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溺れる灰  作者: 水園ト去
溺れる灰
56/114

8-5

 リブス通り。聖母フラウエン教会が見える屋敷にきた。

「いるか?」

 すでにアンナとエリオットは屋敷の玄関に侵入していた。二人の後ろには衛兵が何人も倒れている。「聞こえてるんだろ? 出てこいよ」

 アンナが屋敷の中へ叫んだ。

 階段を降りてくる足音。

「貴様らか」

 男だった。蝋燭を持っている。光が揺れる。

「よう、アルベール」

 エリオットがいった。「さっきも来たんだが会えなかった」

 ほの暗い室内。三人の影が揺れた。

「何をしにきた」

 アルベールは眉間に皺を寄せる。

「あんたとは色々と話し合いが必要かと思ってな」とアンナ。

「ヴァレンシュタインは死んだぞ。もうお前らは関係ないはずだ」とアルベール。

「だよな」

 エリオットがいう。「けどおかしいな。なんであんたはあのときフラウエン教会にいなかった? ハンスもエーリカもいたぞ」

「何がいいたい?」

「あんたは楽園派の阿片事業を仕切っていた。そしてあのとき教会まで連れて行ったカレンをどこかへ連れ出したのはあんただった」

「カレンはルーベンが送り込んだ美人局だったらしい」とアンナが続ける。

「つまり、あんたも協力者だな」

 エリオットがいった。「だから今でもこんな素敵な屋敷にいる」

「状況から考えて、あんたは“あいつら”の仲間だったんだろうな」

 アンナが棚にあった壺を持つ。「いい壺だな」

 床に落として割った。

 アルベールは表情をひとつも動かさずに黙っている。

「話が見えないな。貴様らは何でもって私を脅迫する。私がルーベンの仲間だからなんだ? 何が私の危機なのかさっぱりわからない」

「誰がルーベンの仲間だっていったよ」

 エリオットが皿を持った。「いい皿だな」

「もう割るなよ」とアルベール。

 エリオットは笑って、床に落とした。皿が割れた。

「お前はヴェトゥーラだ」

 アンナがいった。それを聞いたアルベールのため息で、蝋燭の火が大きく揺れた。

「ヴェトゥーラはエドゥールを通じて、楽園派と通じていた。だがもうエドゥールも楽園派もいない。なのに市参事会は阿片事業を引き継いだ。どうやってだ? 楽園派はエドゥール、つまりヴェトゥーラの協力を得て阿片とあの寄生虫を仕入れていたのに、なぜ市参事会はそんなことができる? 阿片村を抑えたからか? だがヴェトゥーラは阿片村を取り戻しにくるぞ。どうして市参事会はその心配をしていない? なぜかな?」とアンナ。

「答えは簡単だ」

 エリオットがいった。「あんただよ。あんたがヴェトゥーラだからだ。ヴェトゥーラはエドゥアールだけじゃない。別口で諜報員を潜り込ませていて、それがあんただった。違うか?」

「それを市参事会は知っているのか? アルベール君」

 アンナがいう。「お前は阿片と寄生虫、二つの流通確保についてルーベンと約束したが、自分がヴェトゥーラの者だとは黙っているだろ?」

 アンナが続けて、アルベールの家で見つけたナイフを放り投げた。アルベールの足元に落ちる。

「全てをルーベンが承知の上だったら?」

 アルベールが蝋燭をテーブルの上に置いた。ナイフは拾わない。

「ぞっとするな」とアンナ。「だがそうかもしれない」

「かもしれないな」とアルベール。

「だがお前は私に金を払う」

「根拠は?」

 すぐにアルベールが切り返す。「知っていたら払わなくてもいいだろ?」

「根拠か。いい質問だ。なぁ、エリオット?」

 アンナはエリオットに聞く。

「鋭いよ。さすがアルベールさんだ。賢い」とエリオット。

「根拠は簡潔だ。なぜなら、お前は今から私たちに金を支払うからだ。そうだろ? エリオット」

 アンナがいった。「そしてお前はヴェトゥーラだから私を殺せない。上層部の命令だからな。お前、クショーノフにいたあいつだろ?」

「挨拶でもしてくれりゃいいのに黙ってるんだもん。全くつれないね」

 エリオットが付け加える。

「さぁ金を払ってもらおう」とアンナ。「面倒はいやだろ? だってお前は上層部の命令で私を殺せない。金で解決する以外方法はないもんな」

「ふぅ」とアルベールは息を吐く。「いくらだ」

「二万グルテンだ」

 アンナがほほ笑む。「一人当たりな」

 二人で四万グルテン。

「大きく出たな。さすが伝説だ」

「瞳が揺れてるぞ」

 アンナがいった。

「だからこの眼が嫌いなんだ」とアルベール。

「優秀な後輩を持つってのはいいことだな」

 アンナがひとこと。

「好きにしろ」

 アルベールが言葉を吐き捨てる。それからゆっくり緑の瞳を閉じた。


   ■


「元々のお前の借金が一万二千。馬代が二千。馬は七百五十で売れたから差し引き、一万三千二百五十グルテン。そこから高利貸し組合に払った情報料諸々の経費が三百グルテン。残り一万二千九百五十グルテン。これがお前の返済金額で、今回アルベールからせしめたのが二万。残りの七千七五十グルテンがお前の取り分になる。文句は?」

 エリオットの家の裏だった。カテリーナには聞かれたくないので、寒い中での清算となった。アンナの言葉には淀みがない。袋にある硬貨を選り分けていく。

「もっと欲しい」とエリオット。

「死ね」

 アンナは取り分が入った袋をエリオットに投げつけた。七千七五十グルテン。なかなかの量だった。「お前が嫌いだ」

「俺もだ。あんたが嫌いだよ」

「じゃあな」

 アンナが金の入った袋を背負い立ち上がる。「二度と私に声かけるなよ」

「わかったよ。じゃ俺はもう寝る」

「一生寝てろ」

「あぁ」

「意外に楽しめたぞ」

「俺たち最強だったよな?」とエリオット。

「調子がいい」

 アンナが去った。

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