそんなことを呟いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 誰が今何を思っているのかや、周りの情景、登場人物の表情などが、その場にいるかのように伝わってくる。「頬に何かが伝っているのを感じた」という部分で、泣くことを、すごく素敵な表現のしかたで表し…
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