表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幕末香霊伝 吉田松陰の日本維新  作者: ロロサエ
アヘン戦争台湾編
88/239

旅の醍醐味in台南

下痢が連呼されます。

ご注意下さい。

 その夜、スズが余りに「ファンリンはずるい!」と言うので、子供らで一緒に寝る事になった。

 もう感染の恐れはないだろうと判断したからであるが、油断は出来ない。

 念のため、病人を看病した部屋から移り、小部屋に布団を敷き詰めた。

 百合之助以上に、男女は云々と口うるさい薩摩の者がいないので、束の間の休息とも言えようか。

 スズは言うまでも無く、帯刀も大喜びで布団を運んだ。

 

 こんな夜の定番とも言える枕投げをやったり、しりとりをしたりして時間を過ごした。

 日頃はしっかりとした帯刀も、この時ばかりははしゃぎ、年相応の幼さを見せた。

 ファンリンら三姉妹もなぜか参加し、二人は纏足ゆえに余り動かないまでも、賑やかに声を上げて枕を投げあい、中国語でしりとりに参加した。

 人形の様だと松陰には感じられたファンリンの顔も、気を許した姉の前では素が出るらしい。

 とても自然な、朗らかな笑顔であった。

 屋敷に篭りがちで、人付き合いも固定される彼女らにとっては、思いもかけない楽しい時間なのだろう。

 松陰にとっても、子らが楽しむ姿を見るのは、純粋に癒しの時間であった。


 「でね、エドワードおじちゃんの船ってね、色んなところがくっさいの!」

 「そうですね、臭かったです……」

 「松兄様の”えひめアイ”があればと、どれだけ思った事か!」


 スズが思い出したのか、顔を顰めて言った。

 それには帯刀ら全員が賛同する様で、皆してウンウンと頷く。

 寝る段になり、ファンリンらは流石に各々の部屋に帰った後の、布団の中でのお喋りである。

 船での出来事を松陰に話して聞かせたのだ。


 松陰も、それには苦笑いであった。

 エドワードの船を見学した際も、そこかしこから漂う何とも言えない臭気には気がついていた。

 長い航海では新鮮な食物を確保する事は難しいので、腐敗しかけた食材を使う事はしばしばであった。

 その臭いがあるだろう。

 真水は貴重であり、水浴びには使えないので、身を奇麗に保つ事は困難である。

 従って、乗組員が発する臭いもあろう。

 それに加え、肉食の多い西洋人の体臭は、どうしてもきつくなりがちである。

 それらを合わせた独特な臭いが、船の中には染み付いていた。 

 

 しかし、子らへの感染を恐れて部屋から遠ざけたはずなのに、感染源の巣とも言える、狭い船の中に行ってしまっていた子供達。

 感染しなかったのは幸運なだけであったと、話を聞く間中冷や汗をかいていた松陰である。

 全ては、子供らの意思を考慮に入れなかった自分の責任であろう。

 外国への渡航にすら着いて来た彼らなのだ。

 危険だからと遠ざけて放っておいたら、自分に何が出来るか考えて、知らずに危ない事をやってしまっていても当然ではないか。

 松陰は己の浅慮を反省した。

 そんな松陰の胸のうちに気づく筈も無く、スズらは喋り続けた。  


 「でね、エドワードおじちゃんは、お兄ちゃんにお礼を言いたいんだって!」


 


 二日後、エドワードが松陰への面会を求め、朱の屋敷を訪ねて来た。

 しきりと松陰の安否を尋ね、経口補水液の効果を絶賛し、感謝の意を表明し、要る物はないかなどと聞いてくる。

 困った時はお互い様というのが日本の流儀だと伝えたが、船乗りも同じです、素晴らしいと言い、変わらない。

 押し問答の如く、何度かやり取りを繰り返した所、


 『エドワードおじ様! 悪かったと思うなら、ちゃんと謝らないと!』


 とスズが遮った。

 スズにそう言われ、エドワードも観念したのか、


 『スーの言う通りでした。今回は、私の監督不行き届きで病気を発生させてしまい、誠に申し訳ありません。経口補水液の情報もありがとうございました。お陰で乗組員の快復も早く、お礼の言い様がありません。』  


 と謝った。

 振舞った食事で客人にも食中毒を発生させ、罹患した乗組員の症状を、その客人に教えてもらった方法で救ってもらった。

 誇りある英国紳士の沽券に関わるという事で、今回の訪問なのだろうが、初めは素直に謝れなかったらしい。

 

 過失を認めれば賠償責任が発生する。

 下手に謝ってはいけないのだろう。

 そこの所は徹底している白人の文化であるのかもしれない。

 しかし、それでは流石に後味が悪いと、感謝も述べれば必要な物も融通しようと言ったのだろう。

 元より責任の追及も、何かを請求するつもりも無かった松陰としては、感謝の言葉だけでも十分であったので、押し問答の様な形になってしまったのだ。

 そんな両者に苛立ったのか、先のスズの発言なのかもしれない。

 そして、


 『つきましては、何らかのお礼をしたいと思っております。何かご希望はありませんか?』


 と続けた。

 しかし、こういう形で謝罪してもらっては、謝意を受け取らないのも逆に迷惑であろう。

 松陰は、この台湾に来た理由とも言える、アヘン戦争の見学を果たす機会だと見なし、願いを伝えた。


 『では、ミスター・エドワード。イギリス海軍の、清国との戦いぶりを見学させては頂けませんか?』

 『そんな事でいいのですか? あなたに教えて頂いた経口補水液は、そんな事では購えない、素晴らしいモノですよ?』


 思いもよらぬ松陰の申し出に、エドワードは戸惑った。

 松陰に教えてもらった経口補水液の知識は、世界中に植民地を持つ大英帝国にとって、計り知れない恩恵をもたらすモノであった。

 腐敗しかけた食材を用いざるを得ず、お腹を壊す船乗りは多い。

 熱帯では、下痢を伴う風土病は猛威を振るっていた。

 下痢が止まらず、命を落とす者は多かったのである。

 

 それが、塩と砂糖を溶いた水を与えるだけで、劇的とも言える効果を発揮するのだ。

 砂糖は若干高価ではあるが、それとても命に換えられる程の物ではない。

 どこででも手に入る様な物で、下痢の症状を緩和させられるのだ。

 エドワードならずとも、そんな経口補水液の知識に対する見返りが、単に戦争の見学だと言われれば、言い知れぬ不安に陥るであろう。

 素直に金銭を要求される方が理解出来るのだから。 

  

 対する松陰も、そんな知識で金銭を要求する訳にはいかない。

 要求した所で誰に批難されるはずもないのだが、そこは矜持の問題である。

 人の命に関わる知識で、金銭を得ようなど出来ない。

 心にやましい所など無く、カレーと向き合いたいと思っているのだ。

 しかし、それではエドワードを不安なままにさせてしまうだろう。

 それを考え、提案した。


 『では、ミスター・エドワード。これからあなたが出会う、下痢で苦しむ全ての人に、無償で経口補水液の事を教えてあげて下さい。私の知識は、以前誰かに教えて頂いたモノにすぎません。あなたも、この知識を使って金儲けをする事なく、人の為に役立てて下さい。』


 松陰にそう言われ、エドワードははたと考え込んだ。

 商人として、経口補水液の可能性には容易に想像がつく。

 下痢の患者に対し、出来上がったモノを売りつければいいだけなのだ。

 劇的な効果を持つモノに対して、必要な原価は驚く程に安い。

 深く考えるまでもなく、莫大な儲けが見込めるだろう。


 ここで目の前の少年に嘘をつき、上辺を取り繕うのは簡単である。

 この場はイエスと約束してやり過ごし、インドでもどこででも、知らん顔して売ればいいだけだ。

 契約を交わす訳でもあるまいし、交わした所で誰がその履行を見張ると言うのだろう。

 全くもって幸せな頭をした少年ではあるまいか。

 そんな事では、この生き馬の目を抜く様な世界では、とてもやってはいけないだろう。


 エドワードはそう考え、わかりましたと答えようとした。

 答えようとして、ふと自分を見つめる少女の視線に気がついた。

 スズがじっとエドワードを見つめていたのだ。

 スズを通し、愛するジョセフィンの姿が脳裏に浮かぶ。

 

 幼い頃、落ちている何かを口に入れたのか、酷い下痢に苦しんだジョセフィン。

 オロオロするばかりで親として何もしてやれず、医者が来るまでの時間の何と長かった事か。

 その医者も、大して効果の無い薬を処方するだけで、彼女の苦しみを取り去る事は出来なかった。

 一晩苦しみ続けたけれども、幸いな事に次の日には良くなった愛娘。


 しかし、己の無力さに打ちのめされた、苦い記憶が蘇る。

 どれ程か、娘の快復を神に祈ったかわからない。

 あの時、この経口補水液があれば、ジョセフィンがあそこまで苦しむ事はなかったのではないか?

 そして今も下痢に苦しみ、命を落とす子供達も数多くいよう。

 抵抗力の弱い子供達には、下痢は命取りになりかねないのだ。

 その様な経験を持つ自分が、塩と砂糖の入っただけの水を、苦しむ子供達の親に売りつけて巨利を貪る?

 それも、この場を嘘で切り抜けて?


 エドワードは自嘲した。

 何が誇りある英国紳士なのかと。

 その様な恥ずべき行いをして、愛する娘に会わせる顔がないではないか!

 途端、エドワードの目に光が戻る。

 松陰の視線を真正面から受け止め、力強く言い切った。 

 

 『わかりました。約束しましょう。』

 

 そう約束を交わし、エドワードは松陰と力強く握手した。

 そんなエドワードに松陰は笑って告げる。


 『原価分の回収は構いませんからね。』

 『そうでしたか! 無償というから、全て無料で提供するのかと思ってましたよ!』

 『それでは続けられませんからね! タダだと、本当に効くのか疑う者も出るでしょうし。』

 『それは言えますね。お気遣い感謝します。』

 『どういたしまして。』


 エドワードと松陰はにこやかに会談を終えた。

 スズはニコニコとしてそれを見守った。

 

 この日から、塩と砂糖だけで、下痢に苦しむ前線の兵士や貧民を数多く救い、原価分の回収のみで何の報酬も貰わなかったその博愛的な功績を認められ、サーへと叙される事になる、エドワードの活躍が始まる。

 



 松陰はエドワードの見送りがてら、久しぶりに外へ出て、ついでにと町の市場にやって来た。

 外国へ来たならば、一度はその国の市場に行くべきであろうと松陰は考える。

 日本では見る事が出来ない、その地域独自の作物や食物が見られるからだ。

 今まではとてもそんな時間はなく、行くに行けなかったのだ。


 台湾と言えば果物であろう。

 マンゴー、バナナ、パイナップル、グアバ、ジャックフルーツ、ココナッツ。

 思い出すだけでもその味と香りが舌に蘇る、インドでも貪り食った熱帯の果物達。

 台湾に着いてからも、果物を食べなかった訳ではないが、その味を楽しむ余裕がなかったのだ。

 

 どんな美味しいフルーツが待っているのか、心弾んで市場へと向かう。

 スズの見送りを喜んだエドワードは、名残惜しげとばかりに市場まで着いてきていた。 

 朱家の三姉妹も、何故か同行している。

 纏足では上手く歩けないと、東湖がビーリンを肩に乗せ、忠寛がファンリンを抱えて歩いている。

 松陰らだけでも目立つのに、そこに朱家(台南では有力者である)の娘達、とどめにイギリス人のエドワードら。

 遠巻きに見ている民衆の、訝しげな視線が痛かった。 


 市場には、萩の町と同様に、収穫物を各々が持ち込み、むしろを広げ、路上で売っている農民達が多かった。

 色とりどりの野菜、果物が筵の上に小山を作り、買い手を待っている。

 きちんとした店構えの売店は、一塊となって軒を連ねている。

 ある一画では魚が売られ、隅の方では生きた鶏や豚も見かけた。

 この雰囲気はどこも変わらないなぁ、と松陰は感じ、懐かしさを覚えた。

 それはスズらも同様で、けれども日本では見かけない野菜、果物に興味津々であった。


 「お兄ちゃん、これってなーに?」


 スズは、まるで巨大な櫛の様な物体を指差し、松陰に尋ねた。

 細長い筒状の物が数多く生えたその物体は、片側は一箇所で纏まっており、もう片方はだらりと広がっている。

 多くは緑色であるが、中には黄色い物もあった。


 「これはバナナだね。美味しいよ。」

 「本当? 食べたーい!」

 「良し、ちょっと待ってな。」


 松陰は、黄色く熟したバナナの房を買い求めようとした。

 売り子の言うままにお金を払おうとする。

 金額を正確に理解している訳ではないが、何となくである。

 と、


 『ちょっと待った!』


 叫び声が上がった。

 誰かと思えばビーリンであった。

 何と言っているのかはわからないが、タイミング的に買うのを止めようとしたのだろうか。

 そうかと思えば早口で売り子と交渉を始め、松陰の手からお金を奪い取り、言われた額よりはいくらか少なく、代金を支払った。


 『全く! 言われるままに支払うなんて、商人の娘として見過ごせないのよ!』

 

 どうやら値切ってくれた様だ。

 相変わらず何を言っているのか分からないが、何だかプリプリしている。

 気にしても仕方無いので、支払いは全てビーリンに任せる事にし、房から1本を取り、皮を剥いてみせた。

 子供達が一斉に手を伸ばし、見よう見まねで剥いてみる。

 一口齧ると、ねっとりとした食感と共に、堪らない甘さが口一杯に広がった。


 「「「甘ーい!」」」


 子供達の歓声が上がる。


 「こ、これは美味いっぺ!」

 「そうでございますね!」


 東湖らも驚きに目を丸くした。

 エドワードは少々気後れし、手を出せないでいる。

 そんなエドワードを気遣い、スズが動く。


 『エドワードおじ様、はい、あーん……』

 『え? あーん……。うん、美味い! バナナは何度も食べたけど、これが今までで一番美味い!』


 エドワード、会心の笑みである。

 そんな二人を、驚きの顔をして見つめる者達がいた。


 『ちょっと、ファンリン!』

 『何でしょう、お姉様?』

 『あんた、あの子に習った方がいいわよ! 見なさいよ、あの男の顔! 尻に敷かれてるってもんじゃないわ!』

 『私より年下のはずなのに……』


 男を喜ばせる術を躾られている最中の、纏足の娘達であった。

 スズにメロメロなエドワードの様子に、どんな手練手管を用いたのかと驚いたのだろう。

 尤も、彼女らは、エドワードがスズに娘の面影を重ねている事など思いもつかない。

 病気に臥せったエドワードを、スズが懸命に看病した事も知らない。

 その際、同じ様にスープを食べさせてあげていた事など知る由もない。

 いくらエドワードがスズに首ったけであったとしても、彼女らがスズから学ぶ事など何もないのだ。 


 その様な感じで、非常に騒がしい一行であった。

 賑やかな市場の中でも、一際目立つ集団である。

 松陰らの活躍を知る市井の者も多く、珍し物見たさで人垣を作り、彼らの一挙手一投足は注目を集めた。


 以降、同じ様にして、パイナップル、マンゴー、ジャックフルーツ、ココナッツ、パパイヤと、熱帯の果物を満喫した松陰らであった。

枕投げはスルーしてくださると助かります。


台湾の果物は、当時どの様な種類があったのか判然としません。

ですので適当です。

シーズン的には問題はないだろうと思いますが、外れている物もあるかもしれません。

適当に書いていますので、間違っていたら御免なさい。

因みに、私は作中の果物は全部好きです。

他にもレイチやアボガド、グアバやパッションフルーツ、釈迦頭、トゲバンレイシ等も好きです。

熱帯果樹を作りたくて、熱帯での農業の可能性を探りましたが、土地が結構高くて諦めました。

探した場所は台湾ではないのですが、台湾ならもっと高いでしょうね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
釈迦頭、超旨くて好き!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ