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幕末香霊伝 吉田松陰の日本維新  作者: ロロサエ
アヘン戦争台湾編
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挙兵への助力のお願い

 涙ながらに語る村長の願いは、半ば松陰の予想通りだった。

 サトウキビの作付けを義務付けられ、しかもそのほとんどを持っていかれる事。

 貧しいのに税は高い事。

 払う物がなければ食べ物まで持っていかれる事。

 今年は雨が少なく、このままでは米が不作になりそうな事。

 

 村に入って薄々気づいた事そのままであった。

 田は、弱々しい葉を茂らせた稲が生えているのだが、水田とはいい難い程に水気が無く、土の表面には無数のひび割れが走っていた。

 台湾南部では、日本の様に米をある時期に一斉に植える必要はなく、ほぼ一年を通じて育てる事が出来る。

 寧ろ夏場の台風の時期を避ける為、秋、冬に播種し、この時期に収穫を迎える方が良いくらいなのだ。

 それが、今の段階で貧弱な穂が見えるだけ。

 しっかりとした穂をつけた田んぼもあるが、多くが貧弱なままである。

 こんな事では、今年はまず間違いなく不作であろう。


 畑にはサトウキビが植えられているが、砂糖では腹は膨れない。

 それに砂糖は大事な換金作物である。

 金に換えた所で税として持って行かれ、農民の手元にはいくばくかしか残らない。

 しかも食べる為の米は制限され、強制的にサトウキビを植えさせられるのだ。

 米が取れなければ、待つのは飢えである。 


 その為、田んぼの出来が悪ければ、自然と農民の顔は暗くなる。

 不作を予期してのモノなのか、それでも税が変わらない事を嘆いての事なのかはわからない。

 わからないが、村人の多くがそんな顔をしていれば、それがそのままこの村の未来を暗示している様に思われた。


 村長の訴えは続く。

 海の向こうの故郷広東(ここの村人は昔、広東から移り住んだ者らであった)では、様々な奇跡を行い、偉大な予言者と噂される、同じ客家はっか出身の洪秀全が、大胆にも清国から独立を宣言し、信じられない事に見事広東を掌握、太平天国という国を建て、各地の客家に檄文を飛ばして挙兵を促している事。

 それに呼応し、台湾でも客家を主体として挙兵する事になったけれども、この村は年寄りばかりで、参加出来ない不甲斐無さに泣くしかない現状である事。 

 しかし、丁度まさにこの時、戦う力を持った、見るからに強そうな客人を迎えるという、天恵とも言うべき事態。

 客人には何の関わりも無い事であるかもしれないが、是非とも力をお貸し下され、であった。




 因みに、客家とは古代中華王族の末裔とも言われ、戦乱を逃れ、中原から南へ移動してきた人々の事である。

 移住先の先住民から見れば「よそ者」である為、「客家」と呼ばれた。

 現在の広東、福建、江西、湖南、四川省などの山間部に住み、在外華僑、華人として東南アジア諸国に住む者も多い。

 洪秀全、国民党の孫文、共産党の鄧小平やシンガポールのリー・クァンユー、台湾総統の李登輝も客家出身であったりする。


 

 

 しかし、村長の言葉に松陰の思考が停止する。

 

 今何て言った?

 奇跡? 予言者? 洪秀全が太平天国を建国? 広東省を掌握?

 

 理解が追いつかない。

 

 何で? 太平天国っていったら確か10年後の出来事のはず! 

 どうして今? まさか歴史が変わった?


 混乱する松陰を余所に、外野は疑問を口にする。


 「奇跡だと?」

 「予言者とは?」

 「洪秀全とは誰だ?」


 それに答え、村長は言う。

 広東の山間部に住む客家はっかの出である洪秀全は、貧しい環境におかれた同胞の境遇に憤りを持ち、清国の腐敗、惰弱ぶりに危機感を持ち、各地に散らばる客家を救う為、立ち上がった事を説明した。

 何も無い所から物を出現させたり、先祖の霊魂を招き寄せたりといった奇跡を示されたらしい事。

 様々な知恵を授け、貧しい農民達の暮らしを改善していかれているらしい事。

 国内にアヘンが蔓延し、その結果として清国とイギリスとの間に起きる戦を見事予言されたらしい事。

 清国朝廷の対応まで予言され、的中した事などを述べる。

 それを受け、亦介がポツリと呟いた。

 

 「奇跡は分かりかねるが、まるで松陰殿の様でござるなぁ。」


 亦介の言葉に頷く者多数。

 松陰はこれまで、清国とイギリスの間の戦を見事的中させ、驚く様な様々な知恵を示してきた。

 洪秀全と言う者も、それと全く同じではないか?

 そんな亦介の言葉にハッとする松陰。

 

 まさか、転生者?

 

 松陰は考え込む。

 これまで思いもしなかったが、転生者が自分一人だけと考えるのもおかしな事だ。

 同じ境遇の者が他にいても不思議は無い。


 洪秀全と言えば、アヘン戦争の約10年後に太平天国の乱を起こした人物である。

 南京を占領して建国まで漕ぎつけたものの、諸外国の支援も受けた清国の攻勢には勝てず、南京を包囲され、遂には餓死してしまうのだ。

 その際、洪秀全を信じて篭城した多数の信者も、教祖と運命を共にしたらしい。 

 それが、アヘン戦争の起こった今、しかもその舞台である広東を占領したとすれば、同じ轍を踏むまいとして起こした行動なのかもしれない。

 

 何も無い所から物を出すと言えば、普通に考えれば手品の一種であろう。

 祖先の霊魂云々は降霊術であろうか?

 いずれにしても、ただのパフォーマンスにしか過ぎないが、その様な興行を目にした事が無い人々にしてみれば、奇跡と思っても仕方が無いのかもしれない。

 手品を使って人を集め、未来の出来事を的中させ、様々な知識を活用して人心を掌握する。

 もし自分が手品でも出来れば、同じ様にしたかもしれないと考えた松陰である。

 しかも、既に広東を掌握して太平天国を建国までしているらしい。

 松陰の知る歴史とは違っているのだ。

 転生者でもない限り、出来る事ではないだろう。

 

 しかし、と松陰は考える。

 

 もしそうだとしたら、ここにいる自分はこれから何をすべきなのか?

 

 松陰にはそれがわからなくなった。

 清国とイギリスの戦を見学し、イギリスの力を確かめ、ついでに蒸気船の一つ、大砲の一つでも手に入ればと思ってやって来た。

 手に入らないまでもイギリス商人に顔を繋ぎ、密貿易をして西洋の最新知識を得ようと考えていた。

 

 しかし、もしこの洪秀全が転生者で、広東に独立国を建国したのであれば、当然西洋との交易を考えているはずなのだ。

 アヘン戦争後の南京条約で、広東にある香港はイギリスに割譲されるのだし、広東の港も開港する。

 イギリスに敗れたとはいえ、清国はなお圧倒的な武力を持っている。

 アヘン戦争で清国がむざむざ敗れるのも、イギリスと正面きって戦っていないのが主な原因でもある。

 戦力を温存しているとも言える清国と対峙する為には、西洋の最新兵器を得ようと考えるのは当然ではないか?

 

 もしそうであるならば、松陰の考えた”繁栄の弧”計画は苦も無く成就しそうである。

 蝦夷から始まる物流は、本州、長州、九州、薩摩、琉球、台湾、そして広東の太平天国で締めくくられる。

 この太平天国と西洋が繋がれば、日本は無理に開国するまでもなく西洋の知識、物品が苦も無く手に入るかもしれない。

 そこまで考え、思わず笑みが浮かぶ松陰であった。

 

 また悪そうな顔をしてる、でござる……。

 何かお考えですのね、お兄様! 

 お兄ちゃん楽しそう!


 そんな松陰に梅太郎らは困り顔やら期待するやらである。

 松陰の様子に気づかない者は、清国から独立して国を建てた者の話に興奮していた。

 なんせ太平の日本である。

 平和な世の中にあっては、それを退屈と感じるのも正直な所。

 それが、自分達が知らない間に、お隣りではまるで戦国時代の様な国取り物語が行われていたのだ。

 

 寝入り話として親に聞かされた、偉大なる藩祖とそれを支えた先祖達の華麗なる活躍話。

 国の命運を賭けて力と力がぶつかり、同盟や裏切り、権謀術数が渦巻く時代を駆け抜けた、ご先祖である侍達。

 今の主君への忠義を蔑ろにする訳ではないが、男子たる者、国取り物語に憧れない者はいないであろう。

 一国一城の主とは、やはり甘美な響きを持つ。

 そんな、御伽噺でしか聞いた事が無い物語が、今この時、海を挟んだ向こう側で繰り広げられているというのだ。

 興奮するなという方が無理であろう。


 そして、それに呼応したいと言う、目の前の農民達。

 戦う力が無いと、自分達を頼ってきた。

 その事すらも、何やら物語の中の一場面の様に感じられた。

 農民達の境遇は不幸なのだろうが、男達は知らずに顔がにやけてしまう。


 「窮状に苦しむ者の訴えを聞き捨てるというのは、道義的にどうなのだろうな?」

 「武士道の本分は弱きを助け、強きを挫く事です!」

 「この場に居合わせたのも縁だっぺなぁ。」

 「義侠だな。」


 才太らが語る。

 それは薩摩隼人も同様だ。


 「くくっ、いや、笑ってはいかんな。この者らは決死の思いでおるというのに。」

 「戦……。何とも心が踊る言葉でごわす……。」

 「手柄首……。」


 それぞれがそれぞれに思いを抱き、つい、にやけそうになる衝動を必死に押さえ、互いを見やる。


 「皆さん、如何でございましょう? 困っている人を見捨てるというのは心苦しいのですけれども。」

 「そうだな。義を見てせざるは勇無きなり、だ。」

 「気が合うな。弱い者虐めをするな、は薩摩の教えである。」


 松陰の言葉に頷く者たち。

 これで台湾の騒動に足を突っ込む事が決まった。

 

 そうと決まれば善(?)は急げ。

 村長に諾を伝え、ありがとうございます、という彼らの言葉を押し留め、計画の詳細を確かめた。

 首謀者は、台南近郊に住む客家出身の杜君英とくんえい

 挙兵を一週間後に控え、密かに準備を進めているとの事。

 この村の若者は土木工事に集められ、年寄りばかりが残る現状だが、客人の助けを得た今、指を咥えて見ているつもりはないらしい。

 

 しかし、詳細を聞いていくと、何やら雲行きが怪しくなっていった。

 挙兵はいいが、その後の事をしっかりとは考えていない様なのだ。

 台湾は、清国にとっては意識の外にある地でしかない。

 支配の及ぶ地と認識はしていたが、積極的に統治はしていなかった。

 税の徴収に役人を派遣してはいたが、まとまった兵力すら駐屯させておらず、反乱が起きれば本土より兵を派遣し、その都度鎮圧するといった有様であった。

 その為、小さい反乱は3年毎、大きい反乱は5年毎に起きていたとも言われる。

 従って、挙兵して役人を追い払ってからが本当の勝負なのであるが、農業しか知らない者らであるので、統治というモノに考えが及ばないらしい。

 初めに感じた心の高揚はどこへやら、松陰らは互いに顔を見合わせ、次々に不安を口にした。


 「大丈夫なのでござるか?」

 「農民だから仕方無いとはいえ、どうなのだ、これは……。」

 「考えが不十分過ぎますね……。」

 「聞けば同じ事の繰り返しの様でごわす。」

 

 とはいえ、これは台湾の端に位置する、打狗ターカウつまり現在の高雄市に程近い小さな村の村長の話でしかない。

 首謀者に話を聞けば、綿密な計画を立てているのかもしれない。

 一週間後の挙兵までに、話を聞きに行っても良い。

 打狗から台南へはすぐの距離だ。


 そう思い直し、とりあえずとして旅の支度を脱ぎ、借り受けた屋敷で休みを取った。

当時の台湾の統治の状況はどうだったのか?

宮古島の漂流民がパイワン人に殺され、日本が清国に賠償を請求した際、台湾原住民は化外かがいの民(皇帝の支配が及んでいない民)と言ったそうです。

化外の地であるとも。


兵力の駐屯があったのか、なかったのか?

物語の中では、大規模なモノはなかったとして話を進めています。


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