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幕末香霊伝 吉田松陰の日本維新  作者: ロロサエ
アヘン戦争台湾編
75/239

娘の事が好きすぎる、とある父の手紙

 愛するジョセフィンへ

 

 元気に過ごしているかい?

私にとっては、お前さえいてくれれば常に元気が湧いてくるのだが、イングランドから遠く離れてしまった今、そうも言っていられない。

 ここ台湾は、じっとしていても汗が吹き出てくる、蒸し暑くてうんざりする気候だから尚更だよ。

 アフリカもインドもこの季節は暑いものだが、日差しを避ければそれ程でもない。

 しかしこの台湾ではそうもいかない。

 湿気がある為に、空気自体が熱を持っている様な感じだね。

 全くもって忌々しい!

 こんな暑苦しい台湾でも、お前さえいてくれたら、居心地の良い場所に変わるのかな?

 いや、やはり天国だろうね。


 さて、今回お前に手紙を書いたのは、この台湾で私が経験した、驚くべき出来事を知らせたいと思ったからなんだ。

 果てしなく未開で、果てしなく巨大なアフリカでも、不浄も清浄も善も悪も、全てが混沌とした様なインドでも経験した事のない、青天の霹靂とでも言うような、まるで予想もしていなかった出来事があったのだ。

 それを伝えたくて筆をとった次第さ。


 私が台湾に赴いたのは、清国に駐在しているエリオット閣下の意向もあったが、清朝が我が大英帝国と争っている今、辺境であると見なされ半ば放置されている台湾を、我が帝国の支配下に置くには絶好の機会であると判断したからだ。

 台湾の地理的条件は中々に素晴らしい。

 エリオット閣下は広東に程近い香港を清朝より割譲された事で手打ちを図ったようだが、その広東では民衆が蜂起し、太平天国なる独立国家を建設してしまった。

 その指導者は香港における我々の権利を認めたようだが油断は禁物だ。

 彼らの事だ、いつ約束を反故にし、突然攻めてくるかもわからない。

 その時に備えて重要になってくるのがここ台湾なのさ。

 

 台湾は香港から少し遠く、肉眼では見えない沖合いに位置する。

 この台湾を我らの影響下に置く事が出来れば、安全な場所で我らの戦力を整える事が出来るという訳だ。

 地続きの香港に全戦力を置いてしまっては、まさかの出来事で思いもかけない損害を蒙ってしまう事も考えられる。

 それを防ぐ為にも、海を挟んだ位置の台湾は、是非とも抑えておきたい拠点なのだ。


 そんな思いを胸に、私は台湾へと船を走らせた。

 台湾沖の澎湖諸島に駐留する清の水軍の目を逃れ、まずは台湾の中心地、台南へと赴いた。

 まあ、戦ったところで全く怖くは無い相手だが、エリオット閣下には様子を見るだけと言い含められていたので、事を荒立てる訳にもいくまい? 


 遠くから眺める台湾は、ポルトガル人が”フォルモッサ、麗しの島”と呼んだ心情が良く分かる、緑の美しい島だったよ。

 そんな台湾に近づくにつれ、私を含めて乗組員の緊張は高まっていった。

 何故なら清軍は、勝てる訳もないのに、問答無用で攻撃を仕掛けようとするからだ。

 まるで届かない大砲を健気にも打ち放ち、大砲が通用しないと見るや、乗り込んで白兵戦に持ち込もうと船で接近を試みるのだ。

 まあ、その試みは全て無駄に終わるのだがね。

 

 そんな経験を持つ我らだ。

 いくら相手の攻撃が我らに届かないと言っても、戦場では何が起こるか解らない。 

 警戒するに越した事は無いのだよ。


 注意しつつ港に近づいた我らを待っていたのは、地元民の盛大な出迎えだった。

 え? 話が飛んでいるって?

 そうだね、呆気にとられるだろうね。

 実際、我々も呆気にとられて馬鹿みたいに口を開けていたよ。

 罠ではないかと更に警戒して進んだが結局何も無く、出迎えに来た小舟に揺られ、数名の護衛と共に私は台湾へと乗り込んだんだ。 


 通訳を通じ町の代表者と話をしたいと伝えた所、暫く待って欲しいとの事で、港の近くの商店らしき建物に案内された。

 前もっての約束も無く突然訪ねた我々だが、追い返される事無く対応されたのは、大英帝国の威光に恐れをなしたからだろうか?

 格式ばった清朝の役人ならば、面会の約束も無しにその日のうちに会う事など出来はしない。

 それがこの対応だ。

 清朝との争いで圧倒的な戦果を上げた我々に、逆らうのも無駄だと見なしたのだろうかね?

 

 待つ事暫く。

 会談の準備が整ったと連絡があり、街の庁舎に向かう事になった。

 庁舎までの案内役が我々を待ち構えていたのだが、ジョセフィン、それはどんな人々だったか想像出来るかい?

 ”子供達”さ。

 そう、どこからどう見ても子供にしか見えない幼い男女数人が、若干緊張していた我々を待っていたのだよ!

 しかも、我々を見るなり「台湾にようこそ!」とぎこちないながらも英語で挨拶してきたのだ!

 我々一同、驚きの余り言葉を返せなかったよ!

 間違った? という風に互いの顔を見合わせる子供達の反応にようやく我に返り、慌てて「歓迎感謝する」と応えた次第さ。

 

 そして、私の返事を聞いた時の子供達の嬉しそうな顔ったらなかったね!

 皆して歓声を上げ、手を叩いて喜んでいたよ。

 やはり子供達はどこの国でも可愛いものだな。

 野蛮人しかいない様な場所でも、子らは無邪気なものさ。

 大人になるにつれ、野蛮な風習に染まっていくのだ!

 だから教育は大切なのだ! 


 失敬、話が逸れたね。

 しかし、一体どういう事だい?

 過去、オランダやポルトガルがこの地に拠点を持っていたのは知っているが、ここ最近はどこの国もこの島には接触していないはず。

 特に、我が大英帝国の商人や海軍は全くと言っていい程関わっていないはずさ。

 それなのに、どうやって英語を学ぶというのだね?

 もしかして、田舎者のアメリカ人から、かい?

 確かにアメリカ人なら、我々もその活動を把握しきってはいないので可能性はある。

 しかし、道中で子供達が口にしていたのは、明らかなクイーンズ・イングリッシュのそれだった。

 田舎者のアメリカ人の英語なんて、まるで酷いモノだからね!

 従って、彼らの英語はアメリカ人に教わったモノではないという事だ。

 彼らに英語を教えた”先生”とは一体どんな人物なのか?

 興味深い事だ。

  



 我々は庁舎に到着した。

 玄関の前には数十もの人だかりが出来ており、我々を出迎えてくれた。

 我々の姿が珍しいのか、こちらを見ては隣の者とヒソヒソと呟き合い、またこちらに目をやってくる。

 田舎者らしい無礼な振る舞いだが仕方無い。

 世界のどこでも同じ扱いは受けている。

 もう慣れてしまったよ。

 

 そして始まった町の代表者との会談。

 まさかその日のうちに会談が始まるとはね!

 しかも、清朝の役人は無駄に格式ばった形式的な儀礼に拘るものなのに、会談の場に選ばれたのは飾り気の無い一室だった。

 それだけでも十分驚きだよ!

 お前には想像もつくまいね、清朝の役人達の無駄に仰々しい、時間ばかりのかかる勿体ぶった芝居と見紛うばかりの立ち振る舞いを!

 そんな彼らが質素な一室で、しかもその日のうちに会談を持つ?

 私にとっては信じられない思いで一杯だったよ!


 大英帝国のきらびやかな文明から隔絶した、未開で粗野な野蛮人達に囲まれ、どの様な結末になるかと内心ひやひやしながら町の代表者と会ったのだが、そんな私を待っていたのは、驚くべき報せだった。

  

 代表者である杜君英氏と朱一貴氏の話では、なんと台湾でも民衆の独立騒動が起き、台南と打狗の町を落とし、この台南に臨時政府を樹立したというのだ!

 広東の太平天国といい、この台湾といい、最近の清朝はどうなっているのだね?

 ま、台湾の独立騒動は、我が方にも利益がありそうだから歓迎すべき事態かもしれない。

 そんな折に来れたのは僥倖かもしれない。

 何せ我が大英帝国の艦船の力は、この度の清朝との戦争でも遺憾なく発揮したのだ。

 清朝から独立したい勢力には、喉から手が出る程に欲しいモノではないかな? 

 何しろ海の上で清軍を撃退出来れば、彼らは島に到達出来ないのだからね!

 エリオット閣下と協議し、本国の許可を得る必要はあるが、我らの武器は彼らに高く売れるだろう。

 清朝が抗議をしてくるかもしれないが、相手は独立国なのだ、構う事はあるまい?

 

 私は台湾の様子を下見に来ただけだったが、思った以上に収穫があり、内心で歓喜していた。

 そんな中、会談も一息つき、杜、朱氏のはからいでささやかな茶会が催された。

 白い湯気を立てるお湯が注がれると、鼻腔をくすぐる、芳しいお茶の香りが部屋に充満した。

 流石お茶の本場だね。

 飲む前からその高い品質が読み取れたよ。

 だが私は、私にお茶を運んで来た物に驚き、その場で大声を上げそうになってしまった。


 お前に聞きたいのはそれだ。

 どうして私は、無礼でしかない行為を思わずしそうになったと思う?

 私が驚いたのは、私にお茶を運んで来たのが人ではなく、物だったという事だよ。

 さて、一体何が私にお茶を運んできたのでしょう? 


 訓練された動物? それは面白いかもしれないね。

 空を飛んできた? うむ、奇術師ならあるかもしれない。

 他に何を想像するね?

 思いつかないかい?

 では正解を言おうか。


 ”人形”だよ。


 そう、あの人形さ。 

 お前の部屋にも似た様な物は置いてあるよね?

 私にお茶を持って来てくれたのは、その人形だったのだよ。

 お前との人形遊びでやっただろう?

 人形にカップを持たせる様にして、お茶をどうぞ、とね。

 そう、それさ。

 それが本当に、人の手を借りずに、人形が独りでお茶を運んで来るのだよ。

 

 しかも、驚くのはそれだけじゃない。

 何とこのお茶汲み人形、私がお茶を飲むのを待っているんだ!

 お盆に載ったお茶を私が手に取る。

 でも、人形は動かない。

 当たり前だ。

 それ以上、何をするというのだね?

 やがて最後まで飲み干し、空になったカップをお盆に戻す。

 

 すると驚きの展開が待っていた!

 何と、今までじっと待っていた人形が突然動き出し、その向きを変え、空になったカップを持って帰っていくのだ!

 どういう事だね?

 人形はじっと動かなかっただろう?

 それが、空になったカップを戻したら再び動き出し、帰っていくのだ!

 一体どうなっているんだい?

 東洋人の魔法か何かなのか?

 

 オートマタかしら、だって?

 そう、そのまさか、未開な野蛮人と思っていた者達が、ヨーロッパの文明に勝るとも劣らない、高度な機械文明の象徴であるオートマタを作っていたのさ!

 全く驚きだ!

 一体全体、どうなっているのだね?

 ヨーロッパの高名な時計技師が、その腕によりを掛けて作り出したのがオートマタだ。

 それを、時計なんて物を一生必要としない様な生活を送っている極東の未開人どもが、それぞれの部品の動きの精緻な一致を必要とする機械を作り上げる?

 馬鹿も休み休み言えというものだ!

 遭難したスイスの時計職人が、監禁された末作り上げたと言う話の方が余程真実じみているよ!

 しかし、後で紹介されたその人形の製作者という男は、どこからどう見ても東洋人だったのだ!

 分解して見せたその手さばきは、嘘を言っている様には見えなかったよ。


 ああ、ジョセフィン!

 こんな人形を目にした私の驚きが理解出来るかね?

 第一、この人形を披露したのは、いつまで経っても古い因習を捨てきれない、頑固な老人にも似た国の者達なのだ。

 それに台湾の山間部には、人の首を嬉々として切り落とし、戦利品の如く村に飾るといった蛮行を為す原住民がいるらしい。

 何という野蛮な連中なんだろうね!

 目の前の者達はそんな蛮族ではないようだが、文明の利器の恩恵など全く知らず、旧態依然とした非効率な生産方法を続ける未開な野蛮人でしかないと思っていたのに、私にもその仕組みを理解しかねる、高度な動きの出来る人形を作り上げるとは!

 

 そんな私を見て涼しげな顔をしている少年がまた、尚更腹立たしさを掻き立てる!

 まるで、何をそんなつまらない事で驚いているのですか? とでも言っている様じゃないか!

 この少年は、人形製作者の男のお供として部屋にやって来たのだが、まるで我々の言葉が解っているかの様な素振りを見せるのだ!

 ……まさか、この少年もそうなのか?

 我々をここまで案内してくれた少年少女と同じく、英語を理解しているのか?

 どうなっているんだ、この島は! 


 全く、今回は野蛮人共にしてやられたよ。

 私はすっかり度肝を抜かれてしまった。

 精巧な機械の組み合わせであるオートマタ。

 文明の地ヨーロッパから遠く離れたこの極東の地で、まさか文明の極致ともいえるオートマタを見る事が出来るとはね!

 何かの交渉をやっている訳ではないのが幸いだった。

 こうも驚かされてしまうと、交渉の主導権を握られてしまうからね。

 下見に来ただけだったが、本当に助かったよ。


 彼らの話し振りから察するに、彼らは我々の武器に興味を持っている。

 それは確かだ。

 しかしそれは、エリオット閣下かその後任に任せるとしよう。

 涼しい顔をして控えている少年を見ていると、何やらまだ隠している様に感じたのだ。

 そんな事を考え、私は思わずブルッと身が震えてしまったよ。

 これ以上驚かされたら身が持たないのでね!

 そして後日、この予感が正しかった事を知るのだが、それはまたの機会にしよう。


 これまで世界中で様々な事を見聞きしてきたが、今日程驚いた事もなかったと思う。

 ジョセフィン、世界は驚きに満ちているね。

 この世界をいつか、お前に見せてあげたいと思うよ。

 ではそろそろ筆を置こうとしよう。

 母さんは相変わらずだろうが、大切にな。

 それではジョセフィン、さようなら。 

 極東の地から愛を込めて。

 父より。

 


娘を思う父親の雰囲気が出ていればいいいのですが……


オートマタ、オートマータ、オートマター。

私の好きな漫画「からくりサーカス」の事件の発端は、この作中よりも数十年前くらいですかね。

あの当時に完全な自動人形オートマータを作り上げるとは、白金さん(でしたか?)は凄すぎます。

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