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幕末香霊伝 吉田松陰の日本維新  作者: ロロサエ
アヘン戦争台湾編
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アモイ攻略

 1841年8月、外交官チャールズ・エリオットの後任であるヘンリー・ポッティンジャーは、福建省の廈門アモイを攻めた。

 

 エリオットは、前年のうちに首都北京に程近い天津にまで攻め入っている。

 アヘン問題もイギリスとのいざこざも、遠い広州での出来事と思っていた道光帝は、天津に現れたイギリスの軍艦に大いに慌て、交渉をもって事態の打開を図ろうとした。

 強硬派の林則徐を罷免し、新疆イリへと左遷した。

 後任には和平派の琦善きぜんを任命し、交渉に当たらせた。

 そして1841年1月、エリオットと琦善の間で、広州にて川鼻条約が結ばれる事になった。


 この条約により香港がイギリスに割譲され、賠償金、広東での貿易再開等が決まった。

 それに満足したエリオットは広州より軍を撤収したのだが、イギリス軍が去るや、清の宮廷内では強硬論が再び強まり、道光帝は条約の正式な締結を拒否、琦善を罷免し、北京に呼び戻してしまう。

 一方のエリオットも、清朝に対する弱腰姿勢がイギリス議会で批難され、全権大使を罷免させられてしまう。

 自由貿易を求めるイギリス議会は、積極的な武力行使を主張するポッティンジャーを後任とし、清朝への対応を当たらせた。

 

 そして始まったアモイ攻略戦である。

 福建省にあるアモイは、ちょうど台湾の向かい側に位置する。

 台湾への移住者の多い漳州、泉州に挟まれた、湾岸部の都市である。

 アヘン戦争より以前、この地には海関が置かれ、海上貿易の拠点として運用されていた。

 そこでは、清朝に認められた一部の貿易商人のみが外国人と商売を行う、公行制度と呼ばれる制限貿易が行われていた。

 その海関が置かれていたのが広東、廈門、寧波ニンポーの三港である。

 イギリスとしては、この公行制度を廃止する様、清朝に圧力をかける目的でのアモイ攻略だった。


 広東は、清朝による川鼻条約の合意破棄後、怒ったエリオットによる武力行使の寸前に、拝上帝会なる宗教組織によって占拠され、太平天国なる独立国家が誕生していた。

 キリスト教の信仰を掲げる太平天国の建国に、本国の決定でその任を解かれた事を知らない彼は大層驚き、その頭領である洪秀全との交渉を試みた。

 川鼻条約において合意された香港の割譲はそのままに、議会制民主主義を標榜するという洪に彼は大いに喜び、友好を図ると共に今後の自由貿易を期待した。


 暫くしてエリオットの下に、本国から派遣されてきた一人の男が現れる。

 傲慢さを言葉の端々に滲ませるその男は、薄ら笑いを浮かべて一通の手紙を見せてきた。

 それは、議会で決定された自らの罷免状であった。

 その命令書に落胆し、帰国を余儀なくされたエリオットであったが、太平天国の事を考えると後ろ髪を引かれる思いであった。

 新任の男は、自由貿易こそ本国の意向だと言う。

 ならばと、広東に興った独立国を重視する必要性を根気強く説き続け、どうにかこうにか納得させる事に成功した。

 満足のいく結果を残せた訳ではないが、やれる事はやったと思いながら、エリオットは帰国していった。

 

 そして8月、ポッティンジャー率いるイギリス軍はアモイ沖の海上にいた。



 

 「一方的でござるな……」


 亦介が険しい顔で呟いた。

 イギリス軍の強さに衝撃を受けると同時に、清軍に対する同情心も芽生えていた。


 彼の眼前では、東インド会社が所有する、武装汽船「ネメシス号」他3隻の32ポンド旋回砲が火を噴き、清国のジャンク船を次々と沈めている。

 話にならなかったとはいえ、直接刃を交えた相手が、こうも一方的にやられていく光景には、かすかな胸の痛みを覚えた。 

 西洋人とは違い、見た目には同じ者達である事も関係していよう。 

 それに、亦介は元々兵学指南役である。

 孫子の兵法は元より、論語や朱子学など、中国から伝わった書籍を、幼い頃から熱心に学んで育ってきている。

 そんな、いわば教師役とも言える様な大国が、義の無い戦を仕掛けてきた異人の集団に、為す術も無く撃破されていくだけの景色は、強い憤りと無力感、自国への危機感を惹起させるモノであった。

 

 「あれが蒸気船か!」

 「風も無いのに動く事が出来るのか?!」 

 「大砲も固定されておらん!」


 イギリスの最新技術が詰まった汽船には、興奮を隠せない者も多い。

 風の止まった海上では、エドワードの船を始め、多くの船の足が止まっている。

 そんな中、まるで火事を起こしているかの様な煙を吐き出している蒸気船だけが、縦横無尽に波を掻き分け、その身に備えた大砲を炸裂させていた。


 「ネメシス号」の旋回砲は、船の前と後ろに砲を備えているので、真正面の敵にも、真後ろの敵にも砲撃を加える事が出来る。 

 それに、旋回砲というだけあって、砲の向きを変える事が可能である。

 風を必要としない蒸気機関と、方向を変えられる旋回砲によって、帆船の様な複雑な船舵技術を必要とせず、敵をいつでも狙える様になったのだった。



 

 「先生、蒸気って、ヤカンの湯気の、あれですよね? あんなモノであんな大きな船が動くのですか?」


 帯刀があどけない顔で、なかなかに厄介な質問をした。

 松陰はどう答えるかを考え、現物があった方がいいだろうと、船にあった道具を借りて実演を試みた。

 ヤカンを沸かす道具は暖を取る為のストーブで、燃料は石炭である。

 何が始まるのだと、エドワードらも興味深げに松陰の周りを囲んだ。

 そんな中、石炭に火をつけ、ヤカンでお湯を沸かしていく。


 「はい、ヤカンの湯が沸きました。そしてここに風車があります。蓋を取って、その湯気に風車を当てても回りません。」


 口から吐く息でも回る風車が、蓋を外したヤカンの湯気ではうんともすんとも言わず、微動だにしない。

 それを皆に確認してもらい、今度はヤカンに蓋をした。

 暫くすると、湯気の勢いが増した。

 松陰が風車を湯気に当てる。

 先程は微動だにしなかった風車が、ゆっくりとではあったが、回り始めた。


 「回りはしましたが、非常にゆっくりです。これでは何にも使えません。ですので、注ぎ口にも栓をし、火を大きくします。」


 そう言うなり松陰は、注ぎ口にも栓をし、風を送る事で火を大きくした。

 送風の労働力は梅太郎らである。

 石炭が真っ赤に燃え上がり、完全には密閉出来ていないヤカンの所々から、激しく湯気が吹き始めた。


 「では、そろそろいいでしょうか。皆さんよく見ていて下さいね。湯気は火傷する恐れがありますので、近づき過ぎないで下さい。」


 言うなり松陰は注ぎ口の栓を取った。

 途端、猛烈な湯気が音を立てて立ち昇り、勢い良く風車の羽を回す。

 その勢いは激しく、風車が壊れてしまうのでは、と心配する程だった。

 皆、呆気に取られてそれを見つめている。

 風車は暫く回り続けたが、湯気の勢いも治まったのか、元の様なゆっくりとした回転となった。


 「以上が蒸気機関の基本的な原理です。あの蒸気船は、ピストンというカラクリに蒸気を当てる事によって軸の回転運動を取り出し、外輪を動かして進むのです。」


 そう言って、梅太郎に描いてもらった蒸気船の模式図と、儀右衛門に作ってもらった模型を皆に見てもらった。

 石炭を燃やした炎が水を沸かし、蒸気となり、別室のピストンを押す。

 往復運動をするだけのピストンは軸を回転させ、それを取り出せば外輪を回す力となるのである。


 それを見たエドワードらはたまげた。

 ヨーロッパでも最新の機構であるはずの蒸気船が、あろうことか世界の隅っこの未開な東洋人の少年によって、あえなく丸裸にされてしまったのだ。

 肝を潰して驚いたとしても不思議は無い。 


 皆の驚いている顔に満足した松陰。

 しかし、松陰は意図的に、ある事を隠していた。

 日本で目指すのは、ピストンで回転する力を取り出す外輪船ではなく、それよりも更に新しい、蒸気タービンを使ったプロペラで進む蒸気船という事である。

 外輪船は外輪そのものが重く、効率的とは言えない。

 資源が不足しがちな日本では、高効率高性能を目指すしかないのだ。

 戦の行われている中、随分と呑気な一行であるが、船団の後方に位置するエドワードらには、緊迫感までは伝わっていない。


 「蒸気機関という最新式の船に加え、この陣容。西洋の力、計り知れん……」

 「全くだねぇ。こんなのに江戸に来られでもしたら、江戸の街は干上がっちまうねぇ。」


 忠震のセリフに海舟が応えた。

 海舟は普段と同じく軽い調子であったが、その顔は誤魔化し様も無く強張っていた。

 イギリス側は巨大な軍艦を多数揃え、多くの輸送船を伴い、武器弾薬をいつでも補充出来る様にしている。

 輸送船には兵士も乗り込み、海上だけではなく陸上での戦闘にも対応出来る。 

 その様な戦力を持った船団が、アモイの街の沖合いに陣取っているのだ。


 海舟や忠震らが、眼前のアモイの街と、故郷である江戸の街とを重ねない訳が無い。 

 もしもこの様な船団が江戸湾に集結したならば、江戸への物資の輸送はたちまち滞り、江戸の街は物資の欠乏に至るだろう。

 それが容易に想像された。

 そして、清朝と同じく幕府にも、その状況を打破出来る能力はない。

 

 幕府の手元にある大砲は、今も時折思い出した様に撃ち返す清軍の大砲と同じだ。

 相手からは弾が届くけれども、こちらの弾は相手に届かず、ただ空しく落下するに違いないであろう性能しかない。

 そして、風が無くとも動ける蒸気船に、清のジャンク船同様、手も足も出ずに無残な敗北を喫する事になろう。

 それを考えれば、アモイの街に待つ運命が、今は平和を享受している様に見える江戸の街と、図らずも重なって見えてしまうのだった。

  

 いつの間にか海上の戦闘は終わり、舞台を陸上へと移していた。

 船で待機していた兵士達は小船に乗り移り、続々と上陸していく。

 隊列を整え、進軍を開始した。

 イギリス軍の兵士が清兵と激突し、蹴散らしてゆく。

 この様子は絵画が伝える所である。


 そして、イギリス軍の圧勝のうちにアモイは墜ちた。

 



 「義のない戦でこの圧勝……。これが天の意というのでごわすか?」


 隆盛が嘆息して呟いた。

 それは、この戦を見ていた者の総意であろう。


 「イギリスの名誉の為に言っておけば、“議会”では僅差で軍事力の派遣が決まっております。それはつまり、僅差で戦とはならなかったかもしれなかった、と言う事です。」 


 議会については、松陰は既に説明してあった。

 幕府や藩でも、評定という形で会議はあるので、説明はしやすい。

 投票については理解がされにくかったが、国の方針が世間の意見に左右されうるという事で、納得してもらっていた。 


 「もし、清朝の者が、イギリス本国でその思う所を存分に述べていたらどうなっていたでしょう? 正義を語り、戦をしない場合の利と益を計り、あるべき未来をイギリスの民に指し示していれば、議会を動かす事も可能ではなかったのでしょうか?」


 民百姓の意見に政治が動かされるという状況が想像出来なかった海舟らであった。


 「民百姓には、天の意は理解出来ないとお思いですか? 古来より、天の時、地の利、人の和がそろって初めて戦略が成ると申します。元は兵法の教えですが、戦にだけ言える事ですか? まつりごとにも言える事ではないですか? 清朝は、天の時を読み取りましたか? 地の利を活かしましたか? 人の和がございましたか? 台湾では民が蜂起しましたのに。」


 誰も口を挟まない。


 「イギリスの大砲をご覧になりましたよね? 一隻の船で、やり様によっては百の船にも勝てるのではありませんか? 風の無い中動き、相手の射程外から大砲を打ち込めば、難なく勝てるのでは?

 天の意、地の利、人の和があった所で、圧倒的な技術、力の前には、蟷螂の斧の如く、対抗し得ないのでは?」


 艦隊での決戦は、もはや武士の戦いではない。

 そう感じていた者らに、反論出来る筈もなかった。


 「アヘン戦争は、イギリスがアヘンを売る為に、自国の製品を自由に売る為に起こした戦です。清朝にそれを阻止する力が無かったのは、皆様見ての通りです。では、我が日の本にその力はございますか?」


 松陰の舌鋒は止む事なく続いた。

アイルランド近衛兵が清兵を蹴散らす絵画があります。

いいんですかね、清兵は、アレで……。

兵装は、アレはアレで意味があったのでしょうが、何と言うか、ピエロに見えてしまいます。

指揮官らしき者は助命を請うているし、ネックハンギングツリーをされてる兵もいます。

これでは、勝てる訳ありませんね……。

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