悪・本屋さんでの出会い
「全く、権力を笠に着て横暴な事をするような貴族など、貴族の風上にも置けませんわね。」
「そうですよ、貴族は皆の代表みたいな人達なのに、あんな事したらいけないですよ。」
「でもマリアンナ、貴女ちゃんとモンタニエ様を注意していたわよね、きっと、昔も権力を笠に着て平民たちに横暴を働く貴族も居たのだろうけど、逆もしかり、貴女の様にそれを許さない貴族もきっといたのでしょうね。」
「そうでもない限り、この国はとっくの昔に滅びてますよ。」
モンタニエ様達への愚痴をこぼしながら、馬車に乗り、次なる目的地へと到着した。
「ここは......?」
馬車が到着したのは、茶色を基調とした大きな建物、ドアの前にかかっている看板には羽ペンと本のマークが描いてある。
「本屋よ、ちゃんと教科書も揃えなければね。」
「なるほど、だから看板に羽ペンと本の絵が描いてあるのですね。」
「凄いです、私、初めてこんなに大きな本屋さんに来ました!!」
中に入ると、様々な服装をした人たちが入り乱れ、静かに本を読んだり、購入したりしている。
天井まで届く本棚には大量の本がこれでもかと入っており、全く喋らない本たちは、いつか己を選んでくれる相手を待っている。
「どのような事を魔術学院では学びますの?」
「そうね、名前の通り魔術が主で、魔術が上手ければ上手いほど学園内での上の地位へと進めるわ。まぁ、他にも己のカリスマ性、美貌、性格、教養、それも揃わなければ頂点には登れないけれど......」
「なるほど、それは確かに大変そうですわね。」
「まぁ、まずはゆっくり信頼できる友達を作りなさい。貴女のペースで進んで行けば、きっと道は開けるから。」
「お嬢様ー!!見てください、コレが魔術の教科書だそうです!!」
「凄いわね、装丁からしてとても豪華、丁寧に使わなければいけないわね。」
「はい、次はマナーの本を買いに行きますよ。」
間違いなく日本では学ぶことが無いであろう、魔術や魔獣学などの本がメアリーがいつの間にか持っていたカートの中にポンポン放り込まれていく。
「この教科書の量を見ると、お勉強が大変そうね。」
「ちゃんと授業を聞いていれば大丈夫なのだそうです。それに、勉強だけではなくて実戦や、旅行などもあり、とても充実しているのだそうです。」
「完全に案内用のパンフレットを見てるわね。」
そう言うと、チラチラ見ていたパンフレットを何処かへと隠して、顔を真っ赤にしながら、
「そんな事ないです!!」
と、ほっぺたを膨らませながら言う。う~ん、やっぱり小動物的でやっぱり可愛いな~。
「あら、シェリーちゃん魔術学院の案内状を落としたわよ。」
「ち、違いますぅ!!」
「お母様やめてあげて、シェリーちゃん泣いちゃいそうだから......」
顔を真っ赤にしながら目に涙をため、震えているシェリーちゃんをよしよしと撫でる。
「う~、だから違いますぅ~。」
「はいはい、たまたま落ちてただけだよね、たまたま。」
「そうですって~。」
あ~、可愛いな~。最高の癒しだわ。やっぱシェリーちゃん最高。
「そうね......マリアンナ、たびたび悪いけれど用事があるの。」
「はい、お父様の本でしょう?」
「良く分かったわね。では、メアリー、行きましょう。」
お母様は、メアリーと共に行ってしまった。そしてしばらく二人で様々な本を読み漁っていた所に、不快な笑い声が響く。
「わ、わっ。」
「ちょっと~、ちゃんと運びなさいよ~。」
「アンタって、やっぱりグズね~。」
笑い声の方を見ると、日本でも居たようなビン底メガネに三つ編みで、黒いワンピースを着た黒髪の少女が、こけてしまい、明らかに気の強そうなお嬢様たちに笑われていた所だった。
「酷いわね、あんな量の本、一人で持ち切れるわけないじゃない。」
「そうです、酷いです、でも、あの人たち貴族だから......」
「貴族が何よ、取り敢えずあの子を助けましょ。行くわよ。」
ビン底メガネの女の子は、高笑いしているお嬢様達に笑われながらも必死に本を集めていた。
「大丈夫?手伝うわ。」
「あ、いえ、そんな、私なんかに......」
「いいのよ、貴女は悪くない。あんな量の本を持たすあの人たちがバカだわ。」
「そうですよ、お姉さん大丈夫ですか?」
「あ、はい......」
そのまま彼女の手伝いをしていると、気の強そうなお嬢様達が、私に話しかけてきた。
「あら、貴女恥ずかしくないの?貴族なのに地べたに這いつくばっちゃって。」
「貴女こそ恥ずかしくないの?人の失敗を笑うだなんて、まぁ、貴女達は意図的にしたようだからさらに性悪ね。」
「全部拾いましたお嬢様!!」
「あ、有難うございます......」
ビン底メガネの子が恐縮しながらお礼を言ってくれる。
「いいのよ、こんな事は当たり前、貴女のお名前は?」
「あ、アルテラッツィオーネ......です。」
「いいお名前ね。カッコいいわ。」
「主の私は、名前負けしてますけどね......」
「あの人たちはどういう関係?」
「......今の学校でのクラスメイトです。ずっと私をイジメてきているんですけど......相手が貴族だから、平民の私はもう誰にも相談をすることが出来なくて......」
キャーキャーキーキー猿の様に喚いているお嬢様達を後目に話を続ける。
「イジメられるような心当たりは?」
「......服がダサい、髪がキモい、存在が気持ち悪い、ビン底メガネがダサい......他にも沢山言われてきました。」
「そう......」
「それで、今日は私の買い物に付いてきたあの人たちに無理矢理大量の本を持たされて......
ごめんなさい、こんな事に巻き込んでしまって......」
「いいのよ、あの人たちが悪いわ、完全にね。」
「嬉しいです、そう言ってくれた人は初めてです。」
「ちょっと、さっさとそのビン底メガネ、返してくれない!?」
私に向かって扇子をビシッと向けながら、グループの中で最も偉そうにしていた子が私に命令してくる。
「この子にはちゃんとアルテラッツィオーネって言う名前があるのよ?もしかして、貴女人と物との見分けもつかないのかしら?」
アルテラッツィオーネが真っ青になり、グループの中でも偉そうにしていた少女が大声を張り上げながら名乗る。
「私は、貴族ですのよ!?崇め奉られるべき存在ですのよ!?」
「貴女みたいな人、崇めたら祟られそうだわ。」
私は、こういう人たちが嫌いだ。人の位だけで人を判断するようなやつらがこの世で一番大嫌いだ。私は、ずっとそれで苦しめられてきた......!!
「生意気ですわね!!貴女、私が誰か分かっていてのその口の利き方ですの!?」
「ご存じないわね。」
モンタニエ家の御令嬢様もそうだが、貴族の皆様は自分の名前と階級をひけらかすのが大好きらしい。
「私は、男爵家令嬢、カトリーヌ・ユタンですわ!!」
「っ、ダメです、お嬢さん、相手は貴族です。わ、私が謝れば......!!」
「......私って一体どんな階級の人に見える?」
「えーと、大富豪のお嬢様に見えます、とても、心優しい。だって、貴族は、きっと私達平民を助けて下さるわけがありません。」
「そうですわ!!貴方がた如きに時間を割くわけにはいきませんもの!!平民は、上のいう事を聞けばいいんですのよ!!」
「見下げたものね、つまり、貴女は貴女よりも位の高い人に命じられればこの店から出ていくのかしら?」
「勿論ですわ、貴族はそのように皆躾けられておりますもの。」
「だ、大丈夫です、そんな、彼女よりも偉い貴族なんて、誰一人として手を貸してくれる訳がないです......!!」
「言ったわね、シェリーちゃん、今さっきの言葉、ちゃんと覚えた?」
「はい、ちゃ~んと、覚えてますよ。」
シェリーちゃんは、私が何をしようとしているのか察したらしい、可愛らしい顔で悪い顔を一生懸命作っている。
「ふん、いいですわ、貴女、この私、男爵家令嬢カトリーヌ・ユタンが命じます。早くこの本屋から退出しなさい、コレは命令ですわ!!」
自信満々な顔で私に命令をしてくるユタンと言う少女に、私が反撃をする。
「では、私からも。」
「あ、え、ダメです、何か下手な事をしてしまったら、貴女にまで......!!」
シェリーちゃんと一緒に傍観していたアルテラッツィオーネが叫ぶ。
「大丈夫、安心して、アイツらを思いっきりぎゃふんと言わせてやるだけだから。」
「あら、平民如きが私に何か用ですの?さっさと立ち去りなさい!!」
全く、この国は人の行動で位が決まるのか。下らないね。
「この私、伯爵家令嬢マリアンナ・フォン・セレナーデが命じる!!」
次の瞬間に、シェリーちゃんがガッツポーズ、アルテラッツィオーネは驚愕、相手のカトリーヌは真っ青になる。
「貴女こそ早くこの場から去りなさい、コレは命令です!!」
「お嬢様カッコいい―!!」
「お、お嬢様素敵ー!!」
シェリーちゃんに連れられたアルテラッツィオーネが、一緒に私に声援を送る。
「じ、冗談じゃありませんわ!!あのセレナーデ家の御令嬢が何故このような平民に!!」
「何故?簡単よ、私は、自分の位だけでお高くとまっているような方が、大っ嫌いですの、特に、貴女のような自分の位を笠に着て人を馬鹿にするような輩はね。」
「い、いいぞー、お嬢様ー!!」
「お嬢様、頑張ってー!!」
小さい子供たちが私を応援してくれる。
「っ~!!!」
「それに貴女、言いましたわ、己よりも位が高い者のいう事は聞く。と。」
顔を赤くしながら、カトリーヌが震えている。
「もう、知りませんわ!!」
あらら、モンタニエ様とほとんど捨て台詞が同じだわ。そしてそのまま、彼女は取り巻きの皆さんと一緒に退転してしまったのだった。
「あ、ごめんなさい。騒がしくしてしまって。皆さん、どうぞごゆっくり。」
「お姉ちゃん、カッコよかったよ!!」
「嬢ちゃん、今さっきのお嬢様がいる中じゃ言えなかったけど、ありがとうな。スカッとしたよ
。お嬢ちゃんは貴族でも、優しい貴族様なんだな。」
「あ、いえ、当り前の事をしたまでです。」
すると、その男性の一言を皮斬りに、何人もの人が、凄かった。貴族って、碌な奴いないと思っていたけど、貴女は違うね。と色々褒められた。
「あ、ありがとうございました!!」
「いいのよ、アルテラッツィオーネちゃん。」
「あ、いえ、その、名前呼びにくいと思うので、あの、ルーネ、ルーネと呼んでください。」
「ふふふ、分かったわ、ルーネちゃん。」
「お嬢様、やっぱりカッコよかったですね!!」
「そうかな?」
「その、あの、また、お会いできますか?」
「ええ、だって貴女も魔術学院に入るのでしょう?」
「は、はい、え、という事は......」
「私とこの子も入るの。よろしくね。」
「は、はい!!よろしくお願いします......!!」
「あら、マリアンナ、また何かしたの?」
「はい、人助けをしていました。」
「そう、それはいい事ね。」
「じゃあ、ルーネちゃん。今度はまた、魔術学院で会いましょう。」
「は、はい!!有難うございました。マリアンナ様!!」
手を振ってくれているルーネちゃんに手を何度も振り、馬車に乗り込み、制服を受け取った後、屋敷に帰ったその日の夕餉......
「ううう、マリアンナ、寂しくなったらいつでも帰ってきていいんだよ~!!」
「お母様、もしもお父様が学院に突撃しようとしたら......」
「任せなさい、家の者総出で食い止めるわ。」
寂しいよー!!!と泣き叫ぶお父様の魂の叫びが、屋敷中にこだましたのでした。やれやれ。