悪・両親の説得
私のいきなりの宣言におろおろしている両親に、作戦その1、ぶりっ子で畳みかける。
「私、生まれてからずっとお手伝いをしたいって思ってたのです!!それで、羨ましくって皆をイジメて......」
嘘泣きをしながら両親を説得にかかる。
「ま、マリアンナ。君がそんな事を考えていただなんて......私が愚かだったよ!!」
よし、回避成功、案外ちょろかったですわね。
「でも、やっぱり君にそんな事をさせるのは......」
あら、意外に頑固......よし、次の作戦ですわ!!
「だって、お父様、お母様、私はきっとしばらくしたらお嫁に行ってしまう......」
「ああ、そうなんだよマリアンナ!!私にはそれがとても耐えられない......」
「なのに、私は家事も料理も全くできないのですわ!!」
「マリアンナ、貴方はそんな事しなくていいのよ。貴方は貴族なのだから、旦那様や家族の為に立派な母として......」
「お母様、私はその子供たちに誇れるような母になりたいのです、その為には、人の心を知り、人を慈しめるような乙女にならなければならないのです!!」
そして、それと一緒に破滅フラグを回避しなければならないのです!!
「その為に、私はお手伝いをして、人の気持ちや社会を学び、人を気遣え、お料理も上手で、品もある乙女になりたいのです!!」
ちゃんと毒殺も回避して......事故死に見せかけた殺害も何とかしなければ......
「マリアンナ、なんていい子なんだ!!」
お父様が涙している。何でマリアンナが悪役令嬢の如く性悪だったかが良くわかったわ。
「お父様、お母様、どうか許してくださいまし......!」
「ううううううっ、いいよいいよ、マリアンナ!!皆のお手伝いをしなさい!!大丈夫だ、パパが何とかするからね!!」
「......マリアンナ、貴方はそれをやりきる覚悟がありますの?」
「はい、お母様、私は心を入れ替えますの、そしていつか......」
あの子を見つけ出して、キャッキャウフフしなければ!!
「そう、ならば、私の部屋に来なさい。話があります。」
「ああ、マリア、マリアンナを叱らないでおくれ!!」
「大丈夫ですわ、あなた、叱るわけではございませんの。」
そして私は、お母様の後ろへとついて行き、お母様の部屋に入った後、お母様が指さした場所へと座った。
「マリアンナ......」
「はい、お母様。」
「女神の愛し娘の本当の意味を、私が教えましょう。」
え?
「マリアンナ、今、貴女の中には、貴女ではない別の誰かが居るのでしょう?」
「お、お母様!?何を仰っているの......?」
ビックリした......何故、バレてしまったのよ......
「女神の愛し娘、国に安寧をもたらし、民に尽きる事なき情愛を、国に絶対なる忠誠を誓う乙女が、貴女だと言われてきました。」
そう言うと、お母様は静かに窓へと歩き、私を見ずに話し続ける。
「ですが、貴女の普段の行動を見ていると、とてもではありませんがそう思えませんでした。」
ま、まぁ、日記を見るに、相当ひどい性格の持ち主だったし......
「ぼんやりとした違和感の中過ごしていた中、もしかしたら、女神の愛し娘にはもっと別の意味があるのではないか、そう思い、私の実家、この国の大賢者の一族、その邸宅にある古文書を秘密の地下室から見つけ出したのです。」
「そ、それには一体何と書かれていたのですか?」
「女神の愛し娘は、器なのだと。」
「器......!?」
「真の女神を移す、器なのだとそう書かれてありました。そして、女神が降りるのは14の春の日に降りるとも書いてありました。」
「そして、今日の貴女の行動を見ていた中で私は確信しました。貴方は、マリアンナではない、と。」
静かにお母様が振り返り、私を見据える。
「もう、貴女は、マリアンナでは無いのですね。」
「はい、私は、マリアンナではありません。」
「......いつか、この日が来ることを覚悟していました。でも、あの子がまだ小さかった頃や、あの子がまだ素直で優しかった頃の事を思い出してしまい、あの子にやりたい放題を、周りに迷惑をかけさせてしまいました。」
「はい。」
「貴女は、マリアンナでは無い。ですが、マリアンナの......娘の命を貰い受けた貴女の事を、私は娘とします。」
「......」
返す言葉は、浮かんでこなかった。
今まで、私は誰かのお葬式の時だって私はその時にもっとも言うべき言葉を直ぐに頭の中で考え付くことが出来た。けど、私がマリアンナに宿った事により、マリアンナは消滅した。
天国に行ったのかも、地獄へと向かったのかさえ分からずに、ただ、肉体は残ったまま。居なくなったことも、彼女が、死んだ事も、私が言う事でもしなければ、分からない。たとえそれをしたとしても、信じてもらえる可能性は少ない。
そんな状況で、この人は、誰一人として信じてくれないであろうこの中で、娘の真実を知ってしまった。その心境は、その時の絶望は、きっと計り知れないだろう。
「貴女に、お願いがあります。」
「はい。」
「生きてください。幸せになってください。貴女が幸せになってくれれば、生きていてくれれば
マリアンナも、浮かばれる。あの子は、消えてしまったけど、貴女が居てくれれば、マリアンナと言う命は、誰にも忘れられない。」
「はい。」
「不甲斐ない娘の体ですが、どうか、使ってやってください。」
「......はい。」
「私からは、それだけです。」
「あの、お母様。」
「はい。」
「マリアンナの記憶、私の中にもいくらかはあるんですけど......その中で、彼女が一番大切な思い出として私の中に特に濃く残った思い出があるんです。」
「はい。」
静かに、本当に少しだけの違いだったが、声が震えていた。
「貴女が、彼女に編んであげたクマのお人形を渡した時でした。」
まだ小さかったマリアンナが、お母様にクマの編みぐるみを渡されていた時だった。
『はい、マリアンナ、可愛いクマちゃんでしょう?』
『わー、お母様、ありがとう!!クマちゃん大好き!!お母様も、マリアンナ、だいだいだいだいだーい好き!!』
『えっ、マリアンナ!?お父様は、お父様はどうなの!?』
『お父様は、クマちゃんの次に好きー。』
『えーっ、お父様、クマちゃんの次なの~!?』
「彼女、もういらないって言って、捨ててしまった様にしていましたが、実は、机の中の秘密の箱に、大切に大切に、しまわれていました。」
「そうですか。」
「これから、よろしくお願いします。」
私は、最大限の敬意を持って、お母様に、いや、マリアンナのお母様に礼をした。
「ええ、よろしくね。」
私は、静かに部屋を後にした。
「あ、あっ、マリアンナ様!!」
「あら、シェリーちゃん。」
「あの、その、ご婦人は...?」
「今ちょっと不機嫌なのよ。しばらく誰一人として近づけたらダメよ。怒られちゃうわよ。」
「それは、旦那様にもですか?」
「ええ、お父様は特に近づいちゃダメ。」
「わ、分かりました!!」
とてとてと屋敷の中を走っていくシェリーちゃんを見送り、私も自分の部屋へと戻ったのでした。
「うっ、うっ、マリアンナ、ダメなお母様で、ごめんねぇ......」
でも、きっと、あの子だったら大丈夫。だからマリアンナ、お母様はね。
「お母様は、これからは貴女になった女神の愛し娘を、一生懸命守るわ。そして......」
いつか、いつかは、マリアンナ、あなたと一緒に......
「紅茶でも、飲めたらいいわね。」
静かに、泣きながら抱きしめていた、マリアンナが作ってくれた兎の人形を机へと置く。
「お母様、頑張るから、マリアンナ。」
そして、マリアンナの母は、泣きすぎて腫れてしまった目を押さえ、髪をとかした後、ベッドへと倒れこむようにして寝てしまったのであった。