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幕末香霊伝 吉田松陰の日本維新  作者: ロロサエ
アヘン戦争台湾編
76/239

会談に臨む松陰らの目線

 朱の部下よりイギリス人がやって来たとの連絡を受け、松陰はすぐに朱の下に向かった。

 話し合いの末、台南の政庁舎にて会談を持つと結論が出た。

 しかし松陰は、それだけでは芸が無いだろうと、お・も・て・な・しの心でサプライズを仕掛けようと考えた。


 まずは帯刀やスズに行ってもらい、英語で出迎えてもらう。

 現地の子としか見えないであろう帯刀らが、彼らを英語で出迎えたりしたら驚くのではないかと考えたのだ。

 

 「外国人には我々の名前は理解し辛いから、彼らにも覚えやすい名前をつけますよ。」

 「「はい、先生!」」

 「じゃあ、帯刀君はワッキー、三郎太君はサブ、重之助君はシゲ、スズはスー、千代はセンで宜しくお願いしますね。お互いを呼ぶ時は敬称は要りませんからね。」

 「「はい、先生!」」


 とりあえず、不自然にならない程度に練習してもらった。 


 「ハロー、ワッキー!」「ハロー、シゲ!」「マイ、ネイム、イズ、サブロウタ。プリーズ、コールミー、サブ!」

 「えーと、じゃあ、ハロー、スー」

 「Hello,Sen! How are you?」

 「え? ええと、そのう、あ、アイム、ファイン」

 「Good!」


 薩摩で加わった帯刀も交え、子供達は欠かさず英語を練習していたので問題はないだろう。

 そんな子供達を笑顔で見つめる松陰に対し、亦介がふと思った事を口にした。


 「しかし松陰殿、子供達だけで異人に会うというのは大丈夫なのでござるか?」


 散々松陰より西洋人の蛮行を聞かされてきたのだ、亦介がそう思っても不思議は無い。 


 「うーむ、そうでございますね。ではどなたか、子供達の護衛兼西洋人が危険かどうか判断して頂ける人に行ってもらいましょう。」

 「それなら俺が行くっぺよ。」 


 世界各国を力でねじ伏せてきたイギリス人であるが、歓迎ムードの中、出迎えに来た子供達に不埒な行為を働くとは松陰とて思わない。

 そうではあるが、西洋人を知らない大人達は心配するだろう。

 西洋人と子供達を会わせていいものか、子供らの護衛と併せ判断役をお願いしようとしたが、東湖が即座に名乗り出た。

 東湖であれば護衛としては問題ないだろう。

 しかし、西洋人には好感情を持っていない東湖である。 


 「東湖殿? わかっているとは思いますが、西洋人とはいえ問答無用で斬るのは無しでお願いしますよ?」 

 「解っているっぺ。しかし、何か仕出かしたら即刻その場で叩き切ってやるっぺ!!」


 東湖は若い頃、イギリスの捕鯨船が水戸の海岸に来航した際、父幽谷より船員を殺害する様命令されていたが、彼らは既に離岸しており果たせなかった過去がある。

 だからという訳でもあるまいが、いつか斬るべしと思っていたのである。 


 「忠寛殿、どうか(東湖殿の事を)お願いします!」

 「任せて下され!」


 東湖の抑え役として忠寛にも同行をお願いし、子供達は出発した。

 勿論、朱の部下も数名付いて行っている。

 政庁舎から港まではそこまで離れていない。

 次の事として、松陰は儀右衛門と共にからくり人形の準備を進めた。

 儀右衛門のからくり人形は今は2種類ある。

 茶汲み人形と弓曳き童子だ。

 今回は茶汲み人形を披露する事にした。

 後世にて、からくり人形の最高傑作とも評される弓曳き童子。

 しかるべき時、披露する機会が訪れよう。


 茶汲み人形はお盆にお茶を載せ、対象者に持ってゆく人形であるが、自動で距離を判断する訳ではない。

 コンピューターなど無い当時、当たり前であるが、設定した距離で止まるだけだ。

 従って、お茶を載せる場所と客が座る場所を調べ、その距離で止まる様にしておく必要がある。

 その場で距離の設定をいじる事も出来るが、確実にするには事前に済ませておきたい。

 そして、朱や杜といった面々にも予め見せておく必要があると考えた。

 朱や杜も、儀右衛門のからくり人形は初見である。

 身内まで驚いてしまっては少々興醒めであるので、前もって披露しておくのだ。

 リハーサルとして動かせてみた所、案の定、朱も杜も朱の部下らも皆一様に驚いていた。

 

 


 「わぁ、本当に髪の色が違うんだぁ。」

 「ええ、本当ね。松兄様の言った通りね。」

 「肌も目の色も違うのですねぇ、凄いです!」

 「体もでかいっちゃ!」

 「不思議ですね……」


 スズらは港に来ていた。

 朱のお店で待つ、初めて目にする外国人の姿に興奮していた。


 「東湖殿、問題なさそうで良かったですね。」

 「ふん! 怪しげな動きを見せれば即座に叩き斬ってやれるのに、残念だっぺよ!」

 「火縄銃らしき銃を持った、武装した護衛も数人いますし、短絡的な行動は止めた方がいいですよ?」

 「ふん! わかってるっぺ!」

  

 部屋で大人しく待っていたイギリス人達に、危険だから切り捨てると言い張ることは、東湖とて流石に出来なかった。

 英語で挨拶する子供達の後ろから、刺す様な視線でイギリス人を見つめた。

 そのイギリス人達は子供達に誘われ、政庁舎へと向かっていく。

 東湖は憎々しげな表情で、その後から付いて行った。




 「来たでござるよ!」


 庁舎から少し離れた場所で待っていた亦介が、スズらに連れられたイギリス人を見つけ、急ぎ庁舎に報せに来た。

 その報せを受け、皆して玄関前で出迎える。


 「ほう、あれが異人どもか! 皆殺しにしてしまえば、奴らの武器も船も手に入るのではないか?」


 忠蔵が物騒な事を言う。

 

 「無理ですよ! 彼らもそれは考えていますって! もし彼らを人質に取っても、必ず対策はされてますって!」


 松陰は堪らず叫んだ。

 世界中に進出し、各地で摩擦を引き起こしているイギリス人である。

 先遣隊が人質になる事などいくらでも起きているので、対策くらいは立ててある。


 「む? そうか?」

 「そうです! 止めて下さいね!」

 「……わかった。」


 こうして、イギリス人と朱と杜らによる会談が始まった。

 とは言っても、こちらは反乱を成功させたばかりであるし、相手もどういう意図で来たかはわからない。

 台湾の防衛力の強化を考えれば、ここでイギリス人の力を借りるのが妥当であるが、足元を見られれば対価としてどれ程吹っかけられるかわかったものではない。

 今日の段階では、相手の本意を探るくらいで終わるだろう。

 そこの所は、商人の朱こそよく承知している事柄である。


 「ところで、彼らはどうして台湾に来たと思いますか?」


 松陰は帯刀らに問いかけた。

 英語の実践として、様々な質問をするよう頼んであったのだ。

 松陰の質問に子供達は互いに顔を見合わせ、ああでもない、こうでもないとひとしきり話し合い、代表して帯刀が答えた。 


 「はい! ミスター・エドワードは商人としてやって来たのだと思います!」

 「成程、わかりました。ありがとうございます。」

 「はい、先生! あと、ミスター・エドワードは娘さんがいます!」

  

 答えた帯刀は心底嬉しそうで、明るい笑顔でスズらの待つ輪に戻った。

 勿論、子供達の答えが正しいとは松陰も思っていない。

 参考程度である。

 そして、今更感はあるが、今回台湾を訪れたのはミスター・エドワード。

 言うまでも無くアヘン商人である。




 会談がひと段落し、からくり人形を披露するお茶会となった。

 儀右衛門のお茶汲み人形は、目論見通りにイギリス人の度肝を抜き、製作者である儀右衛門は彼らの質問攻めに遭った。

 彼らの連れた通訳を通じ、エドワードらから通訳に、通訳が朱に、朱が筆談で儀右衛門にと、甚だ面倒なやり方で会話が取られた。

 通訳がいる手前、英語のわかる子供達を呼ぶのはエドワードとしても憚られるらしい。

 格式を重んじる英国紳士は、合理主義のアメリカ人とは違うのだろう。

 アメリカ人なら即、子供達を呼びそうである。

 儀右衛門に付き添った松陰は、エドワードらの言っている事は早口でなければほぼ理解出来るので、彼らの驚きも把握できた。


 産業革命をいち早く成し遂げ、強力な海軍力を背景に世界中に植民地を持ち、太陽の沈む事のない大帝国を自称するイギリス。

 イギリスのみならずヨーロッパの白人達は、有色人種は劣っていると公言していた。

 文明の進んだ彼らが、遅れた、劣った有色人種を教え導くのは、神を頂く自分達の責務と称し、過酷な搾取政策である植民地を正当化した。

 そんな文明の進んでいるらしい彼らが、彼らから見ればヨーロッパの文明の光とは隔絶した東の果て、極東の地で、故郷でも極僅かの職人にしか作る事が出来ない自動人形を目にし、唖然としている。

 そんな狼狽した彼らを見ていると、松陰の頬は知らずに緩み、笑みが浮かんでくるのだった。

 



 そして歓迎の宴となった。

 一通り乾杯が進み、一同和やかな雰囲気の中、松陰は日本の製品の商品サンプルを数点持ち込み、エドワードにプレゼントした。

 娘がいるなら気に入るであろう、儀右衛門お手製の鼈甲細工(儀右衛門は元々鼈甲細工の家に育った)、ジャポニズムとして人気が出る事は確実の浮世絵、ジャパンとして後世では代名詞にもなった漆器である。

 エドワードはやはり商人であるらしく、驚愕を目に浮かべてはいたが、素早く頭の中で算盤を弾いた様で、矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。

 原料、生産地、生産方法、生産能力、価格などである。

 その様子から察するに、エドワードの興味を大いに惹いたのは間違いないだろう。

 しかしながら、それらの質問に馬鹿正直には答えられず、松陰はただ曖昧に笑って誤魔化した。

 しつこく尋ねても暖簾に腕押しな松陰に、遂にはエドワードも諦めたのか、プレゼントされた品物を納め、席を移って行った。

 

 松陰がここまでやって来たそもそもの理由は、アヘン戦争の見学という名を借りたイギリスとのパイプ作りの為である。

 自らの足りない知識を西洋の文物から補いつつ、天才達に奮起してもらう契機とし、もって日本の国力を高めようと画策しての事だ。

 それに、イギリスは清朝との関係も考えねばならないので、台湾への表立っての助力は見込めないかもしれない。

 もしそうなってしまっても、イギリス人の一商人との間にパイプを作っておけば、密貿易的にあれこれ取引も出来るだろう。

 それがたとえ小規模であっても、台湾の為には必ず役に立つはずだ。

 そう思って松陰はエドワードに視線を向けた。

 先程のやり取りなどすっかり忘れたかの様に、スズを捕まえ、目尻を下げてあれこれ世話を焼いているエドワード。

 その様子を見ていると、こいつはチョロそうだとの印象を抱いてしまう松陰であった。

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