嫌いだけど好き
圭に岡惚れして、しょっちゅう彼でヌいている戸田優理君、その彼女のボクの手首の包帯をみて、朝の開口一番、
「痛く無かったですか? 自傷は止めてください、重いですし。それとも、かまってちゃんですか?」
なんだって感じ、イマドキ瓶底眼鏡の優理のくせに、くせに、くせに……春花の立ち位置はいじめられっ子の昔のボクより下で、メンヘラ少女の最下位かな?
スクールカースト最下位って、とっておきの罰、お父さんから辱めを受けるボクへの、咎人へのとっておきの罰。
担任の前野も、勝負ヘタレの佐藤君も、副担の田畑先生も、そして優理も、みんな一枚目に見えない壁を作って接してくる。
いじめられっ子だったのボクはこう観察した、表情より仕草を、手の動きや所作を、膝の曲げ方重心の位置、ほんの少し、数ミリ? もっとしたらそれ以下の距離感や空気の色温度まで。
接する人がみんな事務的で冷たく感じる、腕を組んじゃって少し威圧的に、心のガードを上げて、手を前で結びもじもじさせるのはどう言葉にしたらいいか分かって無いんでしょ? 逆に後ろに隠して見せるのはいっていい言葉なのか迷ってるの? お膝を曲げて重心を後ろにしたのはボクの言葉に反応したから? ボクはみんなに迷惑をかけるつもりなんてコレぽっちもないのに、生きていて、すみませんでした、ボクがダメだから、間違っているから、春花が間違っていて、みんなはどう接していいのか分かっていないという、人が大嫌いな少女だってよっくわかったから、生まれてきてすみませんでした。
「よう、だいぶ派手にやったじゃん」
なんのこともなく、ちゃっかり生きている今日子じゃない、なんなの、死ぬ死ぬ詐欺?
「死ねばよかったのに」
セルビアのコソヴォ行っていた今日子が帰還していて、向こうで紛争巻き込まれなかったみたい、生きて帰ってこられたんだって、コツはツルナ・ゴーラ(モンテネグロ)から入れば安全ということらしい。
今日子は大事に育てられ、自分自身がいつも正しく、自分のことが大好きな女だ、今はそんな彼女が憎くて仕方がなかった。
「ん~そうかあ? オレもお前も生きているんだし、それでいいんじゃね、叔父さんなんか、地雷で吹っ飛ばされてとっくの昔に死んでたって、なんか複雑だよ、まあ姉貴とは、普通にあったかく出迎えてくれたし、オレにセルビアの血がミックスしててもそんなこと気にしないって、嘘でもそう言ってくれるならさ、セルビア人もアルバニアも個人レベルでは戦争が嫌いなんだ、オレだってそうさ」
その地雷はセルビア系住民が埋設したものらしい、またそのあたり一帯の地雷原のせいで、農地は耕作不能となっているって、まさに憎しみの象徴みたいな話、よくそんなところに行けるって、
「本当に……危険なところだったのね……」
「だろ? だから自分の意思で行ったのさ、責任は自分で取らねえとな、例え死んでも!」
『自分のルーツは知りたい』
そんなこと今日子言ってたな……
「でよ、コレ、コソボのお土産なんだけど……」
なんか怪しげな瓶をこっそり見せられる、
「ラキアっていうんだ、向こうで飲まされて超気にいっちゃってさあ、だから後でオレん家来て一緒に呑もうぜ!」
この娘本当に、本当に変わらないんだなあって、ボクがどんなに暗くて落ち込んで、汚れてしまっても、態度が変わらないんだなって、春花からしてみれば、凄い強くて、眩しいくらいだ。
「変なもので圭君を釣らないでくれないかな」
物凄く、とんでもなく、歩く不機嫌圭が、春花が、怒ったように後ろからラキアの瓶を今日子の鞄に押し込んだ、先生の眼にとまらないように。
「おはよ、圭………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………じゃねえな、春花か」
一瞬のことだから、ほんの些細な一言だから、ボクと今日子の会話の中だから、クラスのみんなは気付かなかっただろうけど、春花とボクには理解できた、というよりも一体どうやって?
ビリビリ痺れるような感覚が右腕に走ったの、
「痛った! な、なに」
思わず肩をすくめて、腕を後ろに引かれるままに、抵抗しないようにする、縫われた腱と、神経、それから血管と皮膚が痛むから。
「ほぇ~~~、リスカですねえ」
心愛が楽しそうにボクの腕を頬ずりしてくるのだ、なんだよ、この娘!
「心愛……今狙ってやってるだろ? 不思議少女ぶって、てめマジでメタボハマチだな、表裏ないのがある意味スゲーぜ」
ここでいうハマチの意味はぶりっ子の意味で、メタボの意味は脂の乗ったつまりブリブリのって、今日子って口悪い、この心愛と今日子が仲いいのが不思議だよ。
「お久しぶりですね、皆さま」
今日子から嫌味を言われても、全く動じない心愛ちゃんだった、確かにすごいスルー。
そんなお馬鹿な心愛なんか全く無視して。
「そんな自傷行為してさ、私の特別な何かにでもなったつもりなの? 自惚れないでよね」
あんまりな、ひどい言葉だった、家を出るまで逢いたくて仕方のない、体を交換し合った春花からこんなことを言われるなんて、これでもボク守ったんだよ? お父さんを撃退したし、お母さんとだって負けないようにって、やり方は最低かも知れないけど、そ、そんな言い方ないじゃないの、酷いよひどすぎるよ。
どしてか急に昨日のお父さんに抱きしめられた感覚が蘇ってきて、気が遠くなりながら、だからボクが必要なんだなって、春花にはボクをイジメさせることしかできないなら、それが彼女の愛情表現ていう事になるし、それを受け止めてあげることが彼女の為になるなら、それでいいのかなって、悪い夢見心地に、一気に目の前が真っ暗になった。
寝ぼけながら、東京湾の磯の匂いに、海藻の薫りに今は夢を見ているんだという自覚と、春花が憎い、憎い憎い憎い憎い憎い憎い、心をどす黒く塗りつぶし春花の首を絞める映像を天井から見ている。で、ハッとして目覚めれば体育館に居る、校長先生がなにかご挨拶をなさって居られて、身体もいつの間にか元通りに、その間の記憶が全く無い。
記憶が無いのは本当だけど、春花を殺したいほど憎いのもマジだけど、彼女とそれを共有できているのがとっても幸せだから、いくら憎くても、ボクには春花が居て、必要とされるならそれでいいじゃない。いくら憎くてもボクを必要としてくれるなら、彼女が好きなんだ、どうしようもなく。
春花の記憶にあった解離って、時々記憶が飛ぶってこういうことだったんだね、春花の横顔をチラッと見て、とある感情をボクは押し殺した、自分に言い聞かせた、彼女は可哀想な娘じゃない、ボクがそう思えば、春花は可哀想な娘になっちゃう、だから彼女は可哀想なんかじゃないんだって、言いきかせたの。
サイヤ人の国、バルカン半島です。
観光して見たいです。