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幕末香霊伝 吉田松陰の日本維新  作者: ロロサエ
アヘン戦争勃発編
53/239

反乱軍の頭領

もう一人の転生者の登場です。

ご批判を浴びるとは思いますが、ご容赦下さいますよう。


 「兄貴、皆揃いやしたぜ。」


部屋で一人、椅子に深く腰掛け、目を瞑って考え事をしていた男に、兄弟の一人が告げに来た。

 

 「そうか、わかった。」


 閉じていた目を開き、男は答え、立ち上がる。

 緊張しているのか頬は上気し、対して固く結んだ唇は若干青ざめ、細かく震えている。

 しかし迷いの無い眼差しには、男が宿す強い意志が読み取れた。

 確かな足取りで外へと通じる扉の前まで歩き、扉を開けようと手を伸ばす。

 そこでふと、何を思ったか、伸びていた手が止まった。

 それに気づき、そんな自分に自嘲の笑みを浮かべ、呟く。


 「はっ! らしくないな。もう後には引けないだろうが!」


 言うなり、止まっていた手に力を込め、勢い良く扉を開け、戸外へ躍り出た。


 家の外にはひしめく程の人々が集まっていた。


 男の登場を待っていた幹部達は、皆黄色い衣装を身にまとい、頭には赤い頭巾を巻いている。

 彼らは、筋骨隆々たる偉丈夫達である。

 精悍な顔つきは、中原を駆け抜けたかつての英雄達を思わせた。

 しかし、そんな彼らの顔も、興奮と緊張が見て取れる。

 何せ、長い間の悲願が、やっと今日、動き出すのだから。

 これまでは影に隠れ、目立たない様行動してきたのだから。

 それも今日で終わり、遂に決行するのだと思うと、燃え上がる闘志で身を焦がしてしまいそうである。

 皆、そんな思いに満ちた目で男を迎えた。


 幹部達の後ろには、この日を待ちわびた、貧しい者達が息を潜めて男の登場を待っていた。

 ボロを身に纏い、やせ細った体格ではあっても、その目は爛々と輝き、狂気にも似た熱気を身に宿している風に見える。

 そして、男が聴衆の前に姿を現すや、盛大な歓声を上げ、「救世主様万歳!」「預言者様万歳!」「太平天国万歳!」「滅満興漢!」と口々に叫んだ。


 そんな聴衆の前に立つ男。

 幹部達はその後ろに控える。

 男は聴衆が落ち着くのを静かに待つ。

 興奮覚めやらぬ聴衆であったが、男の言葉を聞く為、次第に口を閉じていった。


 期待に満ちた彼らの眼差しからは、これまでいかに彼らが抑圧され、搾取され、絶望する様な貧困の中に置かれてきたのか伺い知る事は出来ない。

 男の唱える、搾取や過酷な税の取立て、不当な暴力や差別の無い、”太平天国”という理想の国を建設するという夢。

 その夢に希望を託し、宗教的な熱気に包まれた彼らの顔には、信じる者への絶対の信頼と、その信頼から生まれる自信が漲り、暗い過去は消え去っていた。


 そんな彼らの絶対の信頼を前に、男は確かな手応えを感じ、これから始める戦いの成功を確信する。

 そして、男は口を開いた。


 「兄弟姉妹達! 予言は成った! 我らを抑圧し、虐げる清国が、西洋より来るイギリスによって負かされる、その戦いが始まったのだ!」


 男の宣言に聴衆の興奮は一気に高まった。 

 そんな聴衆に負けじと、男は声を張り上げ、続ける。       


 「そして今日、我らが悲願、”太平天国”を建設する為の、聖なる戦いを始めようではないか!!」


 男がそう言った途端、場は溢れんばかりの歓声に包まれた。

 歓声以外には何も聞こえない。

 男の呟きは、誰の耳にも届かない。


 「これから戦争を始めるっていうのに、熱狂ってのはやっぱ、やばいな。全く、こいつらサイコーだ。やっぱ宗教家ってやつは、一度やったら止められねーな。」 


 忘我の境地で熱狂する観衆を前に、男の顔はうっとりしている様にも見えた。

 そして再度、大声を上げ、叫ぶ。


 「武器を取れ、兄弟たちよ! 腐りきった清国兵など、その手で叩きのめすのだ! 進め、姉妹たちよ! 我らの国を、その手でしっかり掴むのだ! ”太平天国”の、我らの旗を掲げよ! 今も我らと同じ様に圧政に苦しみ、虐げられし我らの仲間に、我らの挙兵が知れ渡る様に! 行くぞ、五王達よ! 満州人に奪われし、我ら漢人の大地を取り戻すのだ!」


 男の号令に合わせ、後ろに控えていた幹部達が一斉に動き出す。

 その動きは機敏で、一切の躊躇いは感じられない。

 五王達に率いられたそれぞれの部隊が、それぞれの作戦計画に沿い、行動を起こす。

 一糸乱れぬその行軍風景は、まるでどこぞの国の正規兵を思わせた。


 そしてこの日、聴衆を扇動した張本人、洪秀全率いる太平天国の信徒は、清国相手に反乱の狼煙を上げ、瞬く間に省都を攻め落とし、中国全土を混乱の渦に巻き込んでゆく。




 男は、しがない新興宗教の教祖であった。

 共産党一党体制の下ではさしたる活動も出来ず、地方都市で細々と、信者相手に怪しげな集会を開き、少ないながらも寄付を集め、生活していた。

 手品じみた演出を用い、サクラも動員し、まるで何かの興行の様に活動していたが、寄付を巡る金銭トラブルから信者の恨みを買い、刃物で刺されてこの世を後にする。

 今際の際には、次こそはでっかい事をやってやる! と強く思いながら……。




 そして、1814年、洪秀全として二度目の生を授かった。

 初めは、何が何だか分からなかった――日本人の様に、転生してもすぐに理解し、受け入れられる程ファンタジーに親しんではいない――が、数年も経ってくると周りの状況も見えてくる。

 そこで、自分が洪秀全に生まれ変わった事を知った。


 それを知って男は歓喜した。

 次こそはでっかい事をとの誓いが、目の前に転がっていると思えたからである。

 何故なら、洪秀全と言えば、1851年から1864年に至る太平天国の乱を主導し、清国と戦い、南京を首都とする国家を築きあげ、2000万人もの死者を出したとも言われる、中国近代史上最大の反乱の首魁であるからだ。

 自分ならばもっと上手くやる。

 そう思った男は、以後、着々と準備を整え、決起の時を待つ事となる。


 ある程度は洪秀全の人生をなぞらねばと思い、科挙の勉強に手を出したが、すぐにそれは諦めた。

 時間の無駄だと思わざるを得なかったのだ。 

 それよりも、現代知識と歴史知識を披露し、手品や奇術を用い、いくつかの予言を的中させて民衆の度肝を抜き、先ずは予言者として颯爽と登場した。

 

 また、彼が得意としたのは、サイ○バで有名な物質化現象である。

 ただの手品であるが、要所要所で用いれば効果は絶大であった。

 親族を中心とした幹部を使い、大掛かりな奇術も披露した。

 そんな単純な事で? と思える程簡単なものだったが、意外と誰も気づかないものなのだ。

 ましてや、相手は生まれて一度もその様なショーなど見た事が無い、山奥に住む貧しい人々である。

 彼自身も狼狽するくらいに皆熱狂してくれた。

 親族も、奇術については、自分達が手伝ったのだから演出だと理解していたが、彼の行う予言の確かさに驚き、彼を神の遣いだと信じて疑わなかったのである。

 奇術を、説法を効果的に伝える為の方便だと認識した。

 こうして洪秀全は、生まれ故郷である広州で、若くして絶大な影響力を持つ宗教家になっていった。




 彼は考えた。

 でっかい事を為すには相応の準備が必要だと。

 人員も、資金も、組織も必要だと。


 この時代、貧しい農民は、それこそ数限りなく多い。

 当時の清国の人口は4億。

 そのほとんどは貧乏な農民である。

 彼の掲げる理想国家は、彼ら貧しい農民が安心して暮らせる為のものだ。

 彼らに訴えかける魅力はあると思う。

 別に貧しい彼らを救いたいとか、そういうものではない。

 単に、一番数の多い人達に向け、求心力を得る為である。

 人員には問題ないだろう。


 そうなってくると、彼らに食わせる食料が必要となる。

 農民だから田畑を耕せ、ではあるのだが、彼らは同時に戦闘員でもある。

 武器、食料の買い付け等、資金はいくらあっても足りる事はないだろう。

 史実の秀全は、貧しい農民のため、土地土地の有力者と敵対する事が多かったのだが、それでは活動資金を得るのは難しい。

 彼らの参加をも促す策が必要である。

 

 そして組織である。

 彼は洪秀全に倣い、自分の国を建設する予定であった。

 国家の運営ともなれば、聞きかじった知識ではボロが目立つばかりとなろう。

 綻びの対処に追われ、清国に隙を見せる事につながりかねない。

 治世の能力があり、信頼できる人材が必要不可欠である。

 しかし、国家の運営母体となる組織を親族で固めれば、それは単なるネポティズムであり、早晩権力争いに発展し、自滅するだけであろう。

 史実の洪秀全も、親族を登用して批判を浴び、また力を持った教団幹部との軋轢によって教団を自壊させている。

 現在の科挙は必要ないが、優秀な文官は必須である。

 その登用方法を考える。 


 

 

 そして、洪秀全として生まれてより26年後の1840年、アヘン戦争が始まった。

 史実では科挙の為スルーするイベントであるが、今世ではそうではない。

 国を分捕るには格好の機会であると捉えたからだ。


 ここで、史実におけるアヘン戦争のあらましを見てみたい。

 欽差大臣に任命された林則徐は、1839年3月、当時西洋に唯一開かれていた広州――洪秀全の生まれ故郷である――において、イギリス商人の住む商館を包囲し、密輸したアヘンを没収した。

 同年10月、偶々広州を訪れていた――3月の件の報告があっても、直ぐには艦艇を派遣出来るわけが無い――イギリス海軍のフリゲート艦2隻が、清国のジャンク船団十数艘と戦闘になる。

 数日に渡りイギリス艦艇の大砲が火を吹き続け、ジャンク船や火船30艘程度を海に沈めた。


 当時の海戦は砲戦ではなく、飛び乗りや追突で戦っていた。

 艦船搭載の大砲は仰角を取れず、有効射程は100メートル程で、滅多に当たらず、当たっても跳ね返ったり、命中しても砲弾だけで沈没する事はなかった。

 それが、ジャンク船は大砲一発で木っ端微塵であった。

 アヘン戦争においてイギリス艦に撃沈されるジャンク船の絵を検索して欲しい。

 まさに木っ端微塵という表現がぴったりであろう。


 1839年11月、イギリスは艦隊の派遣を決定する。

 林則徐は前面戦争を覚悟し、広州周辺に砲台を設置し、兵力を集めた。

 1840年6月、アヘン戦争が勃発。

 しかしイギリス艦隊は広州に向かわず、沿岸を北上、8月には渤海湾の白河河口に到達した。

 白河を遡上すれば天津、さらに川を上れば北京に到達する地点である。

 この時、天津にいた直隷(北京の直轄地)総督埼善きぜんの謀によって道光帝は林則徐を罷免し、停戦となる。

 埼善は弁舌でもってイギリス商務長官エリオットを説き伏せ、艦隊を南下、広州に向かわせた。

 それに気を良くした道光帝は埼善を欽差大臣に任命し、広州にて時間稼ぎをさせた。

 1841年、埒の明かない交渉に憤慨したエリオットは、最後通牒を発し、1月7日、広州に備えられた砲台に砲撃を開始する。

 イギリス兵1500人が上陸し、清国兵と戦う。

 清国兵500人が戦死、300人が負傷したが、イギリス兵に死者はでなかった。

 

 エリオットは埼善と交渉。

 香港の割譲と賠償金の支払いを約束させる。

 しかし、この結果に怒った道光帝は埼善を罷免する。

  

 2月、再び戦闘が始まるが、またしても一方的な戦果であった。

 5月、弱腰なエリオット――中国滞在が長いと、支那通ぶった感覚が生まれ、中国側に訳の分からない譲歩をしてしまうらしい。現在の日本外務省のチャイナスクールと同じ病は、西洋人も罹患するらしい――は罷免され、後任のポッティンジャーが8月に到着する。

 ポッティンジャーは着任早々強気に攻め、8月下旬にはアモイを、10月初めには舟山列島を、末にはニンポーを占領した。

 1842年7月、鎮江が陥落し、ついに道光帝は敗北を受け入れ、8月、南京条約が結ばれる。

  

 アヘン戦争における戦力は、イギリス側が約2万人、清国側が約20万人である。

 戦死者は、イギリス側の死者69人、負傷者451人で、清国側の死傷者数は1万8千人から2万人である。

 一方的過ぎではなかろうか?


 史実であればこの様な経過を辿るアヘン戦争であるが、転生者洪秀全の登場によって、大きく変わってゆく事になる。

 松陰は勿論そんな事とは露知らず、暢気に戦場にやって来るはずだ。

 まもなく、二人の転生者は相見える事になる。

二人目の転生者の投入です。

安易な展開誠にもってすみません。

ご批判はあろうかと思いますが、アヘン戦争をただの傍観者で終わらせない為には必要でした。

作者の頭では、これ以上の解決法は思い浮かびませんでした。


もし清国側で戦えば、多分最前線に行かされて無事死亡。

イギリス側では道義的に戦えない。

見学だけなんて都合が良すぎ。


以上を解決する為のご都合主義です。

でも、これ以上の転生者は出ません。

インド編にて、転移者のインド人を一人だけ出す予定です。

それと、洪秀全は中国から出ませんので、日本の維新とは関わりません。


もろもろ、ご納得していただけると幸いです。

次話から松陰の話を進めます。

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― 新着の感想 ―
作品は作者のものですから、転生者をどう登場させようと恥じることなく物語を進めれば良いと思います 頑張ってください、応援しています
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