少年、街に来たる。
誰か読んで。
――その街には鬼女がいる――そんな古びた迷信を信じる奴なんてもういないだろう。自分の眼に映ったモノしか信じない奴は一度、その街に行ってみるしかないだろう。きっと眼を疑うことが一杯あるさ。
黒板には白い字で御園京夜と書かれた。
「今日から皆のお友達になる御園京夜君でーす」
京夜は担任教師となる前山昇流をちらっと見る。金髪の一部分をゴムで結わき、だらだらと着た白衣からはこれまただらしなくTシャツを着ている。
「小学生じゃあるまいし……」
笑いが起こる。
京夜は5月上旬に、この風見高校に転校してきた。
「京ちゃんはお父さんの仕事の都合で東京から引っ越して来たんだって」
「はい。慣れないことも多いですが、宜しくお願いします」
京夜が頭を下げると、拍手が起こった。
「京ちゃんは一番後ろの空いてる席に座って。ホームルームを始めます」
京夜は席に座ると、一息ついた。
「俺平岡清夢。宜しくな。困ったことがあったら何でも言えよ」
斜め前の席の男子生徒が振り向いた。
「うん、宜しくね」
その時京夜はその名前を呼ぶことになるとは思っていなかった。
「平岡くーん!」
京夜は帰ろうと校舎を出た時、不良に捕まってしまった。今彼らは体育館裏にいる。不良の親玉は京夜を羽交い締めしている。
「平岡がどうしたって?」
「それより、誰か来る前に金もらってきましょうよ」
「ちょっ、やめてくださいよ」
不良の子分の一人が京夜のポケット、もう一人が鞄に手を入れたその時――。
「とぅっ!」
一つの影が体育館の上から降りてくる。それは少女だった。彼女は京夜の後部にいた不良の顔を思い切り蹴った。不良が腕を離すと同時に、京夜も後ろに倒れた。不良の親玉が態勢を整える前に京夜は脇目も振らずに逃げ出した。体育館の陰に隠れると、少女を見守る。彼女は茶色いポニーテールを揺らし、子分の拳を避け、腹に蹴りを入れる。もう一人のが飛びかかるがそれも避けられてしまう。親玉まで乱入し、京夜は見ていられなくなった。
「僕のことはいいから逃げて……」
少女と不良達が戦う音が暫く続き――。
十数分後。不良達の間の抜けた声が聞こえた。
「終わったよ~」
気づくと後ろから少女に話しかけられた。
「あいつら、この学校じゃ有名な不良なんだ。気をつけて、京夜君」
「何で僕の名前を?」
「君と同じクラスだよ?私、藤原公佳。宜しくね!」
「すごいね、藤原さんは」
「うん、足業は得意なんだ」
助けてくれた礼に、公佳に奢ることにした京夜は、公佳に風見市を案内してもらった。
「どう?田舎でしょ?」
京夜は辺りを見回す。大通りにはひっきりなしに自動車やバイクが行き交う。高低様々なビルが聳え立ち、大きな広告も見られた。信号の音もそこらで聞こえる。よく整備された歩道には、街路樹が並ぶ。
「あんまり東京と変わらないかなぁ」
「へぇーそうなんだ。意外」
二人はソフトクリームの美味しいコンビニに入った。京夜がソフトクリームを頼んでいる間、公佳は雑誌を物色していた。
「見て見て!宮田鈴音が表紙だよ!」
「うわっ!?藤原さんこんなの読むの?」
公佳が見せたのは成人男性向けの雑誌であり、女子高生が読むものではない。表紙にはショートヘアーの女性が写っていた。
「この子なら知ってる。宮田鈴でしょ」
宮田鈴音は今一番売れている女性歌手だ。可愛らしい外見と、甘美な歌声が印象的。数ヶ月前、ロック歌手の瀬谷燕次と熱愛報道されていた。
「良い体よね!」
「う、うん?」
「でも何でこの子、いつも首輪してるんだろう」
鈴音は歌手活動をしている際も、大きな首輪を着けている。
「キャラづくりかなぁ……」
ソフトクリームを食べ終えた二人は、コンビニを後にし、閑静な住宅街を歩いていた。公佳が突然訊いた。
「風見の鬼女伝説って知ってる?」
京夜は首を横に振った。それを見て公佳は嬉しそうに話し始めた。風見市には大昔から鬼女がいると言われていた。彼女は美しい顔を持ち、美しい声をしていた。清楚で、すぐに壊れてしまいそうな見た目とは裏腹に、強靭な四肢を持っていた。銀色の髪を自由自在に操ることができるとも言われていた。彼女の額には角がある。そして、その血肉を喰らった者は望んだ力を手に入れることができるそうだ。
「鬼女……?」
「大丈夫?顔色悪いよ?」
公佳に言われて京夜は自分が青ざめていることを初めて知った。
「それより、藤原さんは脚大丈夫?」
公佳はさっきから右脚を引きずるように歩いている。
「慣れてるから。ってか、その鬼女が8年前に目撃されたらしいの」
「8年前って鈴音がデビューした年と重なるよね」
「首輪と関係あるのかな?」
公佳の額に汗が滲む。
「どこかで休もうよ、藤原さん辛そうだよ」
公佳は薄ら笑う。無理をしているようにしか見えない。
「近くに知り合いが住んでるから。そこで休ませてもらう。ご免、一人で帰れる?」
この辺は京夜の家に近い。京夜は公佳に別れを告げ、家を目指す。
「また学校でね!助けてくれて有り難う!」
「私こそソフトクリーム有り難う!」
公佳は脚を擦った。
家路を急ぐ京夜を一つの影が見ていた――。
毎日が退屈です。非日常を求めています。ってか誰か読んで、マジで。それより巨大プリン食べたい。