悪・さぁ、お勉強のお時間ですわ!!(あー、嫌ですわね......)
私がお母様からの話を聞き、あまりの事実に衝撃を受けたその次の日、衝撃冷めやらぬ私、マリアンナ・フォン・セレナーデは、邸宅にある図書室に居た。
静かに柔らかい日差しが差し込む中、私とメイドのシェリーちゃんが椅子に座り、本を広げて対峙している。
「で、ではお嬢様、お、お勉強の時間でございますです!!」
「緊張しているの?大丈夫よ。ゆっくりでいいから。」
「えあっと......まず、この国、ラ・リュミエールは、七つの区画に分かれています!!」
「はい、そして、その区画の名前は?」
「は、はい!!節制区、純潔区、慈善区、忍耐区、勤勉区、感謝区、謙虚区となっています!!」
「この邸宅が立っている区画は?」
「は、はい!王家や王家に血の繋がりがある皆様が住んでいらっしゃるこの区画は、慈善区になっています!!」
「そして他には?」
「えーっと、ちょっと待ってくださいね......」
ふむふむ、と言いながらカンニングしていた本を読んで、ちょっと反芻した後、私に正解を教えてくれる。
「はい!!慈善区、純潔区、忍耐区、節制区、感謝区、謙虚区、勤勉区の順に、王城へと近づいています。簡単に言うと、慈善区が一番偉い人がいる場所で、勤勉区がもっとも低い身分の人たちが住んでいる場所ですね。」
「この国の王様の名前は?」
「ふえっ、えーと、なんちゃら......ラ・リュミエールだったような?」
「まぁ、国の王様が国の名前の名字を持っていても可笑しくはないわね。」
「ううっ、ちゃんと次は調べてきますぅ......」
「いいのよ、王様って、ずっと同じ一族が担当しているの?」
「はい、当り前じゃないですかぁ。王様は、私たちを闇の国から守ってくださっているのですから。」
「やっぱり、王様をお守りする機関もあるのね?」
「はい!!皆の憧れ、王家直轄騎士団、王国騎士団などがあるんですよ!!男の子たちは、み~んな大きくなったら騎士になってやるって息巻いてるんですよ?」
「夢があっていいわね、羨ましいわ。」
今、私の目の前に広がっているのは毒殺か投獄か事故死に見せかけた殺人か......夢なんて、一片もないわ。
「女の子達はどんなことを考えるの?」
「えぇっ、それはやっぱり、白馬に乗った王子様が、私に一目惚れして、でも、私はあなたに釣り合わないの!!お願い、その子と幸せになってよ......!!」
「最初は女の子っぽかったけどだんだんメロドラマ化してきてるわ。女の子って、やっぱりこうなってしまう運命なのかしら。」
「そして、彼から離れようとしたけど、永遠の愛を告げられ......幸せな結婚をするも、そこに暗い姑の影が!!ってあ......」
どうやら、自分が妄想の世界へとバッキバキに突っ込んでいた事に気が付いてしまったらしい。顔は真っ赤になり、目も潤んでいる。
「も、申し訳ございませんでした......」
小動物さながらに震えながらシェリーちゃんが謝って来る。
「大丈夫よ、ちょっと面白かったし。」
「違いますぅ、見られていた事が、事がっ....!」
何かが見当違いだったらしく、シェリーちゃんが頭を抱え、顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。
「やっぱり、おままごととかもそんな感じ?」
「は、はい、この前やった内容は、『愛の修羅場!!不倫夫と不倫妻、そして、仲直りの温泉旅行で殺人事件、トリックは毒饅頭!!』って言うのを皆で......」
「ツッコミどころしかないわね、それは後でじっくり聞かせてもらうとして、ともかくお勉強に戻りましょう。」
「この国は、人間の他に動物はいないの?」
「えーっと、ワンちゃんや猫ちゃん。それと牧場に居る牛さんや鳥さんが主ですね!!」
「野生の動物は?」
「は、はい、居ますよ!!小さい兎ちゃんや、おっきな鳥さん、本当に稀な事なんですけど、魔の国の方から竜が来たりして......」
「竜が、それって大丈夫なの?」
「はい、竜って魔物ではあるんですけど、滅多に降りてくることは無いですし......来たとしても、辺り一帯に竜を刺激しない様にするように、と言ったご命令が騎士団から下されるだけですね。」
「なるほどね。でも、やっぱり一人ぐらいは刺激した馬鹿がいたからこういう事があるんじゃないの?」
「ダメですよ、お嬢様、そういう事言ったら。でも、その通りなんです。二年ほど前、ある子爵様が、ふざけて飛竜に向かって矢を放ったんです。すると、普段は決して地上に降りてこない竜が、物凄い速さの低空飛行で彼に迫り、口から吐いた炎で子爵様を焼き殺してしまったのだそうです。」
「それは、その子爵様もいけなかったわね......何もしていない竜に矢を放つだなんて......」
「その一件以来、この国では竜を狩る事、竜に攻撃をすることが禁じられました。」
「竜ってそれ程までに強いの?」
「はい、竜は、世界最強と言ってもいい魔物で、特に強いのが飛竜と呼ばれる竜の種族です。」
「あら、どうして数ある竜の中から飛竜が?」
「飛竜は、知能を持っていて人間に化ける事も出来ます。それに、魔術も使え、空も飛ぶ事が出来る......私たちは、知能があっても、魔術も使えても、翼は無いですから。」
「他にも、最強と言ってもいい魔物は居るの?」
「はい、色々といますね。代表格は、やっぱりヴァンパイアですね。」
「ヴァンパイア、吸血鬼の事ね。でも、どうして?」
「やはり、どの魔物よりも強い魔術を使える事、どんな姿にも変身するのが可能な事、が主な理由ですかね。」
「他には?」
「魔物たちを統べる、魔王と呼ばれる魔物などでしょうか。」
「魔王って、一人だけなの?」
「いえ、何人かいます。元々が上級の魔物だと魔王になるとさらに強くなるのだそうです。まぁ、下級の魔物でも強くなれるのだそうですが。でも、どの国の魔王も共通して、他の魔物に無い力を持っているんだそうです。」
「それって、私たちの側にもそういう人はいるの?」
「は、はい!!あの、騎士団で上の地位におられるお方たちは、皆様、騎士特権をお使いになられます。」
「騎士特権?それは一体どういうものなの?」
「う~ん、私も、詳しくは知らないのですが、噂によると国に忠誠を誓い、無辜の民をその命を懸けて守るような清らかな心の騎士がその能力を開花させるのだそうです!!」
「誰か、有名な使い手はいないの?」
「は、はい!!お父上であるヘルシンキ様が一番有名な使い手であらせられますが......」
「お父様が?どのような能力をお持ちでいらっしゃるの?」
「いえ、使えるという事は私も知っているのですが......どのような能力をお持ちであるかは知らないんです......」
「確かに、国を守る最高機密だものね。知らなくても無理ないわ。」
「でも、魔術であれば誰でも使う事が可能なのよね?」
「はい!!誰であっても使うことが出来ます!まぁ、使える魔術は、その人の才能によるところが大きいんですけどね。」
「さて、シェリーちゃんにお知らせよ。たった今、丁度ピッタリ狙ったかのようなタイミングで発動方法に関して書かれてある本を見つけたわ。」
「あ、お嬢様、ダメです!」
「あら、何で?」
「だって、火の魔術でもお使いになられて、火傷でもされたら......」
「大丈夫よ、そんな魔術使わないわ。」
「で、ですけど......」
「心配ないわ。さぁ、中庭に行きましょう?私、魔術を使ってみたいの。お勉強は終わり、次は実戦よ!!」
そして私は、令嬢らしくオホホホと言いながら、後ろをちょこちょこついてくるシェリーちゃんと一緒に図書室を後にしたのでした。