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幕末香霊伝 吉田松陰の日本維新  作者: ロロサエ
アヘン戦争台湾編
92/239

広東へ ★

「なん、だと?!」


 目の前のモノが理解出来ないのか、その男は驚愕に目を見開き、やっとの事で呟いた。

 食卓の上には、いくつもの皿に盛り付けられた品々が、湯気を上げて鎮座している。

 一皿は、白い皮の様な物に包まれた、一口で食べられそうな料理である。

 片面はこんがり狐色に焼け上がり、極めて食欲をそそる外観をしていた。

 もう一皿は、とろみのついた餡の乗った、薄い卵で包まれたご飯らしい。

 別の皿には、見るからに辛そうな色をした、豆腐の浮いたスープが入っていた。


 なんでこの時代に“これ”が?

 いや、私が知らないだけで、元々あったのか?

 しかし、これはどう見ても……

   

 男は、その意味する所を考えようとした。

 その刹那、隣から一組の箸がすっと伸び、“それ”を摘むやいなやさっと戻り、“それ”は一瞬にして虚空に消え去った。

 そして、


 「うわぁ! これも美味しいね! お兄ちゃん、食べないの? じゃあ、アタシが食べてあげるね!」


 男が「あっ!」と言う間もなく、傍らの少女がまた一つ、“それ”を箸で掴み、小皿に入れられた液体につけ、口に運んだ。

 熱いのか、ハフハフと息をしながら噛みしめ、ゴクンと飲み込む。

 途端に輝くような、幸せそうな笑顔を浮かべ、「美味しぃ~」と叫んだ。

 

 「松陰殿は食べないのでござるか? この“焼き餃子”でござったか、本当に美味いでござるよ?」

 

 亦介が向かいの席から言い、また一つ餃子を口に放り込んだ。

 考え込んでいる松陰の様子に思う所はあるようだったが、早く食べないと己の分が無くなってしまう。

 それに対し、松陰は心の中で叫んだ。

 

 その焼き餃子が問題なのです! 

 中国では水餃子が普通で、こんなに皮が薄くて焼いているのはおかしいはずなのです!

 しかも、ご飯と一緒とは!

 これではまるで、日本の餃子定食ではありませんか!

 

 そんな松陰の胸のうちとは裏腹に、周りの席の者も騒ぎ出す。


 「アナタ、あーん……」

 「ねえ、ファンリン? 恥かしいならやらなくていいんだよ?」


 私と同じセリフとは、流石兄上!

 それにしても、見ている方が恥ずかしくなりますな!


 『太平天国の指導者にして料理も知っている? まるで曹操みたいな男だな……』

 『でも、街には活気が溢れておりますね、お父様!』


 何と言っているかは分かりませんが、台湾でも是非取り入れて下さいね!


 「ほう? 中は豚だな。粘りが出るまですり潰し、ニラといった香りの強い野菜と混ぜ、小麦粉で作った皮で包み、鍋で焼いたのだな。噛めば肉の脂が口の中にジュワッと溶け出し、美味さに拍車をかけている。これは、藩に帰れば是非真似をせんといかんな……」


 忠蔵さんが料理を語るとは!

 しかも的確!

 人は見かけによらないとはまさにこの事!


 「この”まーぼーどーふ”もホンマに美味しいわぁ。才太様は食べんのですか? この辛味が癖になりそうですよ? なあ、千代ちゃん!」

 「そうでございますね、菊姉様!」

 「……いや……口の中にしみる……」


 本場四川の麻婆豆腐はものすっごく辛いそうですよ!

 まーとは山椒の、舌が痺れる様な辛さを表す言葉だそうです! 

 辛いのが特別好きな訳でもないお菊さんが癖になるという辺り、改良されている事は間違い無いですね!

 才太さんはあの決闘で口の中が切れているのですね!


 「“広東飯”も美味いねぇ!」

 「とろみのついた餡とご飯の相性が絶品だっぺ!」


 本当は天津飯っていうんですけどね!

 絶対パクってますね!


 「オイは、ゴマ揚げ団子がいいでごわす!」


 アナタは好きにしてください!


 一々松陰は心の中でツッコミを入れた。

 それだけ衝撃が大きかったのだ。

 しかし、このままでは何一つ味わう事無く、全てが食べられしまうだろう。


 「お姉さん、これ(焼き餃子)をもう一皿!」


 松陰は忙しそうに店内を駆け回る店員に追加で注文し、天津飯ならぬ広東飯をかき込んだ。 



 

 双方の準備が整い、アヘン戦争の見学に出発した一行は、まずイギリスの拠点である広東に来ていた。

 エドワードの船の、火薬、砲弾といった物資の補給と、イギリス海軍の現在の状況を知る為である。

 また、広東に行くなら太平天国ともよしみを作っておきたいと、自治政府で経済と外交を担当する予定の朱も一緒に来ていた。

 取引のある商人の伝手を頼り、前々から太平天国に友好の打診をしていた朱は、先見の明のある政治家といえるだろう。

 連絡手段の整っていない時代であるので、相手の返事を待たずに訪問する事になるのは致し方あるまい。


 エドワードはイギリス人居留区へ向かい、残った人員でまずは腹ごなしとばかり、港街で繁盛しているお店に入った。

 お店の者に勧められ、太平天国の指導者洪秀全が考案したという料理を頼んだのだ。 

 そして出てきたのが先の焼き餃子や天津飯、麻婆豆腐である。

 松陰は、それが誰かは分からなくても、少なくとも自分と同じ転生者がこの地にいると確信した。



 

 「アイヤー! 本物のサムライ、アル!」


 広東城の玉座に腰掛け、男が興奮気味に叫んだ。

 男の眼前には、大勢の訪問客が列を作って並んでいる最前列で、周りから浮いた、奇妙な服装、奇妙な髪型をした集団がいた。

 今は謁見の時間である。


 清国からの独立を宣言し、広東を完全に掌握した拝上帝会の治める太平天国。

 その拝上帝会の首領である洪秀全に、ご機嫌伺いを兼ねた挨拶に訪れる広東各地の商人、近隣諸国の者は多かった。

 安全上の理由から、また神の子洪秀全の神秘性を守る為、部下は軽々しい謁見を戒めたが、洪が押し切り、実施した。

 少しでも多くの同志を得たいが為であるのと、己の運命を信じていたからである。

 こんな所で斃れる訳が無いという確信だ。

 そんな洪は、今日も謁見に臨んでいたのだが、今回はいつもと様子が違っていた。

 台湾から、友好を求める訪問客が入っていたのだ。

 

 情報として、台湾で武装蜂起が起こった事は掴んでいた。 

 同じ客家の者が主導し、台湾の州都である台南を占拠したとも。

 清朝の支配に抗う様、中国全土に独立を煽る檄文を発した洪秀全である。

 それに真っ先に反応し、しかも州都の占拠まで成功させた同郷人(客家に故郷はないが)の活躍に、洪は膝を叩いて喜んだ。

 その台湾から、謁見の使者が訪れたのだ。

 部下からその報告があった際、洪が期待に胸弾ませたのは当然であろう。


 そこで洪は一計を案じた。

 他の訪問客の前で台湾の武力蜂起を知らしめる事だ。

 一国からの使者であれば、個別に会うのが礼儀であろうが、台湾はいまだ独立の宣言はしていない。

 一般訪問客として扱われても不平は無いだろう。

 大勢の近隣各地の者が集う中、台湾の武力蜂起の成功を喧伝し、各地への激励と為すのだ。


 そう思って迎えた台湾からの使者である。

 しかし、彼らを迎えた部下の報告が奇妙であった。

 台湾の者とは思えないとあったのだ。

 子供まで多く連れているし、身につけている服装が違うし、言葉が通じる者が極少数で、しかも携行している武器が倭刀だというのだ。

 それも一人や二人ではなく、多くがそうであると言う。

  

 倭刀という報告に洪は色めきたった。

 転生者である洪秀全にとって、刀はロマンであった。

 日本のサムライが使ったというカタナ。

 それを身につけた者らが、武装蜂起した台湾からやって来た?

 俄然洪は興奮した。


 そんな洪に、部下はいつもの発作が起こったと心配した。

 今度は何を言い出すのかと不安に感じる中、衝撃の言葉が洪より飛び出す。

 台湾からの訪問客が、武器を携行したまま謁見の場に入る事を許可する様、部下に求めたのだ。

 そんな危険な事は容認出来ないと、断固として主張する部下達。

 全ては彼らが敬愛する、神の子洪秀全の身の安全の為。

 数々の奇跡を示し、神に選ばれた者との思いはあったが、それでも危険は避けて通るのが賢明である。

 なおも諌めようとした、その時、


 『これは天命である。』


 敬愛する洪の、穏やかながらも厳かな声がその場に響いた。

 見る者全てを魅了する様な、神々しい微笑を湛えている。

 それと同時に、何者にも侵される事の無い、鋼鉄の如き固い意志をも感じさせた。

 ざわついていた者らの背筋が一気に伸びる。

 慌てて平伏しようとし、その行為を当の本人に厳しく戒められていた事を思い出し、腰を深々と曲げて敬礼し、唱和した。


 『委細、畏まりました!』

 

  

  

 随分とおかしな謁見もあった物だと、初めから一同は不審に思っていた。

 広東の見物がてら、皆して広東城へと向かい、朱が太平天国の首領に謁見を申し出たのを見守っていた。

 アポをお願いしていた商人とは、何分急な事で連絡が取れず、急遽直接出向いたのだ。

 だが実態は、事前に申し出て、審査に通れば誰でも謁見が可能であった。  

 身分保障などあやふやな時代で、審査も何もあった物ではない気はしたが、言われるままに待っていた。  

 

 許可されれば、朱と代表者何名かで謁見に向かおうと思っていた所、何と全員を招待するという。

 しかも、武器の携行が必須だと注文を付けられたのだ。

 「普通は逆ですよね?」疑問に思って松陰は尋ねた。

 「まあ、普通は武器を預けるわな。」才太が答えた。

 一同、顔に疑問符を浮かべたまま、洪との謁見が始まった。 

 



 「ねえ、お兄ちゃん? 私あの人の言った事、わかったんだけど、変?」


 スズが怪訝そうな顔で松陰に尋ねた。

 玉座に座っている男が発したのが、自分が使っている言葉に思えたからである。

 何かの聞き間違い? そう思って傍らの松陰に尋ねたのだ。


 「いいえ、スズ。私も分かりましたよ。」


 松陰はげんなりした顔で答えた。

 どこに同じ転生者がいるか分からない、もしかしたら敵対するかもしれないと、緊張しつつ面会したのだが、まさかの洪秀全本人の日本語発言である。

 しかもそれが「アイヤー!」だとは思いもよらなかったのだ。 

 拍子抜けして全身の力が抜けてしまっていた。

 相手は自分の事を知らない筈だから、あれが素なんだろうと考えた。 

 転生者にしても、まるでパチモンの中国人じゃないか、松陰はウンザリしてそう思った。


 松陰に偽中国人扱いされている事など露知らず、洪はその目を輝かせ、眼下に並ぶ異形の者らを見つめていた。

 ロマンの塊であるカタナ、それも相当使い込まれている事を予想させる代物を腰に差し、悠然とした様子で腰を屈めている。

 謁見に際し、平伏する儀礼は洪が変更させていたのだが、今、目の前に並ぶ者らは、自分が想像した礼儀の見本その物であった。

 彼らの立ち振る舞いに、自分の思い描いていたサムライ像がピッタリ合致した。 


 悠然と構えながらも、油断なく周囲の様子に気を配っている事がわかるその気配。

 カタナを差して初めて重心が安定する、つまりはカタナが日常となっているその所作。

 己が手で命の遣り取りを行ってきた事を容易に想像させる、剣呑さを秘めたその鋭い視線、体から発せられる無言の圧力。


 洪はそれらをひしひしと感じ、大興奮した。

 我を忘れて叫んでしまう。


 「アナタ達サムライでしょ? 絶対そうアル! 今日は良い日アル!」


 一人興奮する玉座の男に、海舟らは呆気に取られた。

 それは海舟らだけではなかった。

 玉座の男を守る衛兵の顔にも驚愕の色が見えたし、脇に控える家臣達も色めき立っていた。

 松陰らの後ろに並ぶ他の訪問客も、何事かとざわつき、事態の推移を注視していた。

 そんな一同を置いてけぼりに、洪は立ち上がって何かをし始める。

 立ち上がった洪に、一同の視線が一斉に集まった。  

 その視線の中、


 「やはり天命アル! 記念に、これ、あげるネ!」


 そう言うなり洪は、無造作に、空間から宝石らしき物を取り出した。

 それは、空間から突然現れたという表現がぴったりであった。 

 洪の言動を呆然として見守っていた、場の一同全員に驚きが走る。

 互いの顔を見合わせ、何が起こったのか確認した。


 「おい! 今の見たか?」

 「何も無い所から出てきたぞ?!」

 「どうなってる?」

 「妖術だっぺか?!」


 海舟らが驚きにざわつく。

 一方、衛兵と家臣団は畏まって洪を仰ぎ見ている。

 他の訪問客らは、『奇跡だ!』『初めて見た!』『噂は本当だったんだ!』『神の子だ!』と、口々に喋っていた。


 ざわめく一同に満足げな顔の洪秀全。

 そのドヤ顔にいらついた松陰は、つい「サイババかよ!」とツッコミを入れてしまう。

 洪はそれをしっかりと聞いていた様で、顎が外れてしまったかの様に大きく口を開けて驚き、言った。

 

 「なん、アル?! 今、何と言ったアル?」


 松陰は、しまった、と瞬時に後悔した。

 相手の情報を知らぬうちに、こちらも転生者だとばれてしまうのは拙い。

 必死に誤魔化そうと言い訳を探し始めた、その時、 


 「さいばばかよ、だって!」


 洪のドヤ顔に負けず劣らず、得意げな顔でスズが答えた。

 松陰は、己の軽率さに腹が立ちつつも、覚悟を決めて洪を見つめた。

 そんな松陰の覚悟が伝わったかの様に、洪は静かに問うた。


 「アナタ、私の尊敬するサイババ、知ってる。アナタ、私と同じ(転生者)?」


 そう問いかける洪に対し、松陰は暫く答えを探した後、きっぱりと答えた。


 「はい、同じ(転生者)です。」


 今、転生者吉田松陰と、転生者洪秀全の運命が交錯する。

 挿絵(By みてみん)

焼き餃子、天津飯、麻婆豆腐は、日本生まれの中華料理という事でご了承下さい。


広東のイギリス人居留区はどこかよくわかりません。

適当です、すみません。

香港は作中での前年に割譲されてますが、割譲されたばかりで寒村だったとあるので、まだ居留はしていないはずです。

マカオは当時からヨーロッパ人の居住が進んでいたので、そっちにいたかも。

広東城は川を少し遡った場所にあるので、地理的に整合性が取れない気もしますが、ご容赦下さい。

あれしてこれして、エドワードとは後で落ち合います。


ようやく洪秀全さんの登場です。

謁見の方法とか穴だらけかとは思いますが、お許し下さい。

両転生者の運命は交錯しましたが、特に深まる事はなく、別々に進んでいく予定です。

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