三題噺①「南」「リボン」「荒ぶる魔法」ジャンル「悲恋」
ぼくがこの海を訪れるのは、これで2度目になる。一度目は、彼女と初めて出会った時。南国の海に行ってみたいと唐突に思いつき、思い立ったが吉日と言わんばかりに出発した。
そういった思い付きの一人旅はこれまでも何度もやっていたことで、慣れっこだった。
その時の光景は、今でも脳裏に焼き付いている。水平線に沈みかけの夕日。波の音だけが聞こえてくる静かな砂浜で、赤いリボンを付けた彼女だけが波打ち際に立っていた。その何とも言えない可憐さと神秘的な雰囲気に、僕は目を奪われた。けれどその次の瞬間、僕は目を見張った。彼女が何かをつぶやいたかと思うと、透明な澄んだ水が徐々に浮き上がり、球体の形になっていく。その様子に思わず声を上げてしまい、その声で彼女は僕の存在に気付いた。その瞬間、緊張が解けたかのように浮いていた水がはじけ、僕らに降り注いだ。彼女は僕に向かってしどろもどろになりながら謝罪をし、内緒にしてくださいと僕に言ってくる。
彼女は魔法使いだった。
最初に驚愕、その後若干の恐怖を感じたものの、最後に勝ったのは純粋な興味だった。彼女に佐次早に質問をしたのを今でも覚えている。今のはどういう魔法なのか、ほかの魔法もできるのか、自分にもできる魔法はないか、ほかにも魔法使いはいるのか・・・。
質問があまりにも多すぎて、一日では収まらなかった。その日からほぼ毎日、彼女に会って話を供養になった。最初は困ったような顔をしてあまり積極的に答えようとしない彼女も、徐々に僕の勢いに押されたのか、いろいろな質問に答えてくれた。そうして会話をしていくうちに、興味は魔法にではなく、彼女自身に向くようになった。そして意外にも、彼女も僕の方に興味を持ってくれた。自分が魔法使いだと知ったうえで、こんなにも長く話せた人は、僕が初めてだったようだ。魔法の話関係なく、彼女と過ごす時間が少しずつ増えていった。幸せの時間の始まりだった。
ぼくの隣に、もう彼女はいない、その日は唐突にやってきた。
彼女と過ごしていた時に突然、何かに襲われた。人間の女性に近い形の、其れでも決して人間ではない、まがまがしい「何か」。彼女が「魔女」とつぶやいていたことはなんとなく覚えている。けれど、
そのあとの記憶は断片的にしか覚えていない。「魔女」と呼ばれた「何か」の荒ぶる魔法、衝撃、激痛、焦燥、恐怖・・・。
彼女を守らなきゃという思いに反して、動かない体。そんな僕に対して、彼女は微笑んで見せた。そこには何かを決意した目があった。
そこで僕の意識は途切れた。
気が付いた時には、「何か」も彼女もおらず、手には勇逸、彼女の真っ赤なリボンが握りしめられていた。
二度目の海。この海に来たら、もう一度会えるのではないかという淡い思いは、しかし波にさらわれていった。もしかしたら今までのはすべて妄想で、夢を見ていたのではないかという考えは風にそよぐリボンによってかき消される。
あの「何か」はなんだったのか、僕が気を失っている間に何があったのか、彼女は今どこにいるのか。何もかもわからない。
ただ、彼女がいなくなったという喪失感だけが、僕の心に漂っていた・・・。