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幕末香霊伝 吉田松陰の日本維新  作者: ロロサエ
アヘン戦争台湾編
93/239

転生者同士の会談

 「アイヤー! 驚いたアル! まさか他にも、私と同じ境遇の人、いたアルか!」


 二人きりとなり、洪秀全が叫んだ。

 謁見の時間はとうに終わり、場所は洪の執務室に移っている。 


 「洪さんって日本人だったんですか?」

 「違うアル! 中国人アルヨ!」

 「日本語はどうして?」

 「勉強で日本、居たネ!」


 どうやら留学で日本に滞在していたらしい。

 それは良いのだが、気になっていた事を松陰は尋ねた。


 「サイババのあれって、手品ですよね?」

 「ばれてるアルか! そうアル! この時代の人たち、まるで疑わないアルヨ! 神の子の奇跡、なってるアル! 秘密、ヨ!」


 全く悪びれる様子も無く、洪は素直に白状した。

 それだけ松陰を信用しているのか、今更誤魔化した所で意味が無いと思ってなのか、どうにも松陰には判断がつかない。

 仕方が無いので、細かい事を聞いてみた。 


 「どうして語尾がアルなんですか?」

 「アイヤー! 参ったアル! 日本語、話す時の癖ネ! これつけてると、日本人喜ぶアルヨ。中国人、ステレオタイプ、ネ! でも、これ、便利ヨ! これつけただけで、日本人笑うネ! 私、人、喜ぶ顔、大好きヨ!」


 嬉々とした顔で洪は言った。

 初めの発言から一貫しているし、その顔に裏があるとは感じない。

 ちょっと騒がしいが、どうやら悪い人間ではなさそうだと松陰は思った。

 今度は洪が尋ねる。 


 「アナタ、元々、日本人? どうして今、台湾にいる? 日本、今、海禁中ネ!」

 「昔も今も日本人ですよ。台湾にいる理由は、一言では言えませんね。強いて言えば、私の目的を果たす為、でしょうか。洪さんも、何か事情があって、今のこの時期に太平天国を作ったのでしょう? 本来ならもっと後のはずですよね? お互い、目的は違うでしょうが、仲良くやりませんか?」


 悪い人間では無いと思うが、余り詳しい事は言わないでおこうと松陰は感じた。

 同じ境遇にある者同士とはいえ、何から何まで話す必要はないであろうし、話すべきでも無い気がした。

 もし、互いの目的が衝突する場合、最悪なら敵対する可能性もある。

 日本と広東では遠すぎて、意図しなければ交流も図れないだろうが、時代は既に蒸気船が登場している。

 思いもしない所で利益がぶつかるかもしれない。

 なので松陰は、お互い相手の事情に深入りしないでおきませんか、という意味を込めて、洪に伝えたのだ。

 

 「よく知ってるアルな! 本来なら10年早いアルヨ! 私、大きい事、やりたかったアル!」


 残念ながら、松陰の想いは届かなかった。

 それどころか、聞いて聞いてと言っている風に見えた。

 溜息が出そうになりながらも、松陰は仕方なく尋ねた。


 「大きい事って何ですか?」


 洪は松陰の質問に、待ってましたとばかり喋りだした。


 「中国4000年の歴史で、誰もやった事無い、でっかい事アルヨ!」

 「皇帝になる事ですか?」


 でっかい事と言い、国を作った今となっては、それくらいしか松陰には思いつかなかった。 

 洪はそれを聞き、ニヤリとした。

 フフン、とでも言うかの様に鼻で笑い、言った。


 「秦の始皇帝から今の皇帝まで、合計、何人いたアルか? 皇帝なんてちっちゃい事アル!」


 スケールの小さな男アルな、と洪に言われている様で、松陰はついイラッとした。

 それを理性で押さえつけ、重ねて問うた。


 「では何です?」 


 ぶっきらぼうにも聞こえる松陰の言葉に対し、洪はとっておきの手品を披露する時の様な得意げな顔で、高らかに宣言した。


 「法治の国、民主国家アルヨ!」

 「え?!」


 松陰は呆気に取られ、洪を見つめた。

 その顔は、冗談を言っている風には見えなかった。

 聞き間違いではない事を確認する為に、聞く。 


 「ほうちって、法律に従って政治をするっていう事ですか?」

 「そうアル!」

 「民主国家って、日本みたいな、あの?」

 「その通りアル! 共産党は、私の敵ネ!」


 洪は吐き捨てる様に言い切った。

 得意げであった先程とは打って変わり、顔は真剣そのもの。

 どうやら冗談ではないらしい。 


 「どういう事ですか?」


 松陰は聞き返した。

 饒舌だった洪の口はその陰を潜め、顔は暗い。

 打ち沈んだまま、暫く考え込む様に押し黙る。

 松陰が注視する中、ようやく口を開いた。


 「私の親友、天安門で戦車に轢き殺されたネ……」 

 



 1989年6月、民主化を求めて北京の天安門に集まった、一般人や学生らのデモ隊に対し、共産党政府は戒厳令を敷き、武力で鎮圧した。

 人民解放軍は一般市民に対し、無差別に実弾を発砲し、装甲車や戦車で轢き殺したのだ。

 この時の正確な犠牲者数は、今もなお明らかとなっていない。

 その後、共産党政府は抗議者や関係者を続々と逮捕し、外国メディアを国外に退去させ、国内にも報道管制を敷いた。

 事件当時、外国メディアは中国内にいた為、人民解放軍による市民の虐殺は海外へ中継され、世界中から中華人民共和国へ批難の声が集まった。



 

 洪はポツリポツリと話し始めた。

 あの時、用事で故郷へと帰っており、デモに参加出来なかった。

 胸騒ぎに居ても立ってもいられない中、友人からの電話で、参加していた親友の死を知った。

 親を撃たれ、その傍で泣き叫ぶ子供がいたらしい。

 子供がいるにも拘らず、戦車は止まらなかったらしい。

 その子を助けようとした親友は、まず銃で撃たれたらしい。

 それでも止まる事なく子供へと走りより、抱きかかえ、逃げようとしたその瞬間、子供もろとも戦車に押しつぶされ、死んでしまったらしい。 

 

 親友は正義感が強く、優しい上に頭も良かった。

 こういう男こそ政治家になるべきだと、普段はてんでバラバラで一致しない仲間が、この時ばかりは大いに賛成した。

 民主化したら、真っ先に立候補しろと誰もが勧める様な男であった。

 そんな親友が、あろうことか戦車で轢き殺される?

 我々が何か悪い事でもしたのか?

 民主化を求めてデモをしただけなのに!

 警護隊と小競り合いを起こす者らもいたらしいが、親友がいる所でそんな事を起こさせる筈が無い!

 それに、武器を持たない市民程度、容易く無力化出来なくて何の軍隊だ!   

 

 その後の共産党は何をした?

 抗議の主だった者達を逮捕し、秘密裏に殺していったのだ!

 政府に拘束され、そのまま行方不明になった者がどれだけいる事か!

 そして国内で情報を規制し、事件そのものを無かった事にしてしまったのだ!

 今では、天安門事件の事を知らない子供達もいる!

 共産党は、親友の死を、無かった事にしたのだ!


 洪は、唇をかみ締め、感情を抑制して喋っていたが、抑え切れない思いがあるのか、時々激しい口調になった。

 松陰は何も言えず、黙って聞く事しか出来なかった。

 平和な日本で暮らしていた自分に、語れる言葉はない。

 今は、それ以上に血生臭い時代に生まれてきたし、戦の場にも居たとはいえ、一方的な虐殺など見た事は無い。

 薩摩藩士の戦いぶりは一方的だった気もしたが、数の上では劣勢であったし、武装の上では五分と五分な筈なので、意味が違うだろう。


 「それで、民主国家を作りたい訳ですか……」


 松陰は、なおも若干興奮の残っている洪に聞いた。  


 「共産党への恨み、それだけじゃないアルが、まあ、そうアルヨ。」 

 「な、なる程!」


 これ以上何があると言うのか?!

 松陰は聞くのが恐ろしくなり、慌てて相槌を打って深入りは避けた。

 洪も、怒りを重ねる事に躊躇があるのか、それ以上の言及は止めた。


 双方に沈黙が漂う。

 元来が明るい性格である洪は、居心地が悪くなったのか、咳払いをして話題を変えた。


 「景気、悪いアルな! 美味しい物食べて、元気出すヨ! お腹、減ってないアルか?」

 「そうですね、減りました! そういえば、街で焼き餃子、麻婆豆腐、天津飯を食べましたよ。あれって洪さんでしょ?」

 「知ってるアルか! そうアル! 日本の料理、ここの人、誰も知らないネ! 食べたなら、違うモノ、持って来させるネ! 多いと夜食べれない、飲茶ヤムチャにするヨ!」


 そう言って、洪は人を呼びつけ、飲茶を持って来させた。

 本場広東の飲茶は大変美味しく、松陰は舌鼓を打って満喫した。


 「美味しいモノ食べる、元気、出るネ!」

 「そうですね。医食同源、腹が減っては戦は出来ぬ、ですね。」

 「アイヤー、思い出すアルな! 日本、美味しいモノ、多かったアル! 寿司、シャブシャブ、焼肉、だれも美味しかったアル!」

 「思い出させないで下さいよ!」


 堪らず松陰が抗議の声を上げた。

 寿司は今でもいけるのだが、冷凍冷蔵の技術が無いので、近海で獲れた魚しかネタが無い。

 痛みやすいマグロのトロは、猫も食わずにまたいで歩くと言われていた時代である。

 松陰の抗議に構わず、洪は続けた。


 「ラーメンも美味かったアルな!」

 「ラーメンですか! くぅぅ、食べたいなぁ!! スープはいいとして、ラーメンの麺にはカンスイが必要ですからねぇ。」

 「カンスイ、アルヨ! 何種類か、麺、使っているアル!」

 「本当ですか?! ラーメン、作れるじゃないですか!」

 「スープが難しいアル! ラーメン、知らないネ……」

 「是非協力させて下さい!」

 

 二人は意気投合した。

 豚骨、醤油、味噌、塩について喧々諤々の議論を展開し、スープの材料について話し合った。

 トッピングではチャーシュー、メンマ、ネギ、ワカメは外せないと結論が出た。


 「今日はいい日アル!」

 「非常に建設的な議論が出来ましたね!」


 二人は満足げに頷きあった。

 疲労感さえ心地よい。

 そこで、ふと思い出したと言う風に、洪がポツリとこぼした。


 「後は、カレー、アルな!」

 「うぉ?!」 

 

 不意打ちを喰らって松陰は思わず呻いた。

 無意識のうちに考えない様にしていた、愛しいカレーの名が洪の口から出され、松陰を直撃した。

 エドワードの船での悲惨な体験が脳裏に蘇る。

 思い出すだに恐ろしい悪夢もあった。

 そして、自分の為に贖罪に明け暮れている筈の、カレーの妖精さんの姿がはっきりと目に浮かんだ。

 気づけば、大粒の涙が頬を伝っており、床にシミを作っている。

 洪はそれを黙って見つめていた。

 慌てて松陰は涙を拭い、作り笑いを浮かべて言い訳した。


 「すみません。つい思い出してしまいました……」


 そんな松陰を洪は暫く見守り、ややあって言った。


 「まさか、アナタの目的、カレー、アルか?」


 自分の思いを正確に言い当てられ、松陰は少なからず動揺した。

 それは、答えを自ら吐露している様なものだった。

 観念した様に、松陰は前世からの事を話し始めた……




 「アナタ、私以上に業が深いアルね……」

 「業、ですか?」

 「そうアル。私の業、恨みつらみネ。単純ヨ。でも、アナタ、善悪を超えてる、気がするヨ。」


 洪は言葉を選びながら、続けた。


 「私、こう、思うアル。私達、神様に選ばれた、ネ。」 

 「え? 神様?」


 不穏な単語を口にした洪に、松陰は思わず聞き返した。

 洪は説明する。

 

 「そう、神様ネ。でないと、こんな事、有り得ないアルヨ。神様、私達に、二度目の命、くれたネ。でもこれ、プレゼント、違うヨ。」

 「どういう事ですか?」

 「確証、無いアル。でも、そんな気がする、アル。」

 「何か心当たりでも?」


 松陰にそう聞かれ、洪はやや間をあけ、喋り始めた。


 「私、本業、手品師だったアル。だから、この時代の人、騙すの簡単、だったアル。」


 奇術や手品自体の歴史は古いが、洗練された現代手品をこの当時の素朴な人に披露すれば、奇跡と間違えられても不思議は無いだろう。

 特に、この時代の中国の田舎の人々は、驚く程に都会の情報からは無縁であった。

 洪は、現代知識と歴史の知識、手品を駆使し、農村部の人々の心を掌握していったのである。


 「謁見でのアレ、手品ネ。でも、信じられない、思うアルが、本物の奇跡も、起きた事、アルヨ。何度か、仕込んでない物、取り出した事、アルね。他にも、不思議な体験、したアルヨ。」


 松陰はその告白に驚き、洪の顔を凝視した。

 しかし、洪の顔は嘘をついている様には見えない。

 もしもこれが迫真の演技であれば、洪は手品師よりも役者の方が向いているだろう。

 洪は続ける。


 「私、奇跡の起こった、条件、考えたネ。どれも、似た時、だったアルヨ。邪念無く、目的に邁進する時、奇跡起こる事多い、ネ。心当たり、無いアルか?」

 「……そう言われてみれば、そういう気もします……」


 洪にそう聞かれ、松陰はこれまでを振り返ってみた。

 確かに、奇跡とまではいかないが、とんとん拍子に話が進む時は、カレーの為に一心になっていた時の様な気がした。

 

 「だから私、考えたネ。これ、神様の加護、だと。でも、私、恨み、大きいネ。これ、神様のプレゼント、違う気、するヨ。」


 洪の矛盾した物言いは、何故か松陰も納得出来た。

 カレーに執着するのは、ただの我欲だ。

 しかし、カレーに向けて、一心不乱に邁進していると奇跡が起こるとしたら、それは悪魔の餞別にも思われるのだ。

 納得しつつも、何か腑に落ちないモノを感じながら、洪と松陰の話し合いは続いた。

 



 次の日、洪と朱による話し合いの場が設けられ、太平天国と台湾の友好が秘密裏に約束された。

 それにより、台湾の自治に必要な、人材や物資の支援が行われる事となる。

 軍事についても、出来る限り互いに協力してゆく運びとなった。

 しかし、台湾の独立宣言は当面見送られる事に決まる。

 今この時期に、いたずらに清朝を刺激しない方が賢明だと洪に諭されたのだ。


 洪によると、台湾での反乱の事は、皇帝に既に報告されている可能性が高いらしい。

 しかし、無事に鎮圧したという程度の、まるで出鱈目な虚偽の報告くらいは為されているだろう、と。

 もしここで独立を宣言すれば、それは伝聞となって皇帝の耳に届き、激怒して軍を発するかもしれない、と。

 その可能性を生じさせるよりは、このまま化外の地の化外の民として、その力を磨いた方が良いと提案された。

 独立して清朝皇帝の目を集めるのは、今はこの太平天国だけで良い、との事である。


 朱は大いに納得し、洪の提案を受け入れ、独立宣言は先延ばしされた。

 ここに、清朝より独立を宣言した太平天国と、統治の軍隊を追放し、自治を獲得した台湾の、中国大陸の歴史を変える歩みが始まった。

やっと洪さんが登場出来ました。

登場しといてなんですが、この後、出番の予定はほぼありません。


民主国家は、中国4000年、最近は5000年らしいですが、中華民国をどう位置づけるのか、でしょうか。

物語的にも洪さん的も、民主国家はなかった、としています。

ご了承下さい。


なお、サイババ氏を貶める意図はございません。

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