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ハジマリノオワリ

「最初に殺したのはそうね……母親になるのかしら?」


 豪雨の中濁った水を弾き飛ばしながら進む護送車の中で、宇喜多(うきた)富皇(ふこう)は夜よりも深い漆黒の髪を揺らしながら他の二人に懐かしむように語った。


「生まれたときの記憶を持っている人間がいると言うけれど、私はそれでね……明確に覚えているのよ、母の命を吸いながらこの世に生を受けたことを。そして、私を生んだことによって母が死んだことを。殺人の定義を他者の命を奪うということに置けば、私の最初の殺人は生まれたことになる、ということね」


 彼女の言葉を聞いているのは、彼女と同じく獄衣に身を包んだ二人の女だった。

 一人は短い赤髪でその大きな瞳を見開きながら聞いており、もう一人の青髪の女はつまらなさそうに聞いている。


「次に人を殺したのは月日が経って二歳の頃。相手は年を取った老婆の使用人だった。階段を掃除していたその使用人の足を引っ掛けて、階段から転げさせたのよ。力もない私にできることと言えば、それぐらいしかなかったの。もちろん、犯行現場は誰にも見られないよう注意はしたけれど。でも、そのときの首がひどい角度に折れた使用人の姿は、今でもよく覚えているわ。それから習慣となったのは、また少しあいて五歳ぐらいからかな。その頃には、ある程度の知恵と力もついてきたから」


 人殺しを楽しい思い出を語るかのように――いや、彼女にとっては間違いなく楽しい思い出であるためにそのように――話す彼女の姿は、普通の人間が見ればおぞましさから吐き気すら催すだろう。

 だが、その場にいた二人は違った。

 そこにあったのは、感心と、退屈であった。


「いやあ凄いね! さすが世界屈指のコンツェルンの令嬢でありながら“人類史上最悪の殺人鬼”と称されることはあるなぁ! アタシだってそんな幼い頃から殺してないし、自分で殺そうとも思わなかったから」

「ふふっ、ありがとう。でも、人の死に携わった数で言えばあなたも相当なものだと思うけれど? ね、あらゆる武器の図面を記憶し、数多の銃火器を裏社会に流通させ、あまつさえ自らその武器で人の命を殺めてきた“ガンスミスクイーン”松永(まつなが)淀美(よどみ)さん?」


 そう言われた赤髪の彼女――松永淀美は頬を赤くし手錠をつけられた手を上げポリポリとその頬をかく。


「へへへ……まあね。私は人を殺すための武器しか作らなかったのに依頼はひっきりなしだったからね。ちゃんと証拠としての写真や映像も送ってもらったから、それは確かだし。やっぱり武器は使われてこそなんだよ」

「ふん、くだらない……」


 嬉々として語る二人につまらなさそうな顔で言ったのは、青髪の女だった。

 だが、彼女の表情にあるのはあくまで“退屈”だけでそこに“嫌悪”は一切なかった。


「あら、間接的に死に追いやった数では私達にも並ぶというのに、意外な事を言うのね。この国の政治を裏から支配し続けてきた一族の当主であり、邪魔になる人間を多く殺めてきた“影の独裁女王”斎藤(さいとう)奉政(まつせ)さん?」


 そう呼ばれた彼女――斎藤奉政は、不機嫌そうにフンと鼻を鳴らした。


「私の殺しはあくまで私にとって利益を出すために必要な事に過ぎない。そこに感情が入る余地などないよ。すべては私個人が富み政治を裏から牛耳るため。私が私の幸福のために殺人が必要だっただけだ。そこに私情など存在しない」


 冷たく言い放つ奉政。

 そして彼女のその言葉に納得するように頷く淀美に、怪しく微笑む富皇。

 常人から見れば明らかに異常しかない空間が、その護送車の中にはあった。

 人の命を命と思わない、一般的に言えば狂人と呼ばれる部類の女達がそこにはいた。


「それに、私達も今やこうして捕まり絞首台への道を進んでいるんだ。残念ながら、私の政治活動も、松永氏のポリシーも、そして宇喜多氏の快楽も、すべては終わりを告げる。まったく、残念なことにな」

「そうだな。もっとアタシの武器が使われるところを見たかったのに、残念だ。アタシ達三人を捕まえた奴は、忌々しいにも程があるね」


 奉政が冷静に、淀美が不機嫌に言う。対して、富皇はあくまで余裕に満ちた表情で言う。


「まあ、そう悲観するほどでもないわよ二人共。世の中、最後まで何が起こるまで分からないのだから」

「あまりにも中身のない希望的観測だな。宇喜多コンツェルンの令嬢がここまでお気楽とは思わなかったよ」


 富皇の言葉にあくまで冷たく言い放つ奉政。

 だが、富皇は表情を変えずに言う。


「あなたこそ一族でずっと政治を操ってきた人間とは思えないわよ? 簡単に諦めるなんて、それこそ凡人のすることよ。諦めこそが人を自ら殺させると言うのに。世の中、どんなに楽しいことがあるか分からないというのに。だからこそ、最後まで楽しみましょう? その果てには、きっと溢れんばかりの快楽が――」


 富皇が語る、そのさなかだった。

 突如護送車が激しく揺れたかと思うと、けたたましい炸裂音と共に、護送車がひっくり返ったのだ。

 そのあまりの突然さに、彼女達は自体を把握する間もなく、気を失った――



「――ん」


 逆さまになった護送車の中で、富皇はゆっくりと目を覚ました。

 見ると、他二人も意識を取り戻している最中であった。

 しかし、何より目に入ったのは、開いた護送車の扉だった。


「……ふむ」


 富皇はその扉から痛む体を動かしながら外に出る。

 すると、そこには驚きの光景が広がっていた。


「……おやおや、これは……」

「痛っ……一体何が……って、えっ!?」

「事故でもあったのか……? ……な、これは……!?」


 彼女の後に護送車から這い出てきた二人も、同じように驚きに顔を染める。

 それも仕方がない。なぜなら、彼女達の目の前に広がっていた光景は、あからさまに現代日本とは思えなかったからだ。

 荒涼としどこまでも広がる大地、雷鳴轟く紫色の空、そして、はるか先にそびえるいびつな形をした黒き“城”。

 地球のどこを見ても存在しなさそうな光景が、彼女達の前にあったのだ。


「そんな……まさか人間が召喚されるとは……!」


 彼女達がその光景に目を奪われていたそのとき、しわがれた声が背後からしてきた。とっさに三人が後ろを向くと、そこには黒いコートをまとった初老風の白髪男性が立っていた。


「いや、これも導きか……ならば、この者達に運命を任せるしかないだろう……」


 一人ぶつぶつと言う白髪の男。そんな彼に最初に話しかけたのは、奉政だった。


「あなたは一体何者だ。いや、そもそもここは一体……」


 すると、男は急にうやうやしく三人にひざまずき始め、そして言った。


「おお、どうか我らが頼みをお聞きください、我らが救いの主達よ……! 私はノスフェラトゥ、“魔族”の生き残りでございます。あなた達には、この世界で我ら“魔族”を再び栄えさせるための“魔王”になって欲しいのです……!」


“魔族”

“魔王”


 ファンタジーの中でしか聞いたことのない単語が飛び出し、動揺する奉政と淀美。

 しかし、一人だけ――富皇だけは、彼の言葉に楽しげな笑みを浮かべていた。


「これはこれは、面白い事が始まりそうね……」



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