逃げた洞窟
「よし、準備は完了。行こう」
シルフィアが言い、馬車に乗り込む。ディック達の案件に教会として正式に対応してくれることになったのだ。
俺も馬車に乗り込む。4頭立ての立派な馬車だ。中も広い。
ちなみに俺が借りた馬は教会で返却しておいてくれるらしい。
御者が馬車を出す。
「とりあえず、ディックさん達の故郷の村は、管轄教区に調査の依頼を出しておいたよ。もう一つの"何か"が分かるかもしれない」
ディック達の事を思い付く限り全てシルフィアに話した。
結論としては、普通に冒険者をしてきただけで呪物との関わりも強く恨まれる要素もなし。『コックリさん』の力を強める"何か"があるとすれば冒険者になる前だろうと、シルフィアは予想していた。
「まぁ、2日もあれば結果が来るよ。強権発動して急いで調べるように言ったから」
教会の審問権は強力で偽証も証言拒否も原則死刑である。更に教会の主要拠点は秘匿魔法を使った通信体制を構築している。
これが合わされば確かに2日で大体の事は分かるだろう。本当に教会は怖い。
「ありがとうな」
「ううん、異世界の呪詛なんて顕現されたら困るから、教会の本来業務をしてるだけだよ。一緒に頑張ろう」
「で、具体的にはどう動くんだ?」
「異世界の銅貨を元の世界に還すのが基本戦略になると思う」
「還すと言っても異世界に送り返すなんていくらシルフィアでも不可能だろ」
「普通なら無理だよ。でもその銅貨は向こうの世界と繋がって、呪いを媒介している。最初から道が繋がってるこの状況ならたぶん可能。もう一つの"何か"次第だけどそれで解決できるはず」
「ならディック達から銅貨を取り上げて、対処して終わりか。楽に処理できそうだな」
「やってみないと分からないけどね。さ、打ち合わせはこの辺にして、お喋りしよ。アルベルトの冒険者生活の話し聞かせて」
シルフィアが笑顔で言う。ノアハの街まで2日、語らう時間はたっぷりだ。
◇◇ ◆ ◇◇
何とか廃龍を振り切ったディック達は、運良く見付けた洞穴の中で夜を明かすことにした。
まずはレオの手当だ。出血が酷い。
ペトラの火炎魔法で石を焼き、それを傷口に押し当て、焼き止める。
「グゥがァブゥグッ」
ジュウと嫌な音がして、布を噛ませたレオの口から呻きが漏れる。
その後ポーションをかけて、包帯を巻く。ここで出来る治療はこれが限界だ。
「そうだ、コックリさんしないと」
ディックは紙を拡げる。
「銅貨は……レオの内ポケットだったよな」
ディックは銅貨を探すしかし――ない。レオの服はドラゴンに噛まれた部分が大きくちぎれなくなっていた。銅貨を入れた内ポケットは、そこにあった。
「ない!ない!ああっ廃龍に喰われたんだ」
頭を抱えるディック。ペトラが「そんな」と絶望したような声を出す。
が、その時「コン」と声が聞こえた。振り向くと、狐のような、子供のような影。昨日よりもはっきりと見える。
ペトラは目を見開き顔を恐怖で満たして固まっている。
影は楽しそうに嗤った。
「だいじょうぶだよ、ディック。ふつうのどうかで、いい」
影が言葉を発した。どこかで聞いたことのある声な気がする。
昔、どこかで。
と、ディックは思い出した。まだ6歳ぐらいの幼い子供だった頃、村にいた同い年の男の子。
「マルコ?」
影は大きく口をあけ「あはは」と笑った。口の中はただ暗闇。
狩りごっこなんて酷い遊びで、獲物の狐役にしていた。レオとペトラと一緒に追い回して、崖から落ちて死んでしまった男の子。
「おぼえてた」
そう言って、影はすっと消えた。
「うわぁーーごめんなさい! ごめんなさい! ゆるして、ゆるして」
ペトラが叫んだ。
ディックは革袋からこの世界で流通する普通の銅貨を取り出す。やらなくてはならない。
「ペトラ、やらないと。レオ、指一本だ何とか頑張れ」
広げた紙に銅貨を起き、指を重ねる。すーっすーっと銅貨が動く。
『まだもっとあそぼうよ』