それぞれの戦い
王宮にて遭遇した包帯の男。
彼は、まるでここに来ることを知っているかのような口ぶりで話を始める。
「やはり...俺の魔法は正解だった。
他の奴らには分からねえんだ、俺の才能が...」
ぼそぼそと独り言の要領で乱れた包帯の結びを絞め、
こちらに首を回し、歯ぎしりを繰り返す。
得体の知れない刺客との接触は何度もあったが、
ここまで不気味さがひしひしと伝わってくる奴はそういないだろう。
「一人足らねえが関係ねぇ...」
「なんだ、あいつは」
不意にそれは背後からやってきた。
棺を背負った機械仕掛けの人形が、ルシファーの足首を掴み、
傍の窓へと投げ飛ばしたのだ。
幸運な事にそれ程の高さではなかった為、彼女は無傷で地面へと着地する。
「すぐに向かう!それまで持ちこたえろ!」
下方からの彼女の声を耳にいれつつ、目の前の魔法使いと距離を取る。
先手を打たれはしたが、数ではこちらが勝っており、有利なことに変わりない。
「ベン、奴も君の【価値あるもの(セラフィム)】
と同じ性質のスキルを扱うようだが、弱点などはないのかい?」
「弱点って程でもないけど、召喚系のスキルには引き金が
必要になるはずなんだ。
俺の場合は危機と助け、この二つの状況でないと召喚は無理なんで、
格下には使えないし、ピンチになるまでは出すことは出来ない感じ」
「それの判断基準っていうのは?スキルの使用者でなく、
召喚される側にあるってことでいいのかな?」
「多分...。まずは相手のトリガーを探らないと駄目だな」
「ごちゃごちゃうるさい...てめぇらには分からないよ。
俺のスキルも、心も、強さも...」
身構える二人に再び襲い来る人形は、地面を削りながら突進してくる。
仕込み刀や吹き矢、更には熱線などの多彩な技の数々に翻弄され、
防戦一方を強いられる。
数十分の戦闘の中で得られたものは特になく、長期戦にもつれこむと、
非常に厄介な相手だと確信する。
「はは...!おら!」
「完全に奴のペースだ」
「ベン、いい考えがある。私は信用してくれるのであれば、
隙を見て先に進んでくれないか」
「あんた何言ってんだ、こんな状況で置いて行けるかよ!
ルシファーだってそろそろ来てくれるに違いない!もう少しの辛抱だ!」
「ベン...考えがあると言っているんだ」
彼の瞳は決して諦めてはいなかった。
ベンはただイルイダの言葉を信じ、唇を噛みしめると、
次の攻撃に合わせて、合図を送る。
「いけ!頼んだぞ!」
「おいおい...逃がすかよ!!!」
人形の動きを封じ、ベンは3階へと上がっていくことが出来た。
「まぁ待てよ、別に1対1でもいいじゃないか。そんなに強いスキルなら、
さっさと私を殺して彼を追えばいいだけの話じゃないのか?
それが出来るならな」
「な...んだと...?何をほざいている...!俺は強い...」
「最初の奇襲と明らかに俺たちと戦っている時の、そこの人形、
速さが全然違ったぞ。」
魔法使いは包帯の緩みを直し、息をのむ。
「お前のスキルの弱点を見つけた」
一方その頃、ルシファーは、
一階の兵士たちがひしめく空間でじっと機会を伺っていた。
「明らかにまずいな、なんで一階に物凄いオーラの奴がいるんだ。
さっきはいなかったはずなのに」
彼女は、二階への階段前に鎮座している初老の男性を訝し気に見つめる。
ただの兵士であれば軽くなぎ倒し進むことが出来るのだが、
ルシファーですら肌で感じることの出来る魔力と、覇気。
このまま隠れていても何れは見つかってしまうのが関の山だと観念した彼女は、
渋々階段へと歩いて行く。
「ほっほ。可愛らしいお嬢さんや、ここはお主が来てよい場所ではないぞい。
はよぉ帰んなさいな」
まるで孫を相手にしているかのような言動に苛立ちを覚える彼女は、
強行突破に打って出る。
「悪いけど通してもらうぞ、老いぼれ」
短い翼を生やし、疾風の如く駆けるが、老人にいとも簡単に捕まってしまう。
「だめじゃって言いよるに」
老人は髭を弄りながら、懐に差していた刀を抜くと、彼女に切っ先を向けた。
その刀身は煌き、汚れ一つない美しさだ。
「お嬢さん、悪いけど気絶させてもらうよ」
「我はそうやわではないぞ?」
兵士と共に町の巡回を続けるバルツインは、
3人の事を心配しながらも必死に役割を全うしていた。
この周辺地域では、貧困に悩む人は少なく、
潤沢な食糧や資源を確保する為の設備が十分にあるというのにも関わらず、
ルーデンツの国民はとても痩せ細っていた。
以前この地を訪れた時とは打って変わった状況に、
彼は事の重大さを改めて理解した。
考え事をしながら町を歩いていると、国民の一人と肩が触れてしまった。
尻餅をついて、痛々しく声を荒げる様子を見たルーデンツの兵士は、
武器をバルツインに渡すと、思いもよらない言葉を口にした。
「ほら、早く殺せ」
無機質な声と感情のない瞳、おかしいとすら感じていない表情に彼は、
声を荒げ、兵士を殴り飛ばす。
「ふざけんなよ!人をなんだと思ってやがる!」
声が町に響くと、状況を察した兵士たちが次から次へと集まってくる。
「一体なんの騒ぎだ!」
「もう我慢ならねぇ、俺は限界だ!」
数名の兵士を相手にバルツインは刀を抜くと、遠くで爆発音が鳴り響く。
「次はなんだよ...!」
「がっはっは!手ごたえのない奴らだな!
ん?なんだお前、大勢を敵に回したの?!がっはっは、愉快愉快!
お前なら楽しませてくれそうだ」
2mの巨体と背中に携えた大きな斧、凄まじい迫力の大男は、
バルツインに興味を示す。
たったひと振り斧を振るだけで発生する突風と衝撃で、
その場にいる兵士や町の人々は愚か建物ですら崩壊してしまう程の力。
突然現れた強者との邂逅に驚きを隠しきれない彼は、
こちらをにっこりと見つめる大男にただただ恐怖していた。
ベンは、先ほどの戦闘での消耗もあったが、
3階へ続く長い階段を登りきると、続く通路を足早に駆ける。
他の者たちの安否を願い、歩みを進める彼の行く手を遮るように、
ルーデンツの兵士たちが集団となって襲い掛かる。
「構ってる時間はないんだよ!」
彼はこの旅の中で様々な経験や成長を遂げ、
以前までの弱弱しいベンという人物の面影は無くなっていた。
ただ、実戦経験の浅さを埋めれる程ではないことも確かだ。
見る見るうちに兵士の数を減らしていくと、突き当りの個室へと身を隠す。
「くっそ、今までちゃんとした戦いなんてやってこなかったのが響いてるな」
所々負傷した箇所に薬を塗り、衣服を千切っては傷口を覆う。
足跡を確認し、部屋を後にすると、更なる階段の前で立ちはだかる人影を見つける。
「悪いけど、そこどいてもらうぞ」
「はいどきますなんていう人がいると思ってるの?」
修道服を着飾った綺麗だが、どこか癇に障る女性は、
ベンを嘲笑い、口に含んでいる飴玉を転がしながら、
バリバリと音を立てながらかみ砕いた。
「私のスキルはね、少し特殊なもんなんだけど、言わなくてももう分かるでしょ?」
彼は既に気づいていた。
自分のスキルが発動できないことを。
今までの戦闘で助けられてきたスキルを封印され、
肉体だけによる争いが今まで殆どない彼に、この状況は絶望的だった。
しかし、彼は短刀に手を伸ばし、彼女へと構える。
「馬鹿にしてくれんなよ、最弱の底力見せてやるよ」
彼は笑っていた。