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虚記  作者: 白鯨 現
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はじめに

はじめに 




およそ半年前、私が担当していた小説家が突然行方不明になってしまった。彼は未だに見つかっていない。


彼が行方不明になった日、私は彼の部屋に呼ばれていた。電話で彼は、


『新しくエッセイやブログみたいな感じで一年ほど日記をつけてみたんだ。これを本にするのも面白いんじゃないか?とにかく原稿を見に来てくれ』


とのことだった。彼にしては珍しく少しハツラツとした声色であった。


確かに最近彼が生み出す物語はマンネリ気味で、読者からの評判もいまひとつだった。ここで心機一転新しい分野を開拓していくこともやぶさかではないだろう。それにもう数か月は彼の顔を見ていない。いつもは新しく原稿が仕上がってもメールやらで送ってくるし、何度かアパートまで出向いたこともあったが、基本玄関前でやり取りをして追い返された。場合によっては扉を数センチだけ開けて、顔も見せずにその隙間から物をやり取りしたこともあった。本人曰く、すさまじい人嫌いとのことだ。


そんな彼がわざわざ電話で原稿を見に来てくれというのだから、よほどの自信作なのだろう。私は足早に彼の住むアパートに向かった。








アパートは会社から一時間ほどのところにある。彼は独身で、なんのこだわりがあるのか古臭く狭いワンルームのアパートに住んでいる。


金銭的に余裕はあるのだからもっと綺麗で広くてアクセスのいいところに住めばいいのになあと思いながらキイキイ怪しい音を立てる階段を上がった。二階の一番突き当りの部屋が彼の部屋だ。


ドアの横についている呼び鈴を押す。


『ピンポーン。』


呼び鈴まで古いせいか、少し音ズレして間の抜けた音が響く。


「………………。」


しばらく待ってみたが返答がない。何度か呼び鈴を押してみたが扉の向こうからは何の気配も感じられず、あたりはシンと静まり返っていた。この部屋だけではなく、まるでこのアパートには自分以外の人間がいないかのような錯覚をおこす。まさか人を呼び出しておいて不在ということはないだろう。奇妙な感覚に若干の不信感を抱きつつ、


 「××先生いらっしゃいますかー?」


と少し大きな声で呼びかけてみる。だが、相変わらず返答はない。どうしたものかと何の気なしに軽くドアノブをひねってみれば、


『キー…。』


と耳障りな音を立てながらドアは開いた。鍵が、開いている?


 「先生?お邪魔しますよ?」


と声をかけながら玄関の扉をくぐった。


 玄関から入ってすぐにある部屋は、電気はついていないがカーテンが全開にされていてほのかに明るく、空気は滞留して埃っぽく、そして人の気配がまったく感じられなかった。まるで、しばらくの間誰も住んでいなかったかのような。


 彼は先ほど、どこから電話したのだろうか。部屋からではなかったのだろうか。ならば何故この部屋へ私を呼んだのだろうか。次々に疑問が湧いてくるが彼がいない限り、なぞはなぞのままだ。


 六畳ほどの部屋の中には無造作に文房具が転がっている文机と本が限界まで詰まった本棚、年季の入ったちゃぶ台が置かれており、部屋の隅にはせんべい布団が敷かれている。


 ふと、布団の上にノートが置かれていることに気が付いた。近づいて手に取る。内容はどうやら一年分の日記のようだったがこれは、何なのだろうか。








 先に記したように、彼はいまだに発見されていない。彼が最後に残したこの日記のようなものを『虚記』と名付け、本として世に出すことによって彼を見つける手掛かりになればと思う。


 誰か、彼を知りませんか。


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