悪・お買い物って大変
お母様とメイド長のメアリーに半ば強引に馬車に乗せられ、やってきたのは物凄く豪華な建物の前だった。
「え、もしかしてこちらで採寸を......?」
「嘘ですよね、絶対に嘘ですよね。」
シェリーちゃんの声が高級感漂う店から漂う高級な雰囲気に気圧されて震えまくっている。
「大丈夫よ、二人共、早く行きましょう。」
「無理ですぅ!!こ、こんな高いお店、入ったら蕁麻疹が出るかも......」
「お、お母様、こんなお高そうなお店で制服を買わなくても......」
「二人共大丈夫よ、さ、入りましょう。」
お母様の陰に隠れるようにして店に恐る恐る入ると、先に居た制服を見ている女の子とその母親、それにピッタリついているその母子の取り巻き達が一角を占拠、残りの部分で皆服を見ている状況だ。
「いらっしゃいませ、本日はどのような御用で?」
しっかりと身なりを整え、落ち着いた雰囲気を醸し出している初老の店員が声をかけてくる。
「この子たちの王立魔術学院用の制服を採寸して作って下さらない?」
「はい、ではお嬢様方、どうぞこちらへ。」
「では、私たちは少し三階にある化粧品などを見てきます、マリアンナ、ちゃんとするのよ。」
そう言い残し、お母様とシェリーは階段を上って上へ、あ、扇子(って言っても物凄く可愛らしい装飾が施された物)ちょっとコレで顔を隠せば......おお、貴族っぽ~い。鏡で見ると結構違う物ね。
私が遊んでいる間に、シェリーちゃんはもう緊張で右手と右足を同時に出して顔を真っ青にしながら、採寸する台の上へと乗る。
「お、お嬢様......」
「大丈夫よシェリーちゃん、取って食われなんかしないわ。」
カタカタと小動物の様に終始震え続けていたシェリーちゃんだったが、なんとか採寸が終わったようだ。フラフラとしたおぼつかない足取りでこちらへと向かってくる。
「よしよし、頑張ったわねシェリーちゃん。」
「はい、頑張りました。次はお嬢様の順番でございますね。」
すると、いきなり一角を占拠していた女の人が店員さんに声をかける。
「この子の採寸をして欲しいのですけど、お頼みできます?」
「申し訳ございません奥様、ただいま順番待ちでして......」
「あら、だったらその人たちを退かしてくだされば良いのでなくって。」
「いえ、それは......」
「だったらどうなさるのです?早くお嬢様に試着をさせなさい。」
先程まで店の一角を占拠していた貴族の女性たちの無理難題に、店員さんがタジタジになっている。
「ええ、そうよ、早く私に試着させなさい。コレは命令よ。」
あれ、この声、どっかで聞いたような......?
「そうよそうよ!!こちらにいらっしゃるモンタニエ家令嬢様を待たせて貴方タダで済むと思って?」
「そうですわ!!嗚呼、可哀そうなマリエット様!!こんなに長く待たされて、お美しいおみ足が疲れてしまったらどうする気ですのよ!!」
呆れた、あの時のモンタニエ御一行様がまたご登場か、それにしても、この親にしてこの子ありと言うかなんて言うか......
「すいませんけど、あなた達、退いてくださる?」
あ~ら、どうしましょ。ちょっと店員さんも困っちゃってるし、ちょっと演技してみようか。
さり気なしにシェリーちゃんを自分の影に隠し、扇子で自分の顔を隠す。
「嫌ですわ。」
「まっ、どうしてですの?」
辛うじて敬語ではあるが、明らかに苛立っているのが語尾で分かる。
「だって、あなた達、幼子でも守れるような規律を守っていませんもの。そんな人たちに順番を譲る気なんてありませんわ。」
わなわなと震えながらモンタニエ様が怒るのが手に取るようにわかる。
「貴女、私が誰か分かってその無礼な口を訊いていらっしゃるの!?」
「あら、どちら様でございましょうか?」
「あら、貴方知らないの?世間知らずね、この方はね、モンタニエ伯爵家ご令嬢、マリエット・ジョルジーヌ・モンタニエ様よ!!」
「この方に敵うお方などこの世界には誰一人としておりませんわ!!」
「美貌も、学術も、魔術も全ての面で完璧ですのよ、貴女とは違いますの!!」
「あら、可笑しいですわね、確か先日、誰かに魔術勝負を吹っ掛けて負けたと言う話をお聞きしましたが。」
「ふん、そんなのデマですわ、私を陥れようと誰かが言いふらしただけですわ!!」
「そうですわよ、もしかして、貴女あんな馬鹿な噂を信じていますの?」
「あら、馬鹿な噂?私の前でよくそのような戯言が言えますわね。」
「あら、私は伯爵家令嬢よ、私の言うことを信じないの?」
「では、お言葉ですが、貴女の記憶力は鶏以下ですの?」
「まぁっ、無礼な口を!!」
出来る限りゆっくりとゆぅっくりと扇子を私の顔からずらしながら問いかける。
「まさか、たかが一昨日の事まで忘れたという訳ではございませんわよね?」
満面の怖い笑みを浮かべながら、モンタニエ様に問いかける。
「なっ、あ、貴女は......!!」
「うふふふふ、そういえば、私はセレナーデ侯爵家令嬢、貴女よりも階級は上ですのよ?その事、ご自覚していらっしゃる?」
うふふふふふ......と笑いながら問い詰める。結構怖いと思うけど、効くかな?
「お母様!!もうこの店はいいですわ!!」
「まぁ、どうしたのマリエット?」
「いいから行きましょうお母様!!こんな店もうこりごりですわ!!」
と言いながら取り巻きの皆さんと一緒に出て行ってしまったのであった。
「うわぁ、お嬢様演技お上手ですね。」
「ええ、いつもは出さないような低い声を出してしまったからちょっと喉が痛いわね。」
「あ、お嬢様のど飴をどうぞ!!」
「あら、有難う。」
シェリーちゃんに渡されたリンゴ味ののど飴を舐めていると、今さっき無理難題を出されて困っていた店員さんが声をかけてきた。
「有難うございます。貴女様は......」
「侯爵家令嬢、マリアンナ・フォン・セレナーデ、ですわ。」
「おお、あのセレナーデ家のご令嬢様......どうか、このお礼をさせてください。貴方様と、お連れ様の為に最高級の制服を無償で御作り致しましょう。」
「そ、それは嬉しいのですが、大丈夫なのですか?」
「はい、実は先程のお客様達はお得意様ではあるのですが、あのような事をなさる事が多く、店員皆が辟易していたのです。」
「シェリーちゃん、こういう好意には甘えるのが一番よ。それでは、私とこの子の制服、よろしくお願いします。」
「はい、誠心誠意、全身全霊を持って作らさせて頂きます。」
「あら、マリアンナ、何かあったの?」
「いえ、ちょっとした人助けをしたまでです。それとお母様、制服を無償で作ってくださるのだそうよ。」
「あ、えっと、お礼なのだそうです!!先程、少し迷惑なお客様達をお嬢様が窘められまして、そのお礼に、と。」
「あら、そう、店員さん、有難うございます。」
「いえいえ、侯爵家御令嬢様と、そのお付きの方の制服を作れると言うのは我々にとってもよい事でございますから。」
「いつ受け取りに来ればいいかしら?」
「はい、本日の午後六時ごろに来てくだされば。」
「え、そんなに早くできるんですか!?」
「はい、この店は裏にある建物で魔術を使い縫い合わせておりますので、どの店よりも早く、そして出来の良い服を仕立てることが出来るのでございます。」
「凄いですね、お嬢様!!」
「ええ、魔術ってそのような使い道もあるのね、驚いたわ。」
「分かりました、その時間になったら取りに来ます。」
「お母様、次はどちらに?」
「ふふふ、内緒よ、では、よろしくお願います。」
「はい、では、どうぞお気をつけて。」
深々と礼をした店員さんに見送られ、次なる目的地へと私たちは向かったのでした。