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溺れる灰  作者: 水園ト去
溺れる灰
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「お前、どこにいた」

 エリオットはアンナに襟を掴まれて壁に押しつけられた。エリオットは答えられない。

「おい、一週間は何日だ」

 アンナの質問は続く。「一日は何時間だ。今日は何日だ。私の記憶が間違ってなければ、今日は返済を約束した日だろ。お前が私から金を借りてから十日じゃないのか。あぁ?」

 何度も壁に叩きつけられた。

「悪かった。本当に謝る」

 エリオットが呟いた。

「金はどうした」とアンナ。

「金はある」

「利子も入れて一万二千グルテンだぞ。安い金じゃない」

 この貧困地区なら半年はしのげる額だった。

「今すぐ出せ」

「今は持ってない」

「クソが」

 叩かれた。地面に落とされる。「いいか。私から金を借りる奴には二種類の人間がいる。返済日になったら素直に金を返すクソ野郎と、返済日になっても金を返さずに私から金を騙し取れると思い込んで挙げ句、追い込みをかけられて顔を腫らし指を折られ汚物塗れになって泣きながら許しを乞い、奴隷となって私に金を返すクソ野郎だ。お前はどっちだ? どっちのクソだ? あぁ?」

「ここにはない。仕事をしたんだ。今日、金をもらえる」

「じゃなんでさっき金はあるといった」

「言葉のあやだ。けど仕事をしたから金はある。今日もらえるんだ」

「幾らだ」

「二万グルテン」

「どこにある」

「依頼主が持ってる」

「そのクソボケ依頼主はどこだ」

「さっきいた居酒屋に来るはずだったが来なかった」

「お前、騙されたのか?」

 背筋が冷たくなる。もし騙されていたら、アンナの金は返せない。

「エドゥアールって男だ。家も知ってる。大丈夫だ」

「今から行くぞ。案内しろ」

「待ってくれ。依頼主の家には押しかけたくない。初めての取引だったし、額も大きい。これから末永く付き合っていきたいんだ。印象を悪くしたくない」

「指を折られたいみたいだな」とアンナ。

 エリオットは観念した。

「わかった。案内する」

 黒猫が鳴く。


   ■


 カジート地区のグロウ通りの端から小路へ。マリアノフの街を割るよう中心に流れるルスターク川の近くだった。小さな平屋。窓は一つ。埃と汚れで中は見えない。屋根は何度か補修された後があるボロ屋だった。

「ここだ」

 扉には飾りも看板もない。何かの商店のようには見えなかった。

「金がなかったらどうなるかわかっているな」

「殺されてあんたとお別れだよ」

 扉をノックをする。

「安心しろ」とアンナ。

 ノックを繰り返した。「殺さない。殴り続けるだけだ」

 返答はない。

「もう寝てるのか?」

 アンナが懐中時計を確認する。

「金持ちなんだな」とエリオット。

 懐中時計は贅沢品だ。庶民は持てない。

「お前の金が手に入ればもっと金持ちだ」

 肩の黒猫が欠伸をした。

「で、何時だった?」

「十時半」

「寝るような時間じゃないな」

「ここらへんじゃな」

 今度はアンナがノックした。

「クソ。お前、本当にここなんだろうな」

 頬をはたかれた。暴力に関して容赦ない。

「ここだ。ここで話をしたんだ。間違いない」

「じゃなんで出ない」

「わからない」

 嫌な予感――。

「奇遇だな。私もわからない。理由が知りたい」

 アンナは小屋の横へ回り込んで窓を叩く。「エドゥアール、いるのか」

 エリオットも扉を叩いた。

 だが状況は変わらない。

「中へ入るぞ」

 アンナは地面の石を拾い上げた。

「おい、待て」

 窓ガラスの割れる音。周りにいるはずの住人が誰も騒がないのはカジート地区だからだ。

 アンナは蹴破り、木枠を落とした。これで小屋の中に入れる。

「行くぞ、私の金を取りに行く」とアンナ。

「俺が先なのか?」

「お前の知り合いなんだろ?」

「俺は紳士だ。女性に譲ってもいい」

「つべこべいわずに入れ」

 エリオットは窓からエドゥアールの家へ侵入した。

「いたか?」と後ろからアンナの声。

 エリオットは返事をしない。

 入ってすぐに足元の感触に気づいた。木の床だが、ぬめりが足の裏に伝わった。黒い液体が溜まっている。室内の暗さに目が鳴れると、二歩ほど先に塊がみえた。

 どうやら人間のようだ。

 これが、嫌な予感の正体だったか――。

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