春花は自分が嫌いな娘
夏だっていうのに、ガッチガチの補正ガードルを重ね着までして、ムチムチのストレートパンツにベルトをきりきりに絞めて鉄壁の防御!
死んだほうがマシって位の恐怖を味わえば、人が変わるように、ボクは春花の恐怖体験から心が解離して憑依能力に目覚め、お互いがお互いに憑依し合い、つまりは身体を交換し合い、春花はボクの家に、ボクは春花の家庭にそれぞれが帰ることになった、
だいじょーぶ、記憶も経験も、お互いに交換し合ってるし、お互いがお互いにそれぞれの役割を演じることくらいどうってことも無いって。
それを春花は嫌がるくせに反対しやしない、怖いからって行動しなくちゃ何も変えられないのにさ、黙っていたってなにも変えられないのは嫌じゃない?
春花ちゃんの記憶も意識も共有しても、行動するのはぼくで、未来は変えられると信じたい、良くなるようにって。
明日は春花の誕生日だっていうのに、お母さんの恵理子は食事とバースデーケーキをを残し、出かけてしまっている、相手はどうせバドミントンクラブの若い先生だろう、春花の記憶によれば……それをお父さんの安理は放って置いてる、そしておとなしく娘の春花と過ごすのだ。
そうだったんだ、春花って、学校では粋がってボクのこと率先していじめて、どんなに強い子なんだって思っていたけど、自分のことを犠牲にして、夫婦の問題の本質から眼を背けて、背けさせていたんだって。
「あしたは春花の誕生日だったな、本当は夏生まれのお前に春の字はどうかと、理恵子に言われたことがあったんだが、お父さんはやっぱり女の子なんだし、柔らかいイメージの春という所にやっぱり捨てきれないこだわりがあって……」
春花に憑依していると、やっぱりこういう出生の話をされると、家族なんだなって思うし、実際にそうなんだし、って春花もそう感じていたんだなって感じる。
そんな事感じながら、話を受け流して、
「お母さん、帰ってこないね」
全く何でこんな時に限って、鍋なの? しかもすき焼きなんだね、父娘でなんかしんどい気がする、お母さんの話し出したら、さっきまで饒舌だったのに、急に不機嫌になって、コンロに火を入れ始めるお父さんだ。
お父さんが割り下に肉から入れ始め、野菜を入れ、春花のつまり、今がボクの我が家では白滝じゃなく水で戻した春雨を入れようというとき、私は二人分の卵を割って、ハッとなった。
卵に、血が混じっていたから。
とっさに血の付いた方の卵を手で隠したけど、やっぱりそれをお父さんに見られてたんだろう、
「ビールを取ってくる……」
そう言ってめったに飲まないビールをそっと取りに行くお父さんだ。
卵はその後、台所でこっそりと卵焼きにして、冷蔵庫に仕舞った。
何だか気まずい、変な緊張感みたいな、いたたまれない空気の中、のどの奥に何かが詰まったみったく味のしないお肉とお野菜を詰め込んで、それを、お口を見られるのがなんだかとっても猥雑な感じがしたわ。
きっと春花は、こういう家族の時間と、夜の時間の差に怯えていたんだ、だってどんなに補正ガードルの重ね着でも、強がって鉄壁なんて言っていても怖いものは何も変わらないもの。
「春花……」
食事を済ませ、お風呂に入り、鉄壁の眠りの体勢のなか、耳もとにささやくお父さんの声がする。
混乱すると言えばそれまでだけれども、どうしてこんなことになったのか、それがわかっていれば……ううん、ほんとはわかってる、これは夫婦の問題だから、でもそんなこと子供にはわからない、というよりわかりたくもないし、だからじっと黙って、されているように黙っていればいいんだから、その方が楽だもん、かってに震え、身動きをとれない体で、必死に気持ち悪さを押し殺しているボクだ、嫌だけど、お父さんの侵入を無言で許してた、御布団の中で。
ついさっきまでお父さんと娘の関係だったのにどうして?
でもこのままじゃ春花が犯されるだけ、ここからはボクの戦いだ。