貸し切りの街
一年経つ前に投稿できたっ!私からの囁かなばれんたいん
空気が美味しい。ほこりの舞う室内にこもっていたからだろうか。どうやら都会にいるようなのに、昔、田舎に行ったときみたいな綺麗な空気の味がする。久しぶりに道路に降り立った私は、今まで閉じこもってきた事を全て忘れ去ってしまいそうになるほど気分がよくなっていた。
静けさはこれまた鳥の声の無い森のようだ。これで視界が開けていたのなら、解放感を肌一杯に感じる事も出来たのだろうか。まるで閉鎖されているかのような錯覚を覚える。それを差し引いても、これほど静かな、太陽に照らされた街を見ることは普通は出来ないだろう。かつては、まるでなにかに導かれてるみたいに、誰か1人はそこにいたからだ。
『変化』とは面白いものだ。変化しなければ何も面白くなんてならない。だから、私は困っている。「さて…まずは何にしようか…」と。
物語に仕上げる以上、目的は必須だ。素材がSFの中でもぶっ飛んでる状態なので、どーん!と世界観を汲み上げることは出来る。だけど、そこまでだ。見た感じ建物が綺麗すぎて、終末戦争的な、血湧き肉躍る何かがあった様子でもない。生活用品がやたらと発達しているところを見ると、生きるのが難しい状況になった訳でもなさそうだ。人が絶滅するような事になっても、より良い生活を求めるだろうか…?
実際のところ、分からない。終末の生き方は人それぞれだ。
気分は探偵。推理小説にしては、規模が甚大過ぎる気もするのだけれど、なにか隠されているみたいで、私はそう思ってみることにする。これをタイトルに起こすなら…『人類消滅事件』とか?
うん。多分小学生でも読みたがらないだろうな。『この本がつまらない』の年間大賞を狙えそうなタイトルだと思う。
これでは企画倒れもいいところだ。終末戦争みたいな何かが起きてると期待していたのに…。
終末戦争後の地球の話は、SFの定番と言えば定番。なんやかんや脱出した一部の人達が、壊滅した地球に戻ってきて謎クリーチャーと戦う…しかしそれは主人公達と同じ人間だった…みたいな。じゃあ今の環境をそんな感じの終末もののテンプレに当てはめてみよう。果たして私は怪物見ただろうか?空は雲ひとつない晴天、鉤爪の跡のない美しいビルディング。
ノイズ、煙、鉄と油の匂い。そんな不純物どころかもはや体に良さそうな綺麗な空気。
簡単に纏めさせてもらおう。『あまりにも快適過ぎる。』のだ。日常物から登場人物を消し去って何が残る?決まっている。背景以外何も残らない。時間が止まったのと何も変わらない。この止まった世界を動かす歯車の欠片だけでも見つからないものかと悩みながら、ノートパソコンを小脇に抱えて歩き続ける。さて、もしも見たことも無い世界に投げ出された時、その世界を理解するために最も有効な物は何か。見たことの無い世界と言うとおかしいような気もするけれど、進み過ぎた科学は魔法と見分けがつかないのと同様、進み過ぎた文化はもはや異世界に来たのと変わらない。そんな異文化に触れた時、必然的に知る必要が出てくるのは歴史だ。歴史上においては、その場では小さな出来事だったとしてもそれはその後に大きく影響する事がある。それを見つけるのだ。
大きな傷跡を探すのを諦めて、地道な探索に切り替える。それにしても、この街は歩きずらい。地図一つ、道路標識一つ無いのだ。これらが必要でなくなるほどの何か素晴らしい技術でもあったのだろうか。複数重なった電線の影の下、私は本を求めてさまよい歩くのだった。
『幸せとは何か。ジャーナリスト…が語る新たな切り口の思考』『日々の生活に満足する。著…』…息も絶え絶え本屋を見つけた甲斐があったかもしれない。これは凄い発見だ。これが現実ならば、絶滅寸前まで追い込まれても、人々はのんきにもエッセイ本を出版していたらしいという事になる。しかし、私が気になっていた出版の日時は何故かどの本にも書かれてはいなかった。やはり、私が常識だと思っていたものはあんまり役に立たなそうだ。これが積み重ねられた時間との距離とでもいうものなのか。当初の予想通り、何も知らない異世界に迷い込んだのと大差は無いみたいだ。唯一救われたのは、字が読めるものだった事くらいかな?しかし、地球に全く似た異世界という線も捨てられない。その場合、この言葉の翻訳作業から始めなくてはならない。例えば、リンゴが消しゴムを指していたとしたら、目も当てられない。私はリンゴによって字を消す種族の物語を書かなればいけなくなる。それは杞憂に終わった。目的地の一つだった観光関連のコーナーには、当たり前に世界地図があったからだ。地形とはそう簡単に変わらないものである。それを信じて目を通していく。大地は長い時間をかけて地球儀のような配置に変化したという話を誰かから聞いた覚えがある為、どれだけの時間が過ぎたか分からない今の地形がどうなっているかは不明だったが、この地図によれば、この世界は私の知っている大陸があり、国があり、文化があったようだ。地形は、私が知っている世界地図と差もほぼない。浮遊大陸が顕現していたり、幻の海底都市が浮上していたり、超大陸パンゲアが復活を果たしていたりという事も無かったようだ。宣伝文句も広告過去も普通だった。だとすると、言語や常識はある程度は通用する…と。なら、宗教の勢力図とかは…?はは…うっすら覚えてる…私が学校で習ったのとほとんど変わんないや。
信仰された神はいつまでも健在だったようだ。いや、危うくなったからこそ信仰は保たれたのだろうか。気になる事は増えるばかりだ。もっと、もっと知らなければ。知識欲のままに立ち読み、移動を繰り返す。お掃除ロボットに護られていた店内は埃一つなく清潔だ。本棚の本も綺麗な状態で、まさに新刊といった感じである。BGMのない店内は違和感があったが、それでも、本に熱中していた私はあまり気になるようなことは無かった。
結局の所、収穫はなし。何処にも人が居なくなった原因となったであろう話は見つからなかった。本当は持ち帰ってもっと快適な環境で読みたいのだけど…AIが相当進化してそうな警備ロボットがそれを許してくれそうに無かった。私は、惜しみつつも店から出た。「またのお越しを」綺麗な女性の声が自動ドアを開けた時にどこかから聞こえた。久しぶりに聞いた人の声だった。でも、それが人間の声でない事も心では分かっていた。「また来るよ」と久しぶりに出した自分の声は少しだけかすれていた。
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…行方不明?なんで?どうして見失っちゃったの?早く見つかるといいな。寂しい思いはさせたくないよ。可哀想だ。ねえ、なんで見つからないの?
見つかった?良かった!会いに行かなきゃ。
________end
楽しい時間ってなんでこんなにも早く過ぎるんだろう。外はいつの間にか夕方になっていた。時間は無限といえど…感じ方は変わらないな…。そういえば不死でも風邪ってひくのかな…?なんてことを考えてみる。オフィスから糸でも転がしてくるべきだったなぁ…今日はどこで寝ようかな。私はまたふらふらと歩き始めるのだった。