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幕末香霊伝 吉田松陰の日本維新  作者: ロロサエ
彦根藩への旅路編
41/239

瀬戸内海の船旅

 「平和でござるなぁ。」


 心配していた船酔いを起こさずに、亦介は長閑な海面を見つめ、呟いた。 


 「よかったでございますね、亦介殿。」

 

 行きの日本海とは打って変わって、波の穏やかな瀬戸内に松陰も安堵した。

 

 「兄貴、大丈夫かよ?」


 才太は、亦介が船酔いに弱いと聞いてからは亦介の体調をしきりと心配している。

 甲斐甲斐しく亦介の周りに位置し、何これとなく亦介の体調を心配する様は、まるで病気の恋人に付き添う……とここで松陰は思考を止めた。

 お菊に振られたからと言って、まさか衆道ほもに走る才太ではあるまい。

 お菊に何これとなく絡む岩倉卿に気が気でない様子であるし、今はただ尊敬する亦介を純粋に心配しているだけだろう、そうだろう。

 そうに違いない!


 松陰はそんな二人から目を背けた。


 一貫斎は亦介同様休んでいるが、年も年であるのでそれは仕方無いであろう。


 風を孕んだ帆が大きく膨らみ、海の上を滑る様に船は走っている。

 香霊様のご加護か旅は順調で、右手に見える中国地方、左手の四国の間を流れる様に進んでいった。

 当たり前の話であるが、四国と中国地方を繋ぐ明石大橋、瀬戸大橋などある訳もなく、瀬戸内に広がる工業地帯の姿もない。

 

 波の穏やかな海の青を掻き分け、遠くに煙る山々の緑を望み、海岸線に発達した人の営みを眺めながら進む。

 そこには、美しい日本の風景が広がっていた。

 

 そんな美しい日本の風景を眺め、頭に浮かぶのは明石の鯛、たこ焼き、瀬戸内の海産物と、前世で食べた瀬戸内の美味しい食い物の記憶が蘇っていた。

 

 そんな松陰の向こうでは、三郎太達が車座になって座っている。


 「旅っちゅうたら、もっと危険なもんと思っちょった。」

 「行きも帰りも何事も無く進んでおりますね。」

 「重之助君は何か起きて欲しいの?」

 「麻呂は偶々同船した美しき娘と恋に落ちたりしたいでおじゃる。」

 

 一同、岩倉卿の言葉を黙殺する。


 「海賊とか現れたり、人攫いが仲間を連れて行ってそれを助けに行くっちゅうか、そんな冒険があったりするとか。」

 「道中、盗人騒ぎ一つありませんでしたね。」

 「人攫いが狙うとしたらウチやねえ。攫われたウチを助けに松陰君達が盗賊の支配する村に突入するんやね。大丈夫でございますかお菊さん! 怖かったわぁ松陰君! 助けに来てくれると思っとったわぁ! 当たり前ではないですか! 貴女は私の大事な女性! 松陰君、それって?! 私は目が覚めました! 私と所帯を持って一生鉄砲を発明して下さい! 松陰君、嬉しい! なんて展開、ええと思わへん?」


 お菊の妄想に三郎太、重之助はドン引きした。

 そんな彼らの会話を聞いた松陰は、フラグを立てる様な事は止めてね! と心の中で叫んだ。


 「ほっほっほ! 麻呂は己の欲望に忠実な者には好感を覚えるでおじゃるよ。それが鉄砲の発明な所は理解に苦しむでおじゃるが。」


 やはり、相手にされない岩倉卿であった。


 「このねーちゃん、ぶちこえぇ……」

 「お菊様なら、鉄砲を担いで真っ先に突入し、蹴散らす側だと思いますね……」

 「何でやの?! ウチは鉄砲を作るのは好きやけど、あないな重いモン、よう持てへんで? 華奢なウチには撃つなんて無理やで?」


 お菊は抗議の声を上げる。

 当時の日本の鉄砲は工作精度が悪く、強度を確保せねばならずに中々に重かった。

 また、射撃時の反動も強く、華奢な女性が鉄砲を扱うのは無理であったろう。

 お菊が華奢かどうかはこの際気にしないでおこう。

 そんな中、


 「やったら、自分でも撃てる鉄砲を作ればええじゃろ?」


 それは重之助の何気ない一言であった。

 しかしそれはお菊を直撃した。


 「ウチが撃てる鉄砲?! じいちゃんが作った”気砲”はウチでも扱えるけど、あれは鉄砲やない! 鉄砲言うたらやっぱ火薬やねん! 火薬を使って、ウチが扱える物を作る?! せやけど、ウチは鉄砲鍛冶。鉄砲を撃つ必要はあらへん。でも、ウチが扱えるいうんは、つまり重くないってことや。で、撃つ反動が少ない言う事や。という事は、狙いも正確になるいう事やね。でも、威力は落ちるいう事やし……。その問題をどう解決するかやね……。でも、ええやん! 俄然やる気が出てきたわぁ! 重之助君、君、ええ事言うやないの! おねーさん、嬉しいわぁ!」

 

 言うなりお菊は重之助を捕まえ頬ずりする。

 松陰の一つ下で8歳の重之助は、元々小柄な事もあり、お菊にとっては小さな弟と変わらない。

 突然お菊に抱きしめられた重之助は必死にもがくが、興奮したお菊から逃れる事は出来ない。

 

 「このねーちゃん、何が華奢じゃ! 絶対鉄砲も撃てる!」


 重之助の抗議もお菊には届かない。


 「ほっほっほ! あの少年が羨ましいでおじゃるな!」

 「くっ! 俺は羨ましくなどない!!」


 いつの間にやら才太が岩倉卿の横でお菊と重之助を眺めていた。

 二人から嫉妬の篭った視線を浴びている事など露知らない重之助は、もはや抵抗する事を諦め、お菊の腕の中、ぐったりしていた。


 「しかし、オナゴも撃てる鉄砲でおじゃるか。またまた銭の匂いがするでおじゃるな! 誠に結構でおじゃる!」




 そんな風にして進む瀬戸内海である。

 途中何度か陸へと上がり、宿に泊まり、また海路を急ぐ。

 騒動に巻き込まれるフラグは立たなかったと安心した松陰であった。

 順調に航路を進み、周防の大島を越え、後は三田尻(今の防府)に着くばかりとなった頃、突然空に黒い雲が湧き上がり、北風が強くなったかと思うと、穏やかだった波もうねりだした。

 まるで安心した松陰を嘲笑うかの様な空の変わり様である。

 旅は、家に帰るまで続いているのだ。


 狼狽して取り乱したのは勿論亦介である。


 「どうしたでござるか?! 先程まではあんなに穏やかであったというのに! これはまずいでござる!! 船頭! どうにかするでござるよ!!」


 亦介に言われても船頭にもどうする事も出来ない。

 風が強すぎて帆を張って進む事など出来ないのだ。

 それどころか、このままでは転覆を心配せねばならないだろう。

 この時期この時間、潮の流れは逆である。


 仕方なく船頭は帆を畳み、潮に任せて進む事を選択する。

 折角目の前まで辿り着いた長州藩が離れてゆくが、転覆するよりはマシである。

 一同は運を天に任せ、潮の流れるまま、船へとかじりついた。

 



 幸いにも四国沖まで流される事なく、船は宇和島藩の港に逃げ込む事に成功した。


 宇和島藩と言えば幕末四賢候伊達家の支配する土地である。

 史実では、宇和島藩に召抱えられた村田蔵六(後の大村益次郎)が提灯職人の嘉蔵(後の前原巧山)と共に、日本初となる、日本人のみによる蒸気船の建造に成功している。

 国産の蒸気船は薩摩藩が最初であるが、それは外国人技師を雇っての事であり、宇和島藩は技術者も日本人の、純国産の蒸気船であった。

ペリーの黒船来航から僅か4年後の事である。


 作為的な天の采配を感じたものの、蔵六は今は長州藩のはずである。

 松陰は嵐を避け、宇和島の地を踏んだ。

 何より亦介が陸を! と叫ぶからであった。

 似た様な事情からか、港は逃げ込んだ船らしき船影で賑わっていた。

大阪から船に乗れるのかもわかりません。

神戸から、という情報もあります。

三田尻ではなく、中関から陸路、かもしれません。

宇和島まで流されたのは神風です。

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