魔・仕事って大変
「あ″ー、何この量、バッカじゃねぇの!?」
今現在、魔王城執務室は、外の清々しく気持ちのいい天気とは裏腹に、執務室と言うよりは怒号飛び交う戦場と言った方が正しい状態へと変貌していた。
「はい、次の仕事です。」
この悪魔め!!と怒鳴ってやりたくなるぐらいの仕事を持ってくるマモン。
「魔王様ー、暇になったから手伝いに来たぜ...ってうわ、何この紙の量、床まで覆いつくされてるし、ついでに机に天井に着くんじゃないかってぐれぇ高く資料が積んであるわ......」
「よく来たワイバーン!!良かったらその剣でこの紙を修復不能なぐらいにバラバラにしてくれ!!」
「はいはい、ちゃんと仕事やってくださいね~。」
「あとどれぐらいあるんだよマモン、それを聞かせてくれ!!」
「あとざっとこの資料百枚に判子、二百枚にサイン、そして三百枚に目を通していただきます。」
「聞かなかった方が良かった......」
あまりの多さに目の前が真っ暗になる、気遣ったのか分けて言ってくれたが、合計六百枚を始末するという大仕事だ。
「大丈夫です。これさえ終わらせればしばらくは暇ですよ、多分。」
「多分が物凄く不穏!!」
そしてその後元の私であれば腱鞘炎間違いなしの量の仕事(あの後バンバン追加された)をこなし、怒号飛び交う戦場は、元の静かな執務室へと戻っていた。
「そもそも、アレは何の書類だったんだ?」
「魔王様がこの国を統治するという事を各地に知らせるいわば手紙のような物ですね。まぁ、ちゃんと従わないとお前ら殺すぞって意味もありますけど。」
「サラッと怖い事言わないでくれよマモン、ワイバーンもお疲れ様、まぁ、白い灰になってるから聞こえててるかどうかは分からねぇけど......」
真っ白い灰となって燃え尽きたワイバーンを見やり、私は両手を合わせ、ワイバーンの冥福を心からお祈りする。
「今まで書類関係の仕事やった事なかった......辛い。」
真っ白な灰の中から復活したワイバーンが、虚ろな目で虚空を見つめながらそう言う。
「まぁまぁ、ワイバーン、お前凄く頑張ったよ。灰になるまでよく頑張ってくれたな。」
「魔王様、後でなんか美味しいもの奢ってくれよ~。」
「わかった。だから床に寝っ転がるのはやめような。」
「よいしょっと、魔王様、サイン書いた書類だとか言うのだったらさ、魔王様の仕事にそりゃならなきゃいけないんだろうけどさ、目を通すだけってヤツだったらマモンの兄ちゃんにさせればいいじゃんか。」
「いや~、残りの三百枚、まぁ、途中で増えまくったけど......アレは俺じゃなきゃ正しいかどうか分からない書類だったからな。」
「へー、どんな書類だったんだ魔王様?」
「警察だとか、そういう仕組みの骨組みみたいな物のこれでいいですか?的な物の最終確認。取り敢えず治安優先にしたから、学校はもうちょっと先かな?」
「へー、じゃ、俺も警察か?」
「いや、確かに警察的な仕事もやっては貰うんだが、ギルドとかも残そうとは思ってるんだよ。」
「え~、俺完全に警察官とか言うのになってみたかったのに~。」
ぶーたれてるワイバーンに、ちゃんと事情を説明する。
「まぁ、ちゃんと魔剣士ギルドは警察官との兼業だし、魔女ギルドは学校の先生、他にも魔女の薬の商売もするようになる。それに、他国にまで薬売り風にして行ってもらって現地での情報を集めてもらおうとも思ってる。」
「あー、やっぱり他国の情勢とか、別の国の連中が探ろうとしたが最後、滅茶苦茶ボッコボコにされちまうもんな~。で、あのクソ爺んトコのギルドは何との兼業なんだ~?」
「あ~、魔導ギルドの皆には、ちょっと作ってもらうよう頼んでいる物があるし、何よりジークフリートがそれ作りにノリノリでのめり込んでるから俺も手出しできなくってな......」
「あの爺、昔俺にボコボコ言ってるエグイ色した薬を飲まそうとしたことがあるんだよ、俺が暴れまくったおかげで未遂だったけどな。あの時の爺と同じ状態って訳か。」
遠い目をしながらワイバーンが言う。うん、多分その時のジークフリートと同じ状態だろう。私が設計図を渡した時の狂喜っぷりよ......ぐふぐふ笑いながら設計図を持って踊り狂っていたのを呆然と見ていた私に、部下の皆さんが「いつもの事です。」と返してくれたのが印象的だった。その時の感想を一言で言うと、端正な顔立ちが台無しでキャラ崩壊が酷かった。
「まぁ、それに他にも五ヵ国も国があるわけだし、いつ攻めてきても即座に迎撃出来るようにしときたかったからまぁ、ギルド解散は無しで兼業してくれって事になる。」
「なるほどな~。他の国の連中、絶対に腰抜かすぜ?わーっ、なんて平和で綺麗な街並みなんだー!俺たちの国すっごくやばーん。ってな!!」
「ま、まぁ誇る気はないし、まだまだ始めたばかりだからな。気は抜けないよ。」
「そうですよ、警察は今骨組みだけの状態、学校牧場その他諸々時間がかかる。種族間の差別を取っ払うなんて、もっと時間がかかりますよ。」
「時間がかかったとしても、それをやるのが俺の仕事だ。そして、それを身近で感じる為に俺は考えた事がある!!」
「良く分からないんですけど物凄く嫌な予感がします。」
「俺が変身して、城下町に出かける!!」
「おーっ、魔王様すげー!!」
宣言をした私にワイバーンが拍手を送り、マモンが頭を抱える。
「いや、危なくないんですか?あなたが居なくなったら死活問題ですよ。この国大変な事になりますよ。」
「大丈夫だろマモンの兄ちゃん、あんな強い魔術ぶっ放せるんだぜ魔王様、それに、俺もついて行くし。」
「ん?仕事はいいのかワイバーン。」
「あー、午後から休みでさ~、それで城下町で暮らしてる母ちゃんに会いに行こうと思ってた所だったんだよ。」
「なるほど、ちょうどいいタイミングだったな。」
私は椅子から立ち上がると、魔法陣を発動、変身と言う文字を書きこみ、眩しい光が辺りを覆った後、私の姿は完全に変貌していた。
「え、魔王様、女の子に変身したのか!?」
「あ、ああ、そうだ。こっちの方がなんか相手とかと話しやすそうだろ?」
今の私の姿は、黒髪黒瞳背が小さくなったためかぶかぶかになった服を纏った少女、つまり本来の姿をした私がそこに居た。
「ですが魔王様、そんな女の子の姿でその喋り方だと......」
「まぁまぁマモン、大丈夫だって、私こういう所は完璧なのだよ!!」
「ひぇーっ、直ぐに喋り方をマスターしてる!!やっぱり魔王様パネェな......」
「えーっと、今何時ぐらいだっけ?」
「まだお昼にはちょっと早いぐらいですね。朝、夜が明ける前に叩き起こした甲斐がありました。」
あの時のマモンは本物の悪魔さながらの勢いでふかふかの布団で気持ちよーく寝ていた私を叩き起こしに来たのだ。まだ朝の四時ぐらいだったので二度寝しようとしたら、魔術をぶっ放されかけ、命の危険を感じたのでやめておいた。
「じゃあさ、魔王様、一緒に城下町にある美味い店に行きましょうよ!!」
「おっ、それいいなワイバーン!!」
「分かりました。今日は頑張ったので許します。ちゃんと夕方ぐらいには帰ってきてください。」
「はいはい、じゃ、行ってきま~グエッ!!」
「ちょっと待った!!」
「どうした、ワイバーン!?」
駆けだそうとした私の腕を思いっきり掴んで離さない。
「いや、そもそも魔王様のその肌の色じゃ......」
「あ、そうか、浅黒い肌じゃないとダメだったか。」
「いや、取り敢えずだけど魔王様、変身の魔術って魔力をすっげー消費するんだろ?だからコレを上から被って......」
ワイバーンがパッと出してきたローブを上から被る。
「じゃ、今度こそ行ってきま~す。」
「はいはい、ちゃんと晩御飯までには帰ってきてくださいよ。」
そして、城からワイバーンと一緒に出る前に、ちょっとだけワイバーンと話をした。
「ワイバーン、ふと思ったんだけどさ......今さっきのマモン、オカンみたいだったな。」
「ああ、確かにそうだな魔王様、あー、オカンかぁ......」
「ワイバーン、何かあったのか?」
「いや、なんでもないぜ魔王様、ほら、もうすぐ城の外だぜ!!」
「よし、という訳で、城下町探検をこれより始める!!」
そして城の前に架かっている橋を渡りきった次の瞬間には、二人で一緒に城下町へと向かって駆けだしていたのであった。