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幕末香霊伝 吉田松陰の日本維新  作者: ロロサエ
彦根藩への旅路編
43/239

幕末四賢候伊達宗城

 次の日、才太が松陰と一貫斎を伴い、外に出た。

 嘉蔵を連れて行くとなれば許可が必要であるし、藩主の養子・宗城むねなりがいる事を知り、才太は宇和島藩に顔を出そうと思ったのだ。


 彦根藩井伊家と宇和島藩伊達家は、井伊家初代の息女が伊達家に嫁ぎ、以後交流が続いていた。

 才太も7代藩主の宗紀むねただ、養子宗城と面識があり、特に歳も近い宗城とは親しくしていた。

 であるから、宗城がいるのなら訪れるべきであろうと考えたのだ。

 松陰を伴うのは、藩の財政改善に必死に取り組んでいる宇和島藩に、松陰の知恵が何かしら役に立つのではないかと思っての事。

 一貫斎は、嘉蔵を連れて行く為の説明をさせる為である。

 

 松陰にとっても、将来の人材である嘉蔵を掻っ攫っていくのであるから後ろめたいし、宇和島での産業に考えもあったのだ。

 



 さて、宇和島の城であるが、実は才太も初めてであった。

 外様大名である伊達家は参勤交代があり、その都度彦根を通るので彦根城に顔を出していた。

 従って、才太が宇和島まで行った事はない。


 城門にて井伊家の直弼である事を告げ、宗城への面会を申し込む。

 突然の面会希望に応えてくれるかは分からないが、駄目なら駄目で仕方無いだろう。

 直弼の正体がばれない様に、今回は才太と松陰、一貫斎の三人だけである。


 控えの間で暫し待つ。

 後の世で四賢候と呼ばれるだけあって、宗城は才太の訪問に快く応じてくれた。

 この時宗城は藩主を継いでいない。

 史実ではもう暫く先の事である。

 才太らが通されたのは、藩主が謁見を許す間ではなく、宗城が住む離れであった。

 非公式な訪問であるし、才太らにとっても都合が良い。



 

 「いや、これは珍しい。直弼殿が我が宇和島までお越しとは。」

 「この度は、突然の訪問にも関わらず快く応じて頂き、宗城殿のお心遣い誠に痛み入る。」

 「私と直弼殿の仲ではありませんか。そんな堅苦しいのは無しにいたしましょう。」

 「では、その言葉に甘えるとしよう。ついでに、今は才太と名乗っておるので、そう呼んでもらえると助かる。」


 才太の礼儀作法は流石であった。

 まるで流れるような所作で優雅に礼を尽くす。

 伊達に茶道の一流派を立てるまでになった訳ではない。

 最近の柄の悪さは何だったのか? と松陰が不思議に思っても仕方無いであろう。


 「して、そちらの御仁はどなたですかな?」


 宗城に問われ、松陰らも挨拶をする。


 「お会いできて光栄にございます。私は長州藩士吉田松陰と申します。」

 「ワイは近江で鉄砲をいじくり回しております、国友一貫斎と申します。」

 「長州藩士? 国友一貫斎? 直弼、いえ才太殿でしたか、これはまた不思議な組み合わせですなあ。」


 独眼龍伊達政宗の庶子秀宗から始まる宇和島藩伊達家であるが、外様とはいえ徳川家とは縁が深い。

 そんな宗城にとって、徳川四天王から始まり、譜代筆頭の井伊家の直弼が、関が原で徳川に敵対した側の総大将である、毛利家の家臣と行動を共にしている事は、非常に奇妙に映ったのだ。

 それに加えて国友一貫斎である。

 尚の事状況が掴めない。

 そんな宗城の疑問に才太は軽く答える。


 「それについては何もおかしい事はない。兄上の指示でこの者らの動向を探っておるのだ。幕府に楯突こうなどと不埒な事を考えてはおらぬか、とな。」


 才太の言葉に宗城は唖然とし、思わず松陰の顔を見る。

 公然と疑っていると言われた松陰は、澄ました顔で宗城に微笑みかけ、才太に反論した。


 「幕府に楯突こうなどとんでもない! 私が常に考えているのはこの国の安寧にございますよ!」

 「はっ! その為に一体何をしでかすのやら、まるで分かったものではないがな!」


 吐き捨てる様な才太の言葉に、松陰側のはずの一貫斎が大きく頷いている。

 宗城は益々混乱してしまった。


 才太は勿論知る由も無いのだが、数日前にはアヘン戦争を見物に行こうなどと盛り上がっていた松陰らである。

 まさかそんな大それた事が、自分のいない間に話し合われていたとは見当もついていない才太であったが、そこはかとなく不穏な空気を感じていた。

 一見平和そうに見える旅路であったが、弥九郎と儀右衛門がいた時分から、何やら隠し事がある雰囲気を嗅ぎ取っていた。

 こやつらはやはり何か企んでいると才太は感じていた。


 「えーと、外様である伊達家が首を突っ込む事ではないですな……。それは兎も角、この度はいかなる用件でお越しになったのです?」


 余計な厄介事に巻き込まれては面倒なので、宗城はすぐに話題を変えた。

 

 「それは私から申し上げます。実は今回の旅の目的は、こちらの国友一貫斎殿にある物の製作を依頼する事だったのです。そして、一貫斎殿のご好意により、我が藩にて製作して頂く事になりました。その帰路、海上の嵐を避け、ここ宇和島に到ったのでございますが、この地にて、非常に見所のある職人を一貫斎殿が見つけ、弟子にしたいと申されました。その者も是非にという事でございまして、この度、その職人を、長州藩に連れて行く事の許可を頂きに参った次第でございます。」

 「でやす。」

 「そういう訳か。」

 

 事情は理解した宗城。

 しかし、一貫斎が認める様な優秀な職人が他藩に渡ると考えると、直ぐには承服し難い所ではある。

 そんな宗城に配慮して、松陰は続ける。


 「一貫斎殿の下で修行を積み、その腕に更に磨きをかけ、その後にこちらに戻る様にされれば問題はないかと存じます。ですよね、一貫斎殿?」

 「せやせや。優秀な弟子は独立するもんやさかい。今はワイの研究を手伝って欲しいんや。」


 これでは宗城も反対する理由が無くなってしまう。

 いかに腕の良い職人であっても、独学では限界も生じよう。

 それを、当代随一の鉄砲鍛冶であり、発明家である国友一貫斎が鍛えてくれるというのだ。

 その職人には更なる飛躍が待っているだろう。

 そしてそれは、宇和島藩にとっても、大いに助けとなるに違いない。

 現当主宗紀が進めている産業の発展においても、腕の良い職人の存在は欠かせないからだ。

 大いに修行して、一貫斎の技を身につけて欲しいものである。 


 しかし、このまますんなり許可するのも何やら面白くない。

 目の前の二人を見ていると、何故かはわからないが、自分一人だけ蚊帳の外に置かれた様な、そんな寂しさを覚えるのだ。

 楽しそうな事を隠れてやっている、そんな気がした。

 嫌味とも取れる先程の才太の言葉。

 それを口にした才太の気持ちが分かる気がする宗城であった。


 「事情はわかった。その者がそう望むなら許可するのに吝かではない。しかし、何故やらこのまますんなり頷くのも納得がいかないというか……」


 そんな宗城に松陰は秘策を披露する。


 「宗城様は、真珠を育てられるとしたら、どうなさいますか?」

 「何?!」


 松陰の言葉に宗城は驚いた。

 宇和島藩が面する宇和海は磯海岸が多く、古くから真珠は産出していた。

 しかし、真珠は稀にしか産せず、だからこそ価値のある物として高値で取引される物であったのだ。

 それを、よりにもよって育てられる? 松陰の言葉に宗城は気色ばんだ。

 そしてそれは才太も一貫斎もそうである。

 ただ、一貫斎にとっては、また始まった、であろうか。


 「その方、今更冗談でしたで済むと思うでないぞ?」

 「冗談だなんてとんでもございません! では、宗城様は、真珠とはそもそも何だとお思いですか?」


 嘘でーす、とでも抜かしたら即座に斬る! といった剣呑さを秘めた宗城の言葉を正面より受け止め、松陰は問うた。


 「何? ……月の雫、人魚の涙だとも言われているが、実際の所はよくわからんな。偶然出来る物なのではないのか?」


 その認識が妥当な所であろう。


 「宗城様は、貝が成長する事はご存知でございますよね?」

 「それは知っておる。アワビもサザエも小さな物から大きくなるのであるし。」

 「では、その貝殻はどうやって大きくなるのでしょう?」

 「何? 貝殻が? ……そういえば、貝が大きくなるという事は、貝殻も大きくなるという事なのだな……。ヤドカリの様に殻を換える訳でもあるまいから……」

 「真珠を作るアコヤ貝の貝殻の内側が、まるで真珠の様であるとはご存知でございますよね?」

 「まあ、螺鈿らでんに使うくらいであるしな。」


 螺鈿とは、真珠層が美しい貝殻を使った伝統工芸品である。

 漆器などの表面に細かくした貝殻を貼り付け、飾りとする。


 「簡単に言えば真珠とは、アコヤ貝が自らの体内に作り出した、丸い貝殻なのでございます。」

 「何だと?!」 

 「そして、これが一番重要なのですが、アコヤ貝にある操作を施せば、アコヤ貝は自ら真珠を作り始めるのでございます。」

 「何と!」


 宗城は驚いた。

 もし真珠を人の手で増やす事が出来れば、この宇和島藩にとって大きな収入になるだろう。

 藩にとってのみならず、民にとっても大きな救いとなるだろう。


 しかし、胡散臭いのも確かである。

 宗城は尋ねた。 


 「吉田であったか、貴殿はどこでその様な知識を得た?」

 「はい! 香霊大明神様のお告げにございます!」

 「何? かれい大明神?!」


 香霊大明神。

 久々に登場した気がするが、宗城には勿論、才太らにも初耳である。

 案の定、才太は、


 「何?! お告げだと?!」


 と顔を真っ赤にしている。

 神の名を語るとは何事?! という事である。

 一貫斎においては、ワイ、もう知らんわ、と降参した風だ。


 「私がどこからこの知識を得たかなど、藩の、民の利益の前にはどうでもいいではないですか! 大切なのは嘘か真かでございましょう?」

 

 宗城以上にいきり立った才太を前に、ぴしゃりと言い放つ松陰。

 その言葉に宗城も冷静さを取り戻した。

 才太もどうにか興奮を抑えた様である。


 「確かにそうであるな。しかし、いくらその方が本当だと言い張った所で、どうやって証明するのだ?」

 「私は証明など致しませんよ。その技術もないですし。私は知識として知っているだけでございます。嘘か本当かは、宗城様がご自身で確かめれば良い事でございます。」


 松陰の言い様に再び唖然とする宗城。


 「ここ宇和島は、アコヤ貝の生育に適しているから言っているだけで、長州で出来る事ならわざわざ言っておりません。成功すれば莫大な収入につながる真珠の生産でございます。嘘かもしれないが、試すだけ試してみようとお思いならば、私の持てる知識を全て差し上げます。それだけにございます。」


 神妙な顔つきの松陰に、宗城もいきり立った心が落ち着いた。

 

 言われてみれば、嘘を言う必要がないのではないか?

 自分が騙されただけに終わるとして、大名を騙して何になると言う?

 その知識に対価を支払う訳ではないのだし、騙す意味がないではないか。


 宗城はそう結論付けた。


 「なる程。私を騙す意味がわからないな。それに、もし本当であった場合の事を考えると、みすみす聞き逃すのは余りに馬鹿らしい。聞くだけ聞いて、何もしない事も出来る訳だしな。まさかここに来て、その知識に対価を要求するなどとは言わぬよな?」

 「それは勿論でございます。寧ろ成功した暁には、優先的に正当な価格で売って頂きたい所ですから。」


 それを聞いた宗城は笑った。 


 「ふっ、ま、成功したらな。」

 「約束でございますよ?」

 「わかった。成功したら、そちに優先的に販売しよう。」

 「では、これでございます。」


 言うなり松陰は懐から紙の束を取り出した。


 「何?! 既に用意してあるのか?!」

 「備えあれば憂い無しでございます。」

 「……備えが良すぎないか?」

 「香霊様のご加護の賜物にございます。」

 「……まあ良い。」


 そう言って、宗城は渡された紙の束を読み始めた。

 量は多くない。

 直ぐに読み終え、疑問に感じた事を質問し、それを紙に書き込んでゆく。


 「まさかこの様な方法で真珠を作れるとは信じられんが、試してみるのにそう難しい事ではないな。養殖など海苔くらいかと思っておったが、貝でも出来るとはな。確かに、増やせれば効率がいいだろう。」


 興味を持った才太も一貫斎も、宗城の後に目を通し、それぞれ一様に衝撃を受けている。


 「予め申しておきますが、試行は少しずつで、成功したからといって大々的にはせぬ方が宜しいですよ? 方法は勿論秘密に願います。」

 「わかっておる。」


 こうして嘉蔵の引越しの許可を貰い、そのお詫びの意味を込めての真珠の養殖の方法を伝え、松陰が宇和島ですべき事は終わった。

 お詫びではあったが、西洋に売る商品として真珠を考えていたのも事実である。


 後の事など全く考慮に入れない、ある物は無くなるまで略奪する西洋人のせいで、世界の真珠は大変な事になっていた。

 脂を絞る為に鯨を捕獲し、絶滅寸前にまで追いやった彼ら未開で野蛮な振る舞いは、世界のいたる所、様々な物に及んでいたのだ。


 そんな世界の状況にあり、真珠生産を軌道に乗せ、西洋に売る事ができれば、莫大な儲けは確実である。

 幕末四賢候の一人である伊達宗城ならば、真珠の養殖の前に待ち受ける様々な困難を打ち砕き、見事成功させるだろう。

 そう思っての丸投げである。

 壁は高い方が、乗り越えた喜びは大きいだろうから。

真珠の養殖に携わり、様々な苦労をされている皆様。

勝手な空想で簡単な風に言ってしまい、すみません。

実際の現場を知らない者の戯言です。


宗城は江戸生まれですし、方言は使いません。

そのうち、宗城の苦労を描きたいと思います。

多分、そのうち……


次回でやっと萩に戻ります。

戻ったからといって、ペリーが来るまでは物語はあまり進みません。

日本の周囲にはきな臭い雰囲気は漂ってますが、ペリー来航までは平和な日本ですのでご容赦下さい。

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才田めんどい
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