酒場 ― ダンジョンの更に奥へ
情報を集めてみたものの、変わった部分と言えば、異世界の銅貨を手に入れたという話だけだ。
異世界の品は偶発的な転移現象でこちらの世界に来たものだ。人為的に取寄せることは不可能なため希少ではある。
しかし、銅貨は銅貨に過ぎない。
現時点では、何故ディック達が俺を追放したのかさっぱりだ。
聞き込みの当てもないので、俺は酒場にいた。比較的安く飲めるこの店は冒険者達の社交の場、何か情報が手に入るかもしれない。
「蜂蜜酒と何か適当につまむものを」
「はーい。お待ち下さーい」
トリカに注文し、カウンターに座る。
もう少し調べて、分からなければ諦めよう。あの3人は同郷で幼馴染みらしい。何か俺には分からない理由があるのかもしれない。それなら調査は余計なお世話だろう。
「どうぞー蜂蜜酒とチーズです」
明るい声と共に皿が置かれる。
その時、店のドアが開き男が入ってきた。ディック達が泊まっている宿の主人のモーゼスだ。チャンス、何か知っているかもしれない。
どう話しかけようか、と思っていたら隣の椅子に座り向こうから話し掛けてきた。
「なぁ、アルベルトさん、私が首を突っ込むことではないとは思うが、ディックさん達何かあったのか? アルベルトさんは宿出て行ってしまうし」
「俺も分からないんだ。数日空けたら様子がおかしくなっていて、出て行けと。逆に俺が居ない間に何か変わったことはなかったか?」
「うーむ、3日前の朝から顔色が悪くてな。強いて言うなら、その前の晩に大きめの紙をくれって言って持っていったぐらいか」
「大きい紙か……こっちで調べた範囲だと異世界の銅貨を手に入れたというぐらいしか、変わった話はなくてね。分からないなぁ」
「そうか。心配ではあるが、まぁ余計なお世話かもな」
「モーゼスさんはいつもの麦酒で良いですか?」
トリカが注文を聞く。
「ああ、頼む」
「はい、どうもー。ところで今異世界の銅貨がどうしたって話してました?」
「ああ、ディック達が手に入れたらしいんだ」
「へーならあの占いができるかもですね」
「占い?」
「少し前に話題になったんですよ。旅の人がした与太話なんですけど、知りたい事を教えてくれる、おまじない。色々期待させといて最後に異世界の銅貨が必要ってなって、じゃあ無理じゃんってオチで終わるんです」
「なるほど。それって大きな紙も使う?」
「はい。使いますよ」
急展開だ。果てしなく怪しい。ペトラはそういうの好きなタイプだ。
「トリカ、チップあげるから、もう少し詳しく教えてくれるか?」
◇◇ ◆ ◇◇
ディック達はようやく3階層に着いた。
ペトラの目は大分回復したが、まだ視界が霞んでいるようで、地面の窪みや転がった石までは見えない。一人では転んでしまうので引き続きレオが手を引いている状態だ。
幾度かの戦闘でディックもレオも、そこかしこを負傷していた。幸い軽症だが、積み重なると辛い。痛みが集中力を奪う。
そして、また音が聞こえてきた。石を打ち鳴らすような独特の音がモンスターの種類を教えてくれる。
ロックワーム、硬い外殻を持つ芋虫型のモンスターだ。
エンチャントなしの剣や槍で倒すのは至難だ。
「ペトラ! ロックワームだ。火炎魔法を」
ディックは剣を構える。レオもペトラから手を離し横に並ぶ。
闇の向こうから、ロックワームが飛び出してくる。ディックは剣を振るい、レオが槍を突き出す。斬撃と刺突が硬い音と共に弾かれる。敵は無傷だが、突撃の勢いを殺すことにだけは成功した。
アルベルトのエンチャントがあれば、今の一撃で倒せているだろう。しかし嘆く余裕などない、レオと共に連撃を繰り出し、牽制する。
“我が意を薪とし、起これ、型成せ、進め、焼け!”
ペトラが火炎弾を放つ。ロックワームを掠め、飛び去った先に炎を撒き散らす。外れた。
「だめっ、目が霞んで上手く狙えない!」
ペトラは叫ぶ。
「落ち着け、次だ。そのうちきっと当たる」
いつまでロックワームを抑えられるか、自信はないがやるしかない。
とにかく必死に攻撃を躱し、剣を振るう。
“焼け!”ペトラが叫び、次の火炎弾が放たれる。今度はロックワームの腹に直撃した。キュルゥゥゥとロックワームが苦しむ声、このモンスターは硬いが熱には弱い。
暫くのた打ち回って、動かなくなる。
「ペトラ、ありがとう。やったぞ。疲れたが、進もう」
今の交戦でレオが太腿を負傷していた。ポーションをかける。歩くのに支障はないが、ぽたりぽたりと血が滴っていた。