メタモルフォーゼ
耳を疑った。
目の前にいる男こそが、階級「鬼」冒険者。
先ほどと風貌も変わり、信じられない光景が広がっていた。
イルイダは、俊敏にウロトキアプルの攻撃を躱し、その二つの大剣で首を切断。
片方の首を刎ね、もう一方の首を拳による打撃で気絶させた。
「こいつのスキルは、二つじゃないんですよ。三つあるんですが、
そのうちの一つが厄介でしたね。「脱皮」と呼ばれるもので、
どれだけ殺しても、脱皮してまた生き返るんです」
どうやら対処法は今のところなく、撃退以外には存在しないらしい。
でもどうして「鬼」冒険者が独断でこんなところにいる。
「分かりますよ、なぜ私が一人でここにいるのかと」
心の声まで筒抜けってか、恐ろしいな~本当に。
「冒険者チームは壊滅、生き残りは私だけだからですよ」
衝撃的な発言に言葉を失った。
バルツインは理解が追い付いていないのか、混乱している様子だ。
「何が...あったんだ?」
「私が派遣されてきたヴェーリヘから更に西にある「ルーデンツ」という国は分かりますか?」
名前なら聞いたことはある。
幾つもの功績を上げている冒険者が存在し、「鬼」冒険者の排出が一番多い所だ。
「ルーデンツは現在、ある魔物によって国民は洗脳されています。
理由は調査中ですが、派遣された全ての冒険者は私に明らかな殺意がありました」
冒険者が、それも「鬼」冒険者に?
「ルーデンツの危機に「鬼」冒険者は各地方へ救援を求めに出かけており、
私もその一人です。
今回は、オオムカデを討伐した冒険者の助けを頂こうと思い参上しました」
「じゃあ森の調査は嘘だったってことか?」
「そうなりますが、何れは調査しなくてはいけないですね」
はぁ、助かった。
これで巻き込まれでもしたら平穏な生活が出来なくなるとこだった。
気が付けば、ウロトキアプルの姿は既になく、去ったあとのようで、
抜け殻だけがそこには存在した。
「それで、一緒にルーデンツへ着いてきてくれますかな?」
なんで俺に聞くんだ。
さっきの戦闘の感じで、俺がそんな強くないってこと知ってるだろうに。
「ベン=ピューロさん、あなたに言ってるのですよ?」
はい、名指しです、ありがとうございます!
じゃねえよ!えっ、気づかれてるっての?
「鬼」冒険者怖すぎるだろ。
「もし...行かないと言ったら....?」
「仕方がありませんね」
話の通じる人で本当に良かった。
流石、器も鬼レベルだわ、うんうん。
「一応、試してみた方がいいでしょうしね。
あなたがどれほどなのか」
突風と共に、大きな2本の剣が向かってくる。
宛ら猪の如く威圧感で、
これを避けれなければ確実な死が待ち構えていると理解できる。
咄嗟にナイフで左腕に傷を付け、無価値なものを召喚しようとするが、
「遅い」
俺の左腕は吹っ飛び、宙を舞った。
「ああああああああああああ!!」
激痛と共に、倦怠感が襲う。
「自傷系のスキル持ちは厄介ですからね」
「でも...残念だったな」
黒い翼と妖艶な香りを振りまき、それは顕現する。
「主、お呼びでしょうか?」
「ベリアル、目の前の対象を無傷で捉えろ」
「御意」
「それが君のスキルかい?」
ベリアルは翼で浮遊し、イルイダから一定の距離を取って、機会を伺っている。
大剣を両手で捌いているとは思えない尋常ではない速さと、威力。
イルイダの戦闘経験は凄まじいもので、森林のありとあらゆるものを巧みに利用し、
ベリアルとの近接戦、さらにはバルツインへ攻撃が当たらないように配慮し、
森の深くまでの地図を網羅し、様々なギミックで翻弄している。
「中々やるが、私の敵ではないよ。スキル「リミッター解除」」
その瞬間、ベリアルの体は綺麗に五等分にされる。
「ベリアル!!」
「主、問題ありません。私を殺すことは不可能ですよ」
異常なほどの再生能力で、瞬時に肉体は元通りになる。
「神聖系のスキルじゃないと致命的なダメージを入れることは出来ないようだ。
中々面白いスキルを所持しているな、ベン」
「主にタメ口を効くとは、許せませんね」
「怒らせてしまったか、申し訳ない。謝っておこう」
再び斬撃同士がぶつかり合う激しい騒音が響く。
先ほどのイルイダのスキル「リミッター解除」は、
基本スキルではなく、彼の固有スキルなのだろうか。
十分に注意しなくては、命が無くなる。
「スキルの掛け合わせで、スキルが強化、変化するのは知っているかい?
私のリミッター解除は、音速移動というスキルと肉体改良のスキルの掛け合わせなんだよ」
聞いたことがある。
二つ、或いは三つのスキルを所持した場合、
それが新たなスキルへ進化するという、メタモルフォーゼと呼ばれるものだ。
「君は、そのスキルしか持っていないのかい?」
そんなことはないと思うが、サタンからは何も教わっていない。
あの時、オオムカデを消し飛ばした技とかもあるんだろうけど、
何もわからない。
「主の潜在能力はすさまじいものです。私はそんな主に惹かれ、
尽くすことを誓ったのです」
俺のスキル...。
ルクターシアに住む全種族は少なからず一つのスキルを所持している。
だが、俺のスキルは一体...
「さてと、そろそろ終わりにしようかね」
ベリアルが吹き飛ばされ、幹にめり込む。
有無を言わせぬ連撃と素早さで成す術もなく、
俺の目の前で剣は振り下ろされようとしている。
「やっと、分かったよ。俺のスキルが、なんだか」
「そのスキルでこの状況を打破できるのかい?ベン君」
「試してやる」
「せいぜい頑張りたまえ」
振り下ろされた刃を、右腕で防ぎ、骨を裂く。
「ぐあああああああ、こんなことで死ねない!俺には目標がある!」
ベンから溢れ出た光に距離をとるイルイダ。
「なんだ、このスキルは」
「俺のスキル、「存在証明」だ!」
眩しく辺りを照らし、ベリアルに光が差す。
メタモルフォーゼにより、スキル「無価値なもの」は、
「価値あるもの」へと変貌を遂げた。
「これは...こんなスキル見たことがないぞ!」
「存在証明」、無いものを有ることにする力。
意味を持たない者には意味を与え、価値無き者に、価値を与える。
腕無き者には、腕を与える。
彼の無くなっていた両腕は見る見るうちに再生する。
まるで怪我など無かったかのように。
「主、私は...セラフィムへと変貌を遂げました」
「ああ、よろしくな、セラフィム」
「ふははははは!!」
高笑いを始めるイルイダに唖然とする。
「私の負けでいい」
「はい?」
「まさか天使を仕えるとはな!あっぱれいった!」
「ベン殿、直々に君に依頼したい、国を共に救ってはくれないか」
彼は、溜息は吐き、頭を掻いた。
「分かった。俺も行くよ、イルイダ」
青年は、思い出した。
自らのスキルがどのようにして発現したのか。
幼き頃、亡くなった母を見て、無くなることが怖くなって。
有ればいいなと願った、その時から、彼はスキルを所持していた。
「バルツイン、お前はどうする?」
「師匠にはまだ全然練習付けてもらってないですからね!もちろん行きますよ!」
「ははは、人は多い程いいから異論はないぞ」
ルーデンツという国の危機を救う長い旅が始まる。
彼は、覚悟を決めた。
どれだけの苦難が待ち受けているかも知らずに。