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幕末香霊伝 吉田松陰の日本維新  作者: ロロサエ
アヘン戦争台湾編
72/239

台南へ ★

「大次、上手くいった?」


 打狗ターカオを占拠した次の日の朝、松陰らがいる役所に入るなり、梅太郎が問うた。

 その後ろには弥九郎、蔵六がいる。


 「勿論でございますよ、兄上。兄上の方は如何ですか?」

 「はい、これ。台南にもお城なんて無いよ。兵舎は3箇所に分かれてる。」


 松陰は梅太郎から渡された紙を机の上に広げた。

 海舟や才太らもそれを覗き込む。

 それは、梅太郎の作成した台南付近の見取り図であった。

 ここ打狗も、予め梅太郎は弥九郎、蔵六や案内の村人と共に偵察し、人員、地形、拠点の状況などを紙に書き落としていたのだ。

 その情報を元に、皆して策を考えた。

 尤も、裸同然の役所だったので、結論は力押しだったのだが。

 そして台南である。


 梅太郎らは台南へも偵察に出かけ、今帰って来たのだが、どうやら打狗と同様らしい。

 清朝は、下手に防御施設を作って、もし反乱軍に乗っ取られたらと考え、そういう類の建物を建てさせなかったのだ。

 ただ、台南は兵が多いので、兵舎は3箇所に分かれていた。

 むしろ兵数に安心し、弛緩しきっているらしいとの村人の話である。


 「蔵六さんはどう攻めるべきだと思いますか?」

 「何度も言っておりますが、私は村医のせがれなのですが?」

 「わかっておりますよ。で、どう思いますか?」

 「……台南は平坦な地に作られた町で、ここからの距離はおよそ7里(約30キロメートル)。台南に至るまではサトウキビの畑が広がるばかりで大きな川もありません。町には立て篭もる様な軍事施設はないので、彼らは平野で待ち受けると思われます。小細工の出来ぬ平原で待ち受け、数で圧倒するつもりなのでしょう。」


 今のうちに戦場に慣れ、早目に大村益次郎へとクラスアップしてもらおうと考える松陰である。

 そんな松陰に何やら納得がいかないらしい蔵六。

 けれども考える所を述べた。


 「しかしながらここの反乱に呼応し、台南の民衆も挙兵するという噂が立っておりますので、その為全兵力をこちらに向ける事はないと思われます。こちらの迎撃にどれだけの数を差し向けるかが鍵でございましょう。」

 「ありがとうございます。」

 

 予想通りではある。

 梅太郎の見取り図では、打狗から台南までは平坦な地を続き、大きな川もなければ山も無い。

 平野で双方が激突するだけであろう。

 そうなれば数で不利なこちらであるが、松陰以外誰も不安に感じる事はなかった。 

 実際戦ってみた感想として、清軍にまるで力を感じなかったからである。


 「弥九郎先生はどう思われますか?」


 弥九郎は昨日、清軍と戦ってはいない。

 そうではあるが、見る目確かな弥九郎に松陰は聞いてみた。


 「蔵六殿の見立て通りであるな。村の医者の息子であるのが惜しいくらいに的確であるぞ。遠目にみた台南の清軍は、慌しくはしておったが練度には欠けておったな。数は多いが、脅威はまるで感じなかったぞ。」


 弥九郎が言うならそうなのだろう。

 

 国内で戦をした経験など誰もなかったが、英雄譚として聞いた、祖先達の繰り広げた物語では、一騎打ちの華々しさ、敵味方入り乱れた混戦など、手に汗握り、ハラハラドキドキの連続であった。

 太平の世の中で、それは夢想するモノ、想像するモノでしかなかった。

 それが今、こうして思わぬ所で巻き込まれたのだ。

 内心では期待に胸膨らませ、熱い戦いに心躍らせた才太らであったが、いざ蓋を開けてみれば、余りに呆気ない幕切れである。

 何故? と考え、清軍が不甲斐無いからでは? と結論付けた。

 それ以外に考えられなかったのだ。

 数に不利がある中で真正面からぶつかっても何ら問題は無い、と思ってしまう様な、そんな清軍であった。

 相手を見下す訳ではないが、冷静に分析した結果がこれであるので仕方無い。

 

 とは言いながらも、「械闘」を繰り返してきたらしい泉州人らの動きがわからないので油断も出来ない。

 隆盛らに共闘を呼びかけてもらっている筈であるが、未だその結果の連絡は無い。

 今の所様子を見ているのであろうか?

 役人が腐敗している方が商人の好きに出来るので、双方に恩を売る為に土壇場まで待っているのだろうか?


 何にせよ、この勢いのまま一気に台南まで占拠してしまおうと意見が一致した。

 どっちつかずの勢力なら、様子見をしている間に終わらせてしまえば何も出来ないだろう。

 正規兵3千程の台南駐屯兵である。

 対してこちらは台南側と合わせて約1千名。

 3倍の差に加え、もしかしたら清軍には援軍があるかもしれない。

 しかし、である。

 客家と対立しがちな泉州の者がどれだけ清軍に呼応しようが、所詮は清軍に抑え付けられている、今の現状に甘んじているだけの者でしかない、そう思ってしまう皆であった。




 薩摩方もそろそろ起きている?

 そう思って門を抜けてみれば、民も薩摩方もぼちぼち起き始めていた。

 松陰に昨夜の事を問う勇気はない。

 と、


 「昨日は醜態を見せてしもうて、誠にすまん!」

 

 松陰を見つけ、早足で近寄ってきた男が開口一番そう言った。

 何と忠蔵が謝って来たのである!

 驚く松陰に忠蔵は続けた。


 「オイ達も初の戦で、思った以上に気が動転しておったらしい!   

 薩摩モンは人を食べると誤解されてはかなわぬ! あれは粋がる気持ちが逸った末の、子供じみた蛮勇と思って欲しい!」


 などと言った。

 若干顔を赤らめている。

 甚だ気持ち悪いが、そう思っているのなら松陰に言うべき事は無い。

 起きて周りを見渡してみれば、人の骨らしき物が散乱している光景に愕然とでもしたのだろうか……。


 「次は台南の3千人が相手です。客家と対立している集団がどう出るかわかりませんし、薩摩の皆様にはまた最前線で無理してもらう事になると思います。宜しくお願いします。」

 「相わかった! 期待してくれ!」


 昨日の事には何も触れない松陰に安心したのか、忠蔵の顔はほころび、大きく頷いた。


 その後、薩摩隼人、挙兵した村の村長らを交え、今後の計画について説明し早速行動を開始する。

 まずは役所や兵舎から押収した武器と盾を村人に配り、身につけてもらう。

 如何ともしがたい心許ない装備であるが、無いよりはマシ。

 これだけで大幅な戦力アップであろう。

 

 そして打狗の占拠を受け、続々と集まる民衆を吸収し、反乱の徒は台南に進軍していった。




 同じ頃、


 「しゅの兄貴! 一体どうするんで?」


 客が帰って早々、莫文龍が勢い込んで口を開いた。

 台南に拠点を置き、本土と交易を行う泉州の商人、朱一貴しゅいっきの屋敷である。

 問われた一貴はそれには答えず、文龍に逆に聞き返す。


 「お前はどう思うんだ?」

   

 てっきり一貴の答えを聞けるものとばかり思っていた文龍は、しどろもどろになりながらも自説を述べた。


 「怪しすぎますぜ、あいつら。”繁栄之弧”? 出来る訳がねえ! 独立? 合議制? 意味がわかんねー! そもそも客家の奴等なんて信用出来ねーでしょ! 高山番(台湾原住民の事)なんて言葉も通じねー野蛮人どもじゃねーですか! それに役人の方からも、すぐに人を寄越す様言われてますぜ!」


 文龍の言葉に他の者も首肯する。

一貴は更に質問した。


 「客家が信用出来ないとはどういう事だ?」

 「え? いや、あいつら裏切ったじゃないですか!」


 文龍の言う裏切りとは、1721年に起きた大規模な反乱においての事である。

 福建省の者と広東省客家が協力して清の統治に抵抗したのだが、清の軍隊が台湾に上陸するや、客家の一部が裏切り、清に協力して福建省の者を攻めた。

 それにより、反乱は一ヶ月で鎮圧されてしまったのだ。

 以降、福建出身者と広東出身者は対立している。 


 しかし、と一貴は思う。

 いつまで言っているんだ、と。

 お前が裏切られた訳ではないだろう、と。

 そしてそれは泉州の年寄り連中にこそ著しい。

 自分達が裏切られた当事者な訳でもあるまいに、いつまでも愚痴愚痴と文句を言い、客家の者を拒絶する。

 百年以上前の事を根に持ち、将来の利益をみすみす棒に振るのは余りに馬鹿馬鹿しい。

 商人にとってはあるまじき行いであろう。

 文龍達は客人の言葉に否定的であるが、一貴にはその可能性に内心で興奮していたのだ。


 「お前はあの客人らが本当に高山番だと思っているのか?」

 「え? 違うんで? 客家の奴がそう言ってやしたぜ?」


 一貴は文龍のとぼけた表情に落胆した。

 これが手下の中では出来が良い方なのだ。


 「商人ならば取引をしていない相手でも良く観察しろ! 作法には疎い様だが礼は欠かさず、立ち振る舞いには武に鍛えられた様子が見えた。成程、言葉は通じないが書は解し、いや、解するどころかこの見事な筆捌き! 文字を持たない蛮族などと、とんでもないぞ!」

 「はぁ。でも、それならなんで高山番なんて言うんです?」


 分かった様な分かっていない様な、そんな文龍であった。


 「それは彼らが説明した”繁栄之弧”であろうな。」

 「へ? それが何か?」  


 益々頭が混乱してきた文龍。

 そんな部下達に溜息をつきそうになりながらも、一貴は言葉を続けた。


 「正体がばれたら都合が悪いと言う事だ。それはどうして? 答えは客人の計画という”繁栄之弧”の中だ。この計画にはどこが必要だ? 清国、台湾、そして倭国だ。彼らは満州人ではない、それははっきりしている。高山番? それも無いだろう。では、残りは倭国しかない。しかしその倭国は鎖国している。確か国の外に出た者は大変な罪になると聞く。従って、表立ってこの地で活動する訳にはいかないのだろうよ。察してやれ。」


 一貴の説明に皆なるほど、流石兄貴だ、と頷いた。

 一貴の言葉は続く。


 「しかし、台湾を中心として西に本土、南に呂栄フィリピン、東に琉球、そして倭国(日本)の一大交易圏を作り上げる、か。しかも清朝と戦をしている西洋も組み込むとはな。大風呂敷を広げただけにも聞こえるが、何の事はねぇ、明の時代のご先祖様がやっていた事を真似するだけなんじゃねぇか!」


 文龍達を置いてけぼりにして、一貴はまくし立てる。

 明の時代、日本は徳川家康の治世下、朱印船で活発な海外貿易を行っていた。

 明朝は海禁政策をとっていたが、商人達は密貿易に励み、各地に赴き、産物をやり取りしていたのだ。 


 「それが何だ? 今は清の役人の目を恐れて縮こまり、本土と台湾を行き来するだけ? しかも役人に賄賂を渡して取り入り、甘い汁を吸う事だけに汲々としてやがる! 反乱を起こした奴らがいれば鎮圧に協力までして、まるで根性がねーぜ!」


 かつては泉州人も清朝の統治に反抗し、何度も抵抗運動を起こしていたのだが、最近は政商とも呼べる様な地位にあり、むしろ清朝の統治に積極的に協力する間柄となっていた。

 成程、儲けに関して言えば大きくなったが、それだけでは何やら物足りないのだ。

 役人の顔色を伺って、賄賂で儲けを恵んでもらう様な、そんな事だけでは心苦しいのだ。

 船で海を渡る商人には、元々博打打ちの血が流れている。

 小さく纏まった商売も勿論大切にするが、やはり冒険と聞けば血が騒ぐのだ。

 一大交易圏なんぞというどでかい計画を聞かされれば、一枚噛ませろと思ってしまうのだ。


 「しかも、まるで用意されたみてぇに、広東では客家の独立騒ぎときたもんだ! それに呼応して客家が台湾で挙兵? まさか台湾も独立するってぇのか? その為の今回の俺達への訪問なのだろうが、本当に出来るのか? ……いや、する、のか……。」


 一貴は考え込む。

 冒険心が疼いたとて、下手に立ち回れば身の破滅、部下を路頭に迷わせる事になる。

 台南の清軍は3千しかいないとはいえ、台湾が独立ともなれば本土から数万もの兵が押し寄せてくるだろう。

 そこまで考え、一貴ははた、と気がついた。


 「まさか、イギリス?! 清の水軍はイギリスの船にまるで歯が立たなかったと聞く。そのイギリスは広東の一部を割譲されたはず! そのイギリスに海上を抑えてもらえば、清軍は渡って来れない?!」

 

 一貴は、全てが運命とでもいうかの様に、自分達の前に一本の道がお膳立てされている錯覚を覚えた。

 歩き出せばその道は、苦難はあろうが心躍らせる、”独立”の二文字まで続いている。

 もし一貴が躊躇えば、客家の挙兵は失敗し、今の地位は安泰かそれ以上の見返りがあるかもしれない。

 どうする? どうしたいかなら、決まっているがな。

 一貴は自問する。

 そんな一貴の下に、一人の部下が急報を持って現れた。

 

 「兄貴! 打狗が落ちやしたぜ! 客家の奴ら、台南までやって来るつもりですぜ!」

 

 その報せにパシッと膝を叩き、一貴は勢い良く立ち上がり、居並ぶ部下に告げた。


 「俺の腹は決まった! 客家に協力する! 役人の方には時間がかかると伝えておけ!」 

 「へい!」


 事態は進んでいく。

挿絵(By みてみん)

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