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溺れる灰  作者: 水園ト去
溺れる灰
41/114

6-3

 夜を待ってからセバスチャンの家を出た。小人病のセバスチャンが歩くと、どうしてもせわしなくみえる。大人のエリオットとアンナの早さに合わせているからだろう。つまり逃げ足は早くない。道具はエリオットが持った。理由は奴隷で犬だから。

 アルベールの屋敷はセバスチャンの家があるキーウェスト通りからすぐのリブス通りにあった。

 聖母フラウエン教会が見える目抜き通り沿いにある屋敷だ。リブス通りの中でも大きな建物で忍び込むのは容易じゃない。

「裏だ」

 セバスチャンがいった。三人は路地に入り、屋敷の裏に回りこむ。

「中へ投げてくれ」

 塀を見上げてセバスチャンがいう。

「何いってんだ」とエリオット。

「俺は小さいから上れない。だから投げいれてくれ。お前らはよじ登って来い」

「子供の玩具だな」

「あんまり高く上げるなよ」とセバスチャン。

「祈れ」

 アンナがセバスチャンを持ち上げ、塀の中へ放った。

 塀の向こうから物音がした。

「私たちもいくぞ」

 先にアンナが塀へ飛び乗る。相変わらずの跳躍力だ。

「手を貸してくれ」とエリオット。

「ほら」

 アンナの手を握り、引き上げて貰う。

 三人とも屋敷の敷地内に入った。広い中庭だ。植木には手入れが行き届いている。

「噴水がない」とアンナ。

「好きなのか」

 エリオットがきく。

「いや嫌いだ」

「もうわけわかんねぇよ」

「衛兵だ」とセバスチャン。

 茂みに身を屈めた。

「あいつが行ったら、あそこの扉に行くぞ。セバスチャン、あけられるか?」

 屋敷から中庭に出るための扉だった。他に通じるところは見当たらないので選択肢はない。だが中庭に通じる扉だけあって、遮蔽物がない。

「開けてる間はどうする? 丸見えだ」とエリオット。

「いい質問だな」

「丸見えのまま解錠作業か?」

「いつ私がそんなことするといった?」

「策は?」

「ある。お前、火口箱は?」

「持ってるが――。まさか、アンナ」

「そのへんの木を燃やして来い。立派な中庭じゃないか」

「静かにやるんじゃなかったのかよ」

「冬の夜は乾燥する。噴水がないのはだからよくないんだ」とアンナ。

 エリオットは庭の隅に移動し、植木に火をつけた。火種が枝に移ったのを確認すると、アンナとセバスチャンの元へ戻る。

 丁度、火が回り煙が出始めた。

「行くぞ」

 アンナがセバスチャンにいう。

「任せろ」とセバスチャン。

 壁伝いに影の中を移動する。

 丁度、入れ違いで衛兵たちが火の手に気づき、声をあげた。陽動作戦は成功した。

 セバスチャンが扉の前へ。

 丸見えだ。アンナとエリオットは植木の死角に隠れて見守る。

 セバスチャンが革袋を広げて、道具を取り出した。短い腕を動かして、専門の工具を鍵穴に二本突っ込んだ。

「水を持ってきてくれ」と中庭の隅から衛兵の声。

 早くしろ、とエリオットは祈る。

 セバスチャンが工具を動かし、鍵穴を弄る。

「まだなのか」

 アンナが苛立っている。

 そのときだった。

「マジかよ」

 エリオットは思わず呟いた。

 扉が内側から開いたのだ。女だ。火事の騒ぎを確認するためか、女が外へ出ようと内側から扉を開いたらしい。

 開いた扉からは寝巻きを着た年増の女性の姿が見える。セバスチャンは動けず、硬直していた。

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