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幕末香霊伝 吉田松陰の日本維新  作者: ロロサエ
アヘン戦争勃発編
66/239

再出発

政治的な主張が含まれます、ご注意下さい。

船旅は次で終わりますので、ご容赦下さい。

「いい加減にしろ! いつまでやっているんだ!」


 松陰はうんざりして声を張り上げた。

 しかし、既に出来上がっている者らにその声は届かない。


 「すまんでごわす。やる事がないけん、焼酎でも飲まんとやっとれんでごわす。」

 「いえ、西郷さん、あなたもです! いつまでカルカンを食べているのですか?」

 「オイは下戸ったい。その分、甘い物には目がないでごわす。オイの家は貧乏やったけん、こうやってカルカンをたらふく食べるのが夢で、松陰どんには感謝してもしきれんでごわす。」

 

 そう言って、手に持ったカルカンをまた一つ口に運ぶ隆盛。

 カルカンとは薩摩のお菓子で、米粉、砂糖、ヤマイモ粉を練り混ぜ、蒸したスポンジ状のお菓子である。

 近年は、中に餡子を仕込んだカルカン饅頭が一般的となっている。

 隆盛は酒盛りに夢中な藩士達のカルカンを、お酌がてらせしめて回ったのだ。

 ホクホク顔でカルカンを頬張る隆盛に松陰も呆れ、「もう、いいですよ、私にも一つ下さい。」と言ってカルカンをもらい、口に入れた。


 時に1841年6月、琉球へと向かう薩摩藩の船の上である。




 和解の宴会は皆が泥酔するまで続き、二日酔いに痛む頭で松陰らは朝を迎えた。

 未だ少年でしかない松陰の酒の許容量は少なかったが、薩摩藩士にそれは通じず、限界になるまで飲まされたのだ。

 一様に気持ちの悪い朝を迎えた松陰らは、迎え酒だと言って再び飲みだした薩摩隼人に驚きの余りかける言葉を失い、見つかる前に退散せねばと忍び足で屋敷から離れた。


 そんな彼らを待っていたのは帯刀を連れた広郷である。

 お湯も浴び、衣服も借り受け、甚だすっきりとした顔のお菊らを伴い、松陰を訪ねようとしたらしい。

 彼女らは広郷のはからいで別室を用意され、久方ぶりの布団での睡眠を堪能したらしい。

 それは兎も角、急ぎ全員を連れ、酒臭い場を後にした。


 変わって広郷の屋敷である。

 彼の用は簡単であった。

 戦見学に薩摩藩士も連れて行って欲しいというものだ。

 半ば予想していただけに、松陰に驚きは無い。

 ただ、船は帆柱が折れた旨伝える。

 ならば薩摩藩が所有する船を使えば良いと、言葉通りに渡りに船な話を提案してくれた。


 旨い話には裏があるものだ。

 その心は? と松陰が尋ねると、広郷は”繁栄の弧”計画への先行投資だと言う。

 ”繁栄の弧”とは松陰命名の蝦夷から台湾に至る物流網整備計画の名である。

 宴会の場で広郷に呼び名が無いと不便だと言われ、急遽考え、口にしたのがそれであった。 


 そしてその”繁栄の弧”計画を成功させる為には、両藩の緊密な協力が欠かせないと広郷は言う。

 これまでは薩摩藩士の多くが長州藩士を馬鹿にし、侮る事も多かったので、これを機会にそれを少しでも払拭できれば、との思いがあるらしい。

 困難を共に乗り越えれば強い絆が生まれるだろうとの、広郷の祈りにも似た願いが込められている。

 そこまで言われれば、松陰とて反対する言葉は持たない。


 帯刀については、喜入領主の子息であり、本来はとても同行を許可する事など出来ないが、帯刀たっての希望であるし、領主も賛成しているし、薩摩藩士も多数同船するので特別に許したそうである。

 どうしてもお願いします、と幼い顔に真剣な表情を浮かべ、しきりに頭を下げる帯刀を、断れるはずもない松陰であった。

 これで戦見学最年少は小松帯刀6歳となった。

 



 「船酔いだけでも気持ち悪いというのに、信じられんでござる……。」

 「本当にねぇ。これで二日酔いとか、恐ろしい……うっぷ。」

 「どうしてこの状況で飲めるのでしょうかね……。」


 亦介ら船酔い組は、船に乗り込んでからは一滴も飲んでいない。

 海は穏やかで風は微風である。

 順調な航海が続いており、彼らも船酔いは起こしてはいないものの、全くもって快調な訳ではない。

 松陰が教えた船酔い対策で遠くを見つめ、なるべく視線が上下動しない様に心がけて、やっとといった有様であった。


 「東湖殿と忠寛殿は薩摩藩士に混じって酒盛りでござるし、まっこと我々には想像も出来ぬ方々でござる……。」

 「繊細なオイラ達とは出来が違うんだろうねぇ……。羨ましいぜ、今畜生!」

 「でも、こうやって遠くを見つめていれば少し楽ですね。」

 「嵐になったら同じでござるがな。」

 「それは言わない約束だろ、亦介さん。」

 「「「くわばら、くわばら」」」

 



 「で、でかいな……。」


 眼光鋭く一点を見つめ、利通はふっと呟いた。

  

 「何がでかいのでごわす?」


 偶然通りかかった隆盛が利通の呟きを聞き、尋ねる。


 「い、いや……」


 利通は慌ててかぶりを振り、逃げ出した。

 利通の様子を不思議そうに見つめ、何かでかい物があるのかと、隆盛は利通が見ていた方向に目を向けた。

 そこには別段でかい物はなく、見慣れたままに薩摩藩士らが酒を酌み交わしているだけだ。

 違う事はといえば、お菊ら女性陣が忙しくお酌をして回る姿がある事であろうか。


 大久保利通は、隆盛が行くなら自分もと付いて来た。

 隆盛、木戸孝允と共に維新の三傑に数えられる利通であるが、無口で煙草好き、囲碁を趣味とし、金銭には潔白だったらしい。

 利通は松陰と同い年である。

 この歳では流石に煙草は嗜んでいないものの、無口ではあった。


 そんな利通がお菊の何を見てでかいと呟いたのかは不明だが、薩摩の郷中の掟では、婦女子を話題にする事すら厳しく禁止されていた様である。

 また、僅かでも婦女子と接してはいけなかったらしい。

 理解出来ない掟であるが、土佐や会津でも似た様なモノがあったとか。

 母親、姉、妹とも接しないのか謎であるし、お店の人が女ではどうするのかも謎である。

 尚武の気風を重んじる薩摩士道の為、男色を称揚し、女との交際や関係は卑しく汚らしいと嫌悪し忌避されていたらしい。

 しかし、お菊のお酌を、鼻の下を伸ばして受けている薩摩藩士を見れば、言うほど徹底は出来ていない様だ。

 そんな薩摩藩士ではあったが、勝負に勝ったのは松陰らであるので、船の主導権は松陰らが握っている。

 従って船は長州の流儀(正確には松陰の流儀)でいく事となり、お菊らは好きにしているのだ。

 負けてよかった、と思った薩摩藩士がいたとかいないとか。




 「松陰先生! 此度の清国の戦について教えて下さい!」


 キラキラした目で帯刀が松陰に尋ねた。

 帯刀は宴会の時から松陰を尊敬し、三郎太らに混じり勉強しつつ、様々な質問を繰り返している。

 船の上は何かと暇であるので、そういう時間は多かった。

 隆盛、利通らも松陰を囲んでいる。


 「ではその前に、大まかな世界の歴史からいきますか。」

 「はい!」


 松陰は世界地図の前で説明を始めた。

 イギリスの東洋進出の前には、ヨーロッパの大航海時代の説明が必要だからである。

 その頃、ポルトガルが日本にやって来たのであるから、皆も理解しやすいだろうと思っての事だ。 

 

 「という様な経過を辿り、イギリスはインドのアヘンを清国に自由に売りたいが為、戦を仕掛けたのです。」

 「「……」」


 皆、沈黙している。


 「それに、産業革命によって生産力を大いに高めたイギリスは、綿製品の売り先を開拓せねばならないのです。でないと職を失う者が出ますから。それに我が国は、清とアメリカ間の航路における、都合の良い補給地でもあるのです。イギリスにしろアメリカにしろ、我が国を武力を使ってでも開国させねばならないのです。そして、我が国にそれを防ぐ力はございません。」


 いつの間にやら東湖も加わっていた。


 「全て向こうの都合だっぺ!」


 東湖が吐き捨てる様に言った。


 「それが世界の実情ですから仕方無いですね。嫌ならそれを拒絶する力を持たねば聞いてもらえませんよ?」


 そう言われれば黙るしかない。

 時間は過ぎてゆく。




 そんな中、船は補給地の奄美大島に着いた。

 疲れを取る為に一時的に休むと共に、飲み水、食料、酒を積み込む。

 奄美は既に薩摩藩の支配下となっており、薩摩の役人も駐在しているので問題は無い。


 だが、松陰らは薩摩藩の圧政を目の当たりする。

 藩の財政再建の為、奄美諸島、琉球にサトウキビの栽培を強制し、砂糖の自家消費すら禁止する様な圧政を敷き、富を収奪したのだ。

 農民は貧しく、生活が苦しい様子が見て取れた。

 

 交わす言葉も少なく体を休め、作業を進める。

 そして再び船は走り出す。 




 「武士である私が言う事ではないですが、武士階級はお百姓からの収奪の上に成り立っているのではありませんか?」


 進む船の上で松陰は口を開いた。


 「イギリスがインドの農民に穀物の代わりにケシを栽培させ、アヘンを清国に持って行き、富に変えた事を話しましたよね? その際、皆さんはイギリスのやり方に反発されていましたが、我々もやっている事は変わらないのではないですか?」


 インドの農民にケシを栽培させ、飢饉で餓死者が出ても構う事無くケシ栽培を続けさせたイギリスのインド統治である。

 奄美や琉球の農民に、腹の膨れないサトウキビを栽培させ、黒砂糖にし、本土に持って行って金に換える。

 薩摩藩の行いは、イギリスと何ら変わらないのだ。

 武力で侵攻し、支配した事も同じである。

 黙りこむ薩摩藩士に松陰は続ける。


 「薩摩にのみ責任がある訳ではありません。それは幕府も同じです。」


 幕府にも責があるという松陰の言葉に、忠震らも眉を顰めた。


 「薩摩が財政難になったのは何故ですか? 幕府が課した参勤交代、様々な役による莫大な財政出費ではないのですか?」


 それには忠震らも頷かざるを得ない。

 参勤交代は、そもそもが雄藩の力を削ぐ為のモノなのだから。

 

 「長州藩も似た様なモノでございますよ。莫大な借銀の返済に困っております。塩や紙や蝋を強制的に安く買い上げ、専売しているのは変わりません。儲かっているのは商人ばかりです。」


 事実、萩で力をつけているのは町人ばかりであった。

 農民は年貢が苦しい。

 武士も、家禄は少なく出費は多い為、金のかかる萩の家屋敷を売る者、果ては武士の身分そのものを売りに出す者もいる始末であった。

 商人は、家屋敷に税がかかる程度であったので、収入を蓄え、金に困った農民、武士に貸し、更なる富を集めていたのだ。

 

 「武士の家禄が足りないのです。世の中は貨幣経済に移っているのに、貨幣収入が足りないのです。」


 家禄が足りないという松陰の言葉には、誰もが頷いた。

 下級武士である者には、それはもう、切実な問題であったのだ。

 武士の割合の多い薩摩では特にそれが言えた。


 「しかし、それをどう解決しますか? お百姓から更に年貢を搾り取るのですか? 商人から巻き上げますか? それとも他藩に侵攻しますか? イギリスの様に他国へと支配の手を広げ、富を掠奪しますか? 同時に、西洋の脅威が迫りくる中、どの様にこの国を守るのですか?」


 松陰に問われ、皆自問するが答えは出ない。

 しかし、少なくともイギリスの真似をする訳にはいくまい。

 

 「先にお答えいたしますが、解決策はありません。」


 これには一同がっくり、とした。


 「収入と支出の均衡。古来より、それは政を行う者の課題であり続けましたし、これからもそうでしょう。しかしながら、これだけは言えると思います。お百姓にのみ、重い年貢を課すのは間違っています。商人にも相応の税を課すべきでしょう。」


 羽振りの良い商人には反感が生まれる。

 船に乗る中には、身に覚えのある者も多い。


 「今の我が国の様に、それぞれの藩がそれぞれ武力を維持し、バラバラに動いている状況で、一つの意思の下行動する西洋の力に対抗出来ますか? 少なくとも、国の統一くらいはせねば、どうしようもないのではありませんか?」


 松陰の言葉に忠震が応えた。


 「成程。そういう意味での、徳川幕府の政を終わらせるという事か。」


 それは梅太郎が薩摩藩士に切った啖呵である。 

 

 「はい、そうでございます。日ノ本の人を、思いを、力を結集せねば、巨大な力を持った西洋諸国には対抗出来ないのです!」


 松陰は言い切った。


 「薩摩隼人の勇猛果敢さが必要です。長年この国の舵を切ってきた幕府の経験、人材も必要です。長州の力も欠かせません。しかし、それぞれが単独で事に当たっては無理なのです。」


 長年下に見てきた長州藩士に、面と向かって勇猛果敢だと言われれば、悪い気のする薩摩藩士はいない。


 「西洋は力でのみ侵攻してくるのではありません。その国の内紛につけ込み、争いを煽り、双方に武器を供与し、金を貸付け、どちらが勝っても、その後に影響力を及ぼそうともしてきます。互いで争っている場合ではないのです。」


 史実では、幕府側にフランス、薩長側にイギリスが付き、資金を供与し双方の軍備を整えさせている。

 そのイギリス、フランス両政府に隠然たる影響力を持っていたのが、かの有名なロスチャイルド家であったりするのだが、それはこの際おいておく。 

 力で楽に支配出来るならそうするし、武力で支配するのが困難だと思われれば、資金を貸し付け、武器を売り、経済で支配するのが、長い植民地経営の過程で西洋各国が得た教訓であろうか。

 工業製品の売り先として、また、航海上の必要性から日本の開国を求めた諸外国であるが、領土的な野心は無かったとも言われている。


 しかし、異教徒を同じ人間とは思っていない様な輩に、経済で支配される事こそ恐ろしい状況は無いのかもしれない。

 外国人に武力で支配されれば、反抗心の矛先を明確に定められるが、経済的にとなると姿が隠れてしまうのだ。

 それは中米やアラブの独裁政権の誕生を支え、彼らに武器を売って圧政を支援し、独裁が打破され、続く内紛でも変わらず武器は売り続ける欧米国家を見れば知れよう。

 武器を売って儲け、借金のかたにインフラ施設や資源を手に入れ、平和になっても儲け続けるのだ。

 まさに強欲であろう。

 そんな支配をされれば、いつまで経っても民族資本は貯まらず、貧国に甘んじる事になる。

 キリスト教における七つの大罪。

 その多くを体現するのが彼らキリスト教国家であるのだ。


 また、彼らは、日本人は本音と建前の国と苦言を呈するが、真の意味での本音と建前が乖離しているのは、彼らキリスト教徒の方であろう。

 本音をぶつければ下品であるし、何かと角が立つので、建前で優しく包むのが日本式である。

 早く帰って欲しい客に、お茶漬けいかがどすか、である。


 西洋人の場合、建前とは本音を糊塗する綺麗事でしかない。

 犯し、殺し、掠奪し、それを正当化、罪悪感を払拭するのが彼らの建前である。

 異国を植民地にするのは、現地人が劣っているから。

 文明の発達した自分達が、野蛮で遅れた人種を教え導く事は、神の威光を高める崇高な使命だと、自分に言い聞かせるのだ。

 まさに傲慢であろう。


 そんな西洋人に日本を支配されてはならない。

 また、彼らを真似て、アジアに進出するという愚をこの世界で再び冒してはならない。

 そんな決意を新たに、松陰の頑張りは続く。

早く物語を進めたいのですが、松陰一人で薩長と幕府の戦争を止められるとは思いません。

薩摩、幕府双方に理解者を増やしておく布石として、この話を入れました。

奄美諸島、琉球の圧政は、こんなあっさりでいいのか?とも思いましたが……


ヨーロッパの列強とは格が落ちますが、日本人も随分と酷い事をやっているモノです。

まあ、それが人類の歴史といえば、それまでかもしれませんが……


それと、キリスト教自体を批判するつもりはありません。

問題は、神への信仰を利用する側ですから。


どうでもいいですが、ロスチャイルドって、ロスト・チャイルドつまり迷子ですよね?

いや、本当、どうでもいいですけど。と思っていたら、皆さんに早速ご指摘を受けました。

ドイツ語で赤い盾という意味な様です。

それを英語読みしてロスチャイルドらしい。

目の前の箱は一体何?という話ですね。

皆さんも疑問に思ったら検索しましょう。

私は迷子だとずっと勘違いしてました。

ユダヤ系だと思っていたので、ディアスポラな民族だから、ぴったりだなぁと。

世界の迷子、だと。

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